陽だまりに廻る赤

小春佳代

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9.埴

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今にも大粒の雨が降り落ちそうな曇り空の下、目指すはあなたがただただ存在する空間。
 僕とあなたが、来る日も来る日も本に囲まれた、限られた空間。

 ぽつ。

 あ、きた。

 そう思った途端に、何かを破壊するかのような勢いで、地面に叩き付けられる数えきれない雨粒たち。バイトに向かう僕は思わず、ファッションビルの壁面に等間隔につけられた小さな屋根に飛び込んでいた。

 世界の色が無数の雨粒の線で霞む。

 まばたきから瞼を上げた瞬間、その雨粒の線を断ち切るように一直線に僕のもとに走ってくる赤い花。

「……はぁぁ、すごいわぁ、これ……」

 雨に洗われた赤い花びらのような半袖を身にまとったあなたが、僕のすぐ目の前で恥ずかしそうに濡れた前髪を触りながら笑っている。

「はにくんが見えたから……」

 いつものカールされた栗色の毛先から。

「ついここまで走って来ちゃった」

 滴が光り落ちた。

 それは、数秒の記憶がゆがむには、充分すぎる程の鮮烈な光で。
 視界に曖昧に広がるのは、朝露が降りたかのように光り湿る髪。
 緊張した腕から伝わる、細い肩越しの微熱。

 気づいた時には、近づきすぎることを避けていたあなたを抱きしめていたんだ。

 本当にあなたは……

「はにくん……?」

 どうしてこんなにも……

「綺麗で……」

 僕はゆっくりと、今までで一番近い距離であなたの眼差しを受ける。

「はにくん」

 あなたの瞳は、つけ入る隙がない程に漆黒で。

「もう一度、言って」

 ピンクベージュをまとった素肌のような唇が、乞う。

「……綺麗です……」

 何かに導かれるかのように、今、十年前と同じ言葉をあなたに発している。

「はにくん……」

 まるで花がほころぶかのように。

「ありがとう」

 それは赤い花。

「元気出た」

 毒を含んだ、赤い花。

 陽だまりでできた記憶の中に廻る、赤い毒。
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