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魔王様はお優しい方でした

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「記憶がないと聞いたが、体は大丈夫か?」

 その言葉を聞いた途端、私は胸がギュッと締め付けられました。

「どこか痛いのか?大丈夫か?」

「私・・・」

 魔王様が私の頬に触れ、その親指で頬を拭ってくれます。

 私、泣いているみたいです。

 こんな、私のことを気遣ってくれるような言葉を聞いたのはだった頃以来です。

 聖女になってから、こんな優しい言葉をかけてもらうこと、なかったです。

 魔王様は、困ったように私をそっと抱き寄せて下さいました。

 こんなふうに、優しく扱われたことなどありませんでした。

 王太子殿下と呼ばれる人間よりも、魔王と呼ばれるこの方の方がお優しい。

 魔王様・・・
ヴィンセント・メルキオール様は、黒髪に黒い瞳の、とても見目麗しい方でした。

 ネモフィラ王国の王太子殿下も王太子然とした容姿の方でしたけど、魔王様と比べると色褪せて見えるほどです。

「・・・」

 ええと。

 いつまで抱き締められていれば良いのでしょうか?

 段々と恥ずかしくなってきました。

「・・・」

 ええと。

 まだでしょうか。

「・・・」

 モゾモゾと動いてみます。

 あ。

 頭をよしよしと撫でてくれました。

 どうしましょう。頭を撫でてもらえて、胸の奥がポカポカします。
 もう少し、このままでも良い気がしてきました。

「・・・」

「陛下。お食事になさって下さい」

「・・・」

「陛下」

「分かった」

 私を起こしにきてくれたメイドの方の言葉で、魔王様が私から離れます。

 少し寂しい気がするのは、どうしてでしょう。

「きゃっ!」

 不意に足が地面から離れ・・・

 魔王様が私を横抱きに抱え上げていて。

「ま、魔王様」

「ヴィンセントだ」

 お名前で呼べということでしょうか?

 でも、確かに記憶が戻る前のはお名前で呼んでいたのかもしれません。

「ヴィ・・・ヴィンセント様」

「なんだ?」

「じっ、自分で歩けます!」

「駄目だ。目覚めたばかりなのだから」

 拒否されました。
暴れても逃れられそうにありませんから、諦めるしかなさそうです。

「ルディア」

「はい。なんでしょうか」

「何も覚えていないのか?」

「はい。申し訳ございません。自分の名前は分かりますが、何故ここにいるのか、家族のことも、今までどう過ごしてきたのかも、何も・・・」

 申し訳ないことです。
婚約者が、自分とのことを何も覚えていないなんて嫌だと思います。

 婚約を解消だと言われても仕方のないことですが・・・
 出来るなら、メイドでも下働きでも良いのでここで働かせていただきたいです。
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