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過去⑩

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 セレスが家に帰りたいと、エルムンドに今日伝えたのには理由がある。

 セレスはずっと香を嗅がされていたことで、その香の継続時間もある程度把握していた。

 香は約三日間続き、怠さは残るものの三日香を絶てば体は動くようになる。

 そしてエルムンドが、どうしても出席しなければならないパーティーがあり、そこには専属の護衛も伴うことを知った。

 セレスはその日を逆算して、エルムンドに頼んだのだ。

 その日しか、修道院に逃げられる日はない。

 時間は長く取れないだろうが、幸いにも学園が休みの日だ、リウスも家にいるだろう。

 もう、リウスの手を取ることは出来ない。

 たとえリウスが許したとしても、あのエルムンドがそれを許してくれる気がしなかった。

 セレスは悲しくて、胸が張り裂けそうだった。

 学園を卒業して、リウスと結婚する。
それをずっと夢見てきた。

 それがこんな形で、失われることになるなんて。

 セレスは知らなかった。

 今以上の絶望が、この帰宅で待ち受けていることを。

「え、エルムンド様。ありがとうございます。夕刻までには戻ります」

「ああ。僕は迎えに行けないが、賢いセレスはどうするべきか分かっているね?」

「・・・はい」

 戻らなければ、カメリア男爵家がどうなるか分かっているな?と暗に言われた気がして、セレスは背筋が冷たくなる。

 それでも、このままエルムンドの愛妾なんかになりたくなかった。

 貧乏でもリウスと共に生きたかった夢を粉々に壊した男に、触れられ愛を注がれるなど、耐えられなかった。

 両親の判断を仰ごうと、久しぶりに家に戻ったセレスは、その屋敷のどんよりとした雰囲気に、思わず足を止めた。

 それでも軋んだ音を立てた門を開け、足早に屋敷の中に駆け込む。

 本来なら出迎えに顔を見せてくれるはずの、家令や侍女の姿がない。

 貧乏男爵家とはいえ、小さな屋敷に人の気配がなかった。

「父様?母様?」

 僅かばかりの領地に出かけているのだとしても、誰もいないなんておかしい。

 父親の名ばかりの狭い執務室にも、両親の寝室にも、台所にも、どこにも誰の姿も見えない。

 それどころか、人がいなくなって数日経つような、澱んだ空気を感じる。

 何か起きて領地に行っているのかもしれない。

 両親と会えないのは残念だが、時間はあまりない。
 とりあえず、リウスに会うためにコパー子爵家に行こう。

 そう考えたセレスは、父親の執務室を出ようとして、ふと足を止めた。

 几帳面な父親にしては珍しく、荒れた机の上。

 その引き出しの裏を覗き込む。

 セレスが幼い頃、家族だけが分かるように、秘密の宝物の隠し場所の地図をそこに貼る遊びをしたことがあった。

 覗き込んだそこには、慌てて書かれた様子の、父親の手紙があった。

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