陽だまりに廻る赤

小春佳代

文字の大きさ
上 下
7 / 12

7.埴

しおりを挟む
「はにくんはどんな本が好きなの?」

 お互い何も知らないままに、共に時間を過ごすということは無謀だと。
 きっと少しずつ少しずつ相手を知ろうとしてしまうんだ。

「俺は……村守春貴ですかね」

 好きな作家を言うのはなんとなく気恥ずかしい。

 僕たち二人は本屋大賞特設の棚に本を並べているところで、あなたがそういう話題を出すのはごく自然な流れだった。

「村守春貴かぁ、いいよね、だいたい孤独で」
「だいたい孤独っ」

 言い方にちょっと笑ってしまった。

「だってそうでしょ」

 あなたもつられて笑った。

「主人公も出てくる他の人もだいたい孤独で、いいよね」

 一応褒めているらしい。

「まあでも、小説なんてだいだいそんなもんか」

 小説なんて。呟くように付け加えた言葉のせいで、書店員としてのエプロンの臙脂えんじ色が重みを失ったように思えた。まるで偽物を纏っているかのようだ。

 僕は一呼吸置いて。

「遠野さんはどんな本が好きなんですか?」

 あなたはちょっと考えた後にこう言った。

「忘れちゃったな。昔は好きだったんだけど」

 昔。それはあの図書館にいた頃だろうか。

「本……っていうか、図書館が好きだった」

 図書館。
 僕がその単語に気を取られたと同時に、あの上目使いが僕の瞳に強く飛び込む。
 それはまるで、何かを訴えているかのように。

 僕があなたの考えていることを、正確に読み取ってあげられるなら。
 十年前のように、もう僕の視界からいなくなることはないのだろうか。



 僕らは何もたいした時間は積み上げていない。
 ただただ、言葉を交わし、本を並べ、隣に並び、時に不思議と視線を合わせる時間を過ごしていただけだ。

 それが僕にとっては、どれも大切な時間なだけで。

 許してもらえるなら、続く限り続いて欲しかった。
 そう、続く限り。

 でも僕はある程度大人になってしまって。
 その中身が何であれ、「現状」というものを維持することがどれほど難しいか、そもそも維持なんてできないということに薄々気づいている。

 僕にとっての「現状」に、突然の激しい雨が降り注ぐ。
しおりを挟む

処理中です...