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第二章

第二十七話 みんなの苦悩

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「……最近のアルが分からない」

 ある日の学園帰り、タクト様が我が邸に立ち寄られた。わたしの自室に来られるのも今では普通の事となっている。婚約は未だ結ばれていないが、我が家ではとうの昔にタクト様は婚約者扱いとなっている。

 ふうっ……と大きくため息を付き、肩を落とされるタクト様。大きな身体なのに、なんだか小さく見えてしまう。わたしはそんなタクト様の身体をそっと横から抱きしめる。

 少し前からティアナ様は、ヒロインの術に操られて悪役令嬢の振る舞いをされている。その術を解くのは簡単だけど、ただ術を解いただけじゃヒロインの横行を立証出来ず野放しのままになってしまう。今は正式に断罪する為、殿下の指示の元スクト様とわたしも協力して証拠を集めている所だ。

 アルスト殿下とスクト様は、証拠を掴む為にわざとヒロインが使う魅了の力にかかった振りをされている。学園内でもお二人がヒロインと仲良くお話されている姿を見たが、あれが演技だなんてとても見えない。ましてや大好きなティアナ様を遠ざけられている。

『ぐぬぬ……ティアナに冷たい態度を取らなければならない俺を誰か殴ってくれ!』
『ティアナを抱きしめたい、匂いを嗅ぎたい、舐めまわしたい! いっそのこと連れ去って王宮に監禁したい!』
『なぁ、スクト。こっそりティアナの脱ぎたての部屋着を持ってきてくれないかな?』
『ティアナのベッドの下に潜り込んで、そこで俺も寝てはダメだろうか?』

 ――などと少々危ない発言をされながら、殿下も殿下で裏では苦悩しておられるのだけど。……タクト様の脱ぎたての部屋着とか、わたしも欲しいけど。って、ダメダメ。殿下のペースに巻き込まれるところだったわ。危ない危ない。

 とにかく、そんな事を知らないタクト様は苦しむティアナ様を憂いて、ご自身も苦しんでおられる。タクト様にも本当の事をお話しては? と殿下に進言してみたけど、タクト様の性格を考えると上手く芝居をするのは無理だろうからと却下された。確かにタクト様は馬鹿が付く程に真っ直ぐな性格なのよね。元々が脳筋キャラだからかしら。

「あんなにティアナ、ティアナ言ってたのに……信じられないよ」

 わたしは何と声を掛けて良いのか分からず、ただぎゅっとタクト様の身体を抱きしめてあげる事しか出来ない。本当の事を話して、その苦しみを和らげてあげたい気持ちがあるのにそれが出来ない。タクト様を裏切っている様な気分だ。

「……おれも、あんな風になっちまうのかな」
「え……」
「そんなの嫌だ」

 見上げるとタクト様がお辛そうに顔を歪めていた。見つめ合う形となったわたしの顔を大きな手で撫で、そっと唇が近づいた。

「…………っん」

 痛い程わたしの身体を抱きしめて、むさぼる様に唇を重ねられる。

「――おれはゼフィーじゃなきゃ嫌だ。ピンク頭なんて好きになりたくない」
「はい……」
「いっその事、婚約すっ飛ばして結婚しちまおうか?」
「タクト様ったら……」

 クスリと笑ってタクト様をたしなめる。わたしだって、そんな事が出来るのなら今すぐにでもしたい。でも、ヒロインとの決着をつけないと色んな意味で安心出来ない。

「ティアナの事、出来る範囲でいいから守ってやってくれ」
「もちろんです」

 ティアナ様にとってわたしはクラスメイトでしかないけど、出来る事があれば助けになろうと思っている。あのヒロインは危険だ。本当に何をするか分からない。わたしに出来る事はこうしてタクト様の心を必死に繋ぎ止める事と、ティアナ様に近付くヒロインをどうにかして邪魔する事くらいだ。

 かと言って始終ヒロインを見張っている訳にもいかず、全てを邪魔する事はなかなか出来なくて歯がゆい。わたしにもっと力があれば良かったのにな。こんな時、モブに生まれた自分が恨めしい。
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