ベルガモットの空言

小春佳代

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白い心臓を塗る

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初めて甘えたくて近づいた人の
隠された弱さが目に入ってしょうがなくて
結局また私は生クリームを
塗ってしまうのだろうか



私は総じて人に甘えられる人生であった

乾いた歪いびつな形のスポンジケーキに
「大丈夫だよ、大丈夫だよ」と唱えながら
ハケで生クリームを塗っていく日々

そしてそれはいつしか
店頭に並んでも差し支えない程の
ケーキにはなっている

立派な見目ではないかもしれないけど
ケーキ自身が堂々として存在し
私は自分のことのように嬉しくなるの

ねぇ、その生クリームの成分は
何だか知ってる?

それは『私の心臓』

削った心臓に泡立て器で空気を含ませてゆく

無限と思えた『私の心臓』

ある日両手にハケ
更に口に加えたハケで
いくつものケーキを扱っていたら
思ったの

「心臓が足りない」

だめだ、ああ
私が扱わなくても済むケーキはあるだろうか
少しだけ少しだけでいいから
すでに完成されたケーキの前に私を

ふらふらペタリとその前に座り込み
自身で輝きを維持しているケーキの
完成美に癒されながら
深く深呼吸をした

「あぁ、もう無理だ、頑張れない」

ふわぁと横たわり
何日も何日もそのケーキを眺め続け
心臓を塗る代わりに
何の圧もない軽やかな話をし続けた

するとどうだろう

心の奥底では覚悟していたことだったけれど

私は再び起き上がり
またハケを手にしていた



初めて甘えたくて近づいた人の
隠された弱さが目に入ってしょうがなくて
結局また私は生クリームを
塗ってしまうのだろうか
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