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第一章

第十一話 シスコン騎士見習いとキラキラ王子 タクトSide

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「むうぅううううううううううう…………」

 ここは王宮。この国の王太子であるアルスト殿下の執務室だ。

 数ヶ月に1回、近衛騎士団員達が将来の騎士候補生達の為に稽古を付けてくれる。おれもまだ子供でありながら、幼ない頃からその稽古に参加していた。おれの父親は近衛騎士団の団長だ。将来は父の様に騎士になってこの国の為……そして親友のアルを守る為に自分の腕を振るいたいと思っている。

 そんな近衛騎士団員との稽古を午前中で終わらせて、今はアルの部屋を訪ねている所だ。身体を動かしている時は、何も考えずに無心で剣を振っていたが……こうしてソファーに座り、ゆっくりとお茶を楽しんでいると途端にあの薄紫色の髪の少女の事を思い出してしまう。

「……なんだよ、変な唸り声出して」

 おれの向かいに座っていたアルが、ニヤニヤしながら見ていたカタログから目を離してこちらを怪訝そうに見る。

「いや、別に何でも……それよりアル、さっきからお前何を見ながら変態モードに入ってるんだ? もしかしてティアナにまた何かする気なんじゃ……」
「失礼だな! 誰が変態モードだ。ドレスのカタログだよ! 今度のダンスパーティの為にティアナに似合うドレスを選んでるんだよ」
「それならもっと顔を引き締めとけよ、顔が崩れまくってたぞ。それでも一応王子なんだからさ」
じゃなくて正真正銘、俺は王子だよ!」

 ブツブツ文句を言いながら再びカタログに顔を戻すアル。……こんな変態が婚約者なのに、おれの可愛い妹もまんざらじゃないみたいなんだよなぁ。お兄ちゃんはよく分からないよ、ホント。

 アルはティアナを溺愛している。その溺愛っぷりと言ったら、周りが引く程だ。一応公の場ではスマートな王子を演じているみたいだが、プライベートになるとティアナの髪の匂いを嗅ぎまくったり、ティアナが見てない所では怪しく身悶えていたり、さっきみたいに顔が崩れてたり……と何だかおかしなヤツだ。

 まぁ、ティアナを大切にしてくれてるから大目に見てるけどさ。未来の王な訳だし、おれはその側近としてアルとティアナを守っていきたいと思ってる。お兄ちゃんは誰よりもティアナの味方だからな。

「そういやタクト。お前、好きなご令嬢が出来たらしいな。この間仲良く街を歩いてたって随分噂になってるぞ」
「……普通に一緒に買い物して、カフェでお茶しただけだよ。まだちゃんとしたデートはしてない」
って事は、そのご令嬢との仲を認めるんだな? 婚約はするのか?」
「それなんだが……なぁ、アル。魔力持ちで無いのに未来視の魔法って使えたりするのかな」

 先日のゼフィーから言われた“学園でおれが出会う女”の話をしてみた。アルなら魔法の事とか知っているかもしれない。

「へぇ……それは興味深いね。そのご令嬢、会わせて貰えないかな」

 エメラルドグリーンの瞳をすうっ、と細めながらアルが強請ってきた。おれはジト目でそんなアルを見返す。

「何する気だよ。彼女におかしな真似する様なら、たとえアルでも許さないぞ」
「やだなぁ~警戒しないでよ。多分そのご令嬢の悩みは俺が解決してあげれると思うんだよね」
「やはり魔法なのか? おれには何で出逢ってもいない女の事を心配してるのかが分からないんだよな~」
「いや、厳密に言うと魔法ではないが……けど、そのご令嬢が話した内容の“未来視”は俺も別ルートから聞いて知ってる。まぁ、そのご令嬢からしたら俺もタクトが出会うその女に惚れる一人だと言うだろうがな」
「え……お前、ティアナを捨てるつもりなのか!?」

 アルが既にこの“未来視”の内容を入手してたって事に驚く。という事は、この話はただの夢で終わる話では無いって事になるが……それより聞き捨てならない事を聞いたぞ。アルはティアナが好きなんじゃないのか? なのに、その女が現れたらティアナから乗り換えるつもりでいるのか!?

「待て待て、違うって。そんな事は天地がひっくり返ったってあり得ないよ。俺が愛するのはティアナ唯一人だ」
「……おれだって、アイツ以外要らない」

 おれの言葉にアルは面白そうにニッと口角を上げる。

「今だから言うけどさ……俺はその“未来視”を捻じ曲げる為に色々と事前準備をした上で、ティアナを婚約者に迎えたんだよ。だからと出逢っても、俺は揺るがない」
「おれは……どうしたら良いんだ。どうすればお前みたいに出来る?」

 アルとティアナが婚約したのは六年程前だ。今の話だとそれより前からアルは対策をしていたって事だ。その六年という月日は取り戻せない。今からでも間に合うのだろうか。いや、勝手に決められた運命なんてくそ喰らえだ。

 不安と焦りで拳を握りしめるおれを見ながら、アルは頬杖をつきながら不敵な笑みを浮かべる。コイツのいつも自信に満ち溢れた態度が何かムカつくんだよな。実際、コイツは何でも上手くこなしてしまうから誰も文句言えないんだけどさ。

「大丈夫だよ、もし危なくなったら俺が止めてやるから。それにお前達には定期的に魔法封じの術をかけてるだろ? だから恐らく心配する事は無いよ」
「え……」

 おれと弟のスクトは、アルの話し相手兼側近に選ばれてから何故か定期的に魔道士の元へ行かされて、魔法封じの術とやらをかけられていた。護衛も兼ねてるから防御の為にかと思っていたけど、それだけじゃなかったって事か。しかし……おれが学園で出逢う女って魔術使うって事か? 何だよそのヤバイ女。そんなのに惚れるなんてあり得ないだろー。こえーな。

「だからタクトは普通に、そのご令嬢を愛してれば良いと思うよ」
「……そうなのか」
「それにタクトは小難しい事苦手じゃないか~難しい対策は俺がしてやるよ」
「悪かったな、バカで!」
「ふふ、そーいう所も俺は気に入ってるんだから安心しろ」

 ひょうひょうとした態度でテーブルにあるクッキーをつまむアルに腹が立ちながらも、心では感謝をする。護る立場にあるのはおれの方なのに、気が付くといつの間にか先回りされてしまうんだよな。もっとしっかりしなければ……、と決意を新たにするおれだった。

 だからアルがおれには聞こえない小さな声で何かを呟いたのを、おれは知らない。

「転生者仲間発見かぁ……さて、敵か味方か。一度会っておいた方が良さそうだな……」
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