罪深きシュトーレン

小春佳代

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「あの、好きです、付き合ってください」

それは高校生になって初めての終業式の日、蝉が鳴く木々の下で、俺は。

「……はい」

知らない女の子に告白された。

白い半袖ポロシャツに水色を基調としたチェックのプリーツスカートという他校の制服に身を包んだ彼女は、聞くところによるとふたつ上の先輩だった。

肩まである髪は片側で丁寧に束ねられ、自然と上がっている口角はとても印象が良い。

彼女は、通学路で地元の知人と話す姿を見かけることが多かった俺に、次第に好意を寄せてくれるようになったらしい。

どうして、俺なんかを。

「え……付き合ってくれるの?」

「……はい」

正直、ある程度可愛い子なら誰でも良かった。

誰かと付き合ってみたい、そんな好奇心が湧くのは。

「わぁ……嬉しい」

罪だろうか?

それからというもの、そのふたつ上の先輩とは、とても高校生らしい恋人の時間を過ごしたと思う。

初デートは映画、浴衣で花火大会、大型スライダーのあるプール。

彼女の部屋で夏休みの宿題をするという口実をつけてのキス。

秋も、冬も、流れに身をまかせて過ごした。

気づけば卒業シーズンで、他県の専門学校に通うことが決まっていた先輩は俺に何か言って欲しそうだった。

ああ、今まで楽しかったな。

それが、俺が当時ぼんやり思っていたことだ。

そして、それ以上もそれ以下の言葉も、浮かんでこなかった。





「さようなら~」

クーラーボックスの紐を肩に背負ったおじいちゃんが、釣竿を片手ににこやかに海を後にする。

堤防に座り、海に向けて足を投げ出している理沙は、手を振って別れの挨拶をした。

夕暮れの中、おじいちゃんの姿がどんどん小さくなってゆく。

「夏樹くん」

橙だいだい色の空、光と共に揺らめく海、俺と彼女。

「虫、気持ち悪かったね」
「そ、そこ?」

海に着いてやっと二人っきりになった第一声、釣り餌の感想かよっ。

「だって、ほれほれ~って嬉しそうに虫を見せてくるおじいちゃんに気持ち悪いなんて言えないでしょ?」
「う、うーん、まぁ」
「でも、一度思ってしまったことは吐き出さなきゃ、もやもやするし。だから今言った」

理沙はすっきりした顔でにこっと笑った。

「人間は、秘密は抱え込めないようにできているんだよ」

そして、なんだか難しい言葉を付け足した。

秘密か……、俺がまだ秘密にしていることは。

「夏樹くん」

いろいろあるけど、でも一番は。

「何?」

俺は君じゃなきゃだめだ、ってことだ……。

「海が光ってる」

他の女の子に抱こうとしても抱けなかった感情が。

「うん」

君に対しては、溢れそうなんだ。

潮風になでられる、さらさらとした長い焦げ茶色の髪。
気持ちを覆い隠すかのように咲く、胸元の赤いリボン。

夕暮れに馴染む頬の染まり具合。
憂いを線に描いたような睫毛まつげ。

ゆっくりと俺の方に向けられる、海のように潤んだ青い目。

「ずっと……ここにいられたらいいのに」

時に心を疼うずかせるような言葉を零こぼす、薄桃色の唇。

理沙……、俺は君だけは離さない。

抑えられない想いが手を通して、君の頬に触れる。

顔を傾けて、近づく、今までのどんな時よりも。

ずっと、ずっと、君を探していたんだ。

「夏樹くん」

俺の名前を発する君の吐息が、数ミリ先の俺の唇にかかった。

「私ね」

揺らめく海は、徐々に光を失くしてゆき。

「親友の恋人と」

闇が姿を。

「キスをしたの」

現し始めた。
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