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目を開けると、薄明るい闇がカーテンの隙間から覗いていた。知らない部屋。早朝かな…。周りには雑魚寝する…同期だ。え、若手の先輩もいる。あれ、私は…。
「おはよう」
部屋の入り口には、憧れていた若手の先輩が立っていた。
「丘野さん…。起きるの早いですね…」
「俺ん家なのに、俺が一番寝つけなかったよ」
そうだ…、昨日みんなと飲んで、みんなと丘野さん家押しかけて…、楽しかった…。
「コーヒー飲む?」
「はいっ」
コーヒーメーカーがこぽこぽと音を立てる。
みんなのために電気をつけずにいる丘野さんの横顔が、窓からの淡い光に縁どられる。
好きだ。一生言えないけど。
「なんか、学生みたいですね。雑魚寝なんて」
「ほんとだよ、社会人になってから初めてだよ」
「ふふ、私も」
手渡されたマグカップを口につけると、幸せの味がした。あれ、「幸せ」と「楽しい」って、共存できるの?でもそれって…何の話だっけ。
「昨日、楽しかったですね。面白くて。お腹抱えて笑って。自由で…」
「なんか気持ち込もってんな」
「はい…、なんでだろ」
どうして私はここにいるのだろう。
「丘野さんは…毎日楽しいですか」
「えー、何、急に。うーん…、でも、今は仕事に余裕もあるし、楽しい気持ちの方が多いかな。なんか最近みんなと遊んでばっかだし」
そう言って少し笑った。
「それじゃあ…、幸せですか?」
「ええ?…うん…、そう言っていいかもな」
目線の先。どうして私は何も思わなかったのだろう。この家が一人暮らしには広すぎることに。
コルクボードに、丘野さんとお腹の大きな可愛いらしい女の人の写真。
まばたきという機能が止まった。
「実家帰ってる時に、今日なんて女の子たちも泊めちゃったよ。最初で最後にしなきゃな」
私の動かない瞳に、発言の雰囲気に真剣な悪気がない一人の男性が映る。
「そっちは?」
「…え?」
「朔也だっけ?何歳になったの?」
世界が歪んだ。
「朔也…さくちゃん…。あれ…、私…、さくちゃんを…どうしたんだろ…、え、今日…」
目に入った、クマさん模様の日めくりカレンダーは月末を示していた。
いない、旦那が、毎月出張の日だ。
「昨日、言ってたよ」
「…なんて?」
「鍵閉めてきたから大丈夫だって」
自分の顔が歪んだ。
その家の玄関らしき出口を飛び出すのは、考えるより先だった。朝を迎える機能を停止したような灰色の空の下、タクシーのような塊に飛び込む。
ここはどこなのか。
私は、何をしてしまったのか。
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