上 下
8 / 35

パトリック・アスナダイト

しおりを挟む
 二日後、エミリアは数軒先にあるアスナダイト侯爵家を訪ねていた。いくら徒歩距離とはいえまだ五歳。侍女と護衛をお供に付けての訪問だ。

「で? わざわざ何しに来たんだ?」

 パトリックの部屋に入ってすぐ、ソファーへと座る暇もなくそう告げられた。入口の扉前でそう言われて「う……」と口籠もりながら固まる。

 いかにも面倒臭そうにソファーへドカッと座り、こちらを睨みながら「座れば?」と指示された。

「お、お邪魔しますわ」

 イヤ~な空気のままソファーで向かい合う。お茶を運んで来たメイドが物凄い速さでテーブルの上にお菓子と果実水を並べて下がって行った。恐らくこの気まずい空気を察知したんだろう。

「……」
「……」

 無言で目の前のパウンドケーキを食べていたが、空気が悪いせいか何だか味が分からない。耐えきれなくなって、エミリアの方から話を振った。

「わたくし、貴方と仲良くなりに来ましたの」
「………………却下」

 直球で話したら、直球で断られた。

「どっ、どうしてですの!? 幼馴染みなんですから、仲良くなりましょうよ」
「何でオレがエミリアと仲良くならないといけない訳? それに女は色々面倒だからイヤだ」

 散々な言われ様だが簡単に引き下がる訳にはいかない。

「わたくしは仲良くなりたいんですの!」
「オレにはその気はない」
「こんなに可愛いい女の子が頼んでるのに?」
「かっ、可愛いのは認めるが……」
(認めるんだ……)
「それでもイヤだ、帰れ」
「まだ来たばかりですわ、帰りませんっ」

「はぁ、はぁっ……」
「ふうっ、ふう……」

 勢い余って互いに立ち上がり言い合いになったエミリア達を心配してか、先程のメイドがお代わりの果実水を運んで来た。

 今度はゆっくりとした動作で空のグラスを新しい物と取り替える。その様子を見ながら落ち着きを取り戻したエミリア達はソファーへと座り直した。

「……好きにすれば? オレは相手しないから」

 それこそ面倒臭そうにそう言い放つとパトリックは壁の本棚から一冊の本を引っ張り出して読み始めた。

(わたくし放置で読書するなんて!)

 気に入らない態度にむうっ、とむくれかけたがパトリックは昔から暇さえあれば本を読んでいたから、今に始まった事じゃないなと思い直した。

 暫くソファーの向かい側で一人勝手にお茶会を堪能していたがお腹も膨れてしまい、手持ち無沙汰に部屋の中を見回してみる。

 広さ的にはエミリアの部屋とさほど変わらないし、応接セットや勉強机があるのも一緒だ。大きな違いはエミリアの部屋の棚には沢山のぬいぐるみや人形が並んでいるのが、パトリックの部屋の棚は全て本棚になっておりそこに隙間無く本が収まっている事。

 どんな本を読んでいるのだろうとソファーから立ち上がり、本棚を眺めてみる。最初に見た本棚は何やら難しげな経済書や法律関係の本だった。その隣には領地経営に必要そうな本。

(ちょ、五歳でこんなの読んでますの!?)

 エミリアも公爵家の令嬢なので家庭教師との勉強で多少なりとも読まされてはいるが、この量の本は考えただけで気が重くなりそうだ。

 気を取り直して次の本棚を覗きに行くと、歴史書や魔法書などが並んでいる。その隣には生物や植物の図鑑、世界地図、鉱石や花言葉の本などもあって興味が湧いた。

(この辺りなら読めそうだわ)

 そして最後の本棚を見に行くと、海外の文学書や小説がずらりと並んでいた。中でも推理小説が好きなのか色んなシリーズの探偵モノが集めてあり、どうやら今パトリックが手にしているのもこの中の一冊だった。

(へぇ……推理小説が好きなのね。可愛い所もありますわね)

 数ある探偵モノシリーズの中から巻数の一番長いシリーズの一巻目を手に取り、ソファーへ戻ってその本を開いた。

 その行動に一瞬こちらを見て顔を顰めたパトリックだったが、エミリアが開いている本が何かを確認するとやや怪訝そうな表情を見せつつも何も言わなかった。

 部屋には二人がページをめくる音だけが響き、時が流れていく。

 なんとなく読み始めてみた探偵モノ小説は主人公である若い探偵が、相棒のコックとバディを組んで事件を解決していく物語だった。

 探偵も優秀なのだが、相棒のコックが時折気付く疑問点や発言が事件解決のヒントとなって解き明かされていく展開が面白くてページをめくる手が止まらなかった。

 気が付くといつの間にか陽が傾き始めていて、お供の侍女から声を掛けられて驚いた。

「また来週に来るから、続き読ませてね」

 慌てて帰る用意をしてパトリックに告げると、無愛想に「勝手にすれば?」と一言。

「ええ、そうするわ。今日はありがとう」

 めげずに笑顔を返すと「う……」と呻きながら視線を逸らされた。耳が赤くなってるけど、どうしたのだろう。そんなに部屋が暑かったかしら。

 とりあえずエミリアは、仲良くなるのを目標に毎週一回パトリックの元に遊びに行く事にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

乙女ゲーのモブデブ令嬢に転生したので平和に過ごしたい

ゆの
恋愛
私は日比谷夏那、18歳。特に優れた所もなく平々凡々で、波風立てずに過ごしたかった私は、特に興味のない乙女ゲームを友人に強引に薦められるがままにプレイした。 だが、その乙女ゲームの各ルートをクリアした翌日に事故にあって亡くなってしまった。 気がつくと、乙女ゲームに1度だけ登場したモブデブ令嬢に転生していた!!特にゲームの影響がない人に転生したことに安堵した私は、ヒロインや攻略対象に関わらず平和に過ごしたいと思います。 だけど、肉やお菓子より断然大好きなフルーツばっかりを食べていたらいつの間にか痩せて、絶世の美女に…?! 平和に過ごしたい令嬢とそれを放って置かない攻略対象達の平和だったり平和じゃなかったりする日々が始まる。

悪役令嬢に転生したと思ったら悪役令嬢の母親でした~娘は私が責任もって育てて見せます~

平山和人
恋愛
平凡なOLの私は乙女ゲーム『聖と魔と乙女のレガリア』の世界に転生してしまう。 しかも、私が悪役令嬢の母となってしまい、ゲームをめちゃくちゃにする悪役令嬢「エレローラ」が生まれてしまった。 このままでは我が家は破滅だ。私はエレローラをまともに教育することを決心する。 教育方針を巡って夫と対立したり、他の貴族から嫌われたりと辛い日々が続くが、それでも私は母として、頑張ることを諦めない。必ず娘を真っ当な令嬢にしてみせる。これは娘が悪役令嬢になってしまうと知り、奮闘する母親を描いたお話である。

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

執着系王子にはもううんざりです

高緋ぴお
恋愛
 私の名は、ルミネ。カリフォード王国の第二王女で、隣国、バルフォルナ王国の第一王子と婚約することになったの。  初めてのお見合いではとっても素敵で見惚れちゃってた、のに。  実は、彼、とんでもない執着系王子でした・・・・。  

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...