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第十一話 あなただけの聖女に
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朝食後、胸の奥がモヤモヤするような、嫌な気分を抱えたまま、私は部屋で読書をして過ごしていた。しかし、全然楽しむことが出来ずに、ずっと溜息を漏らしていた。
このモヤモヤは、ここ数日の間ずっと残ったままだ。
「大切な人や家を守りたいのに、それが出来ない……それがどれだけ悔しくて、悲しいことなんだろう」
読んでいた本をパタンっと閉じた私は、ぼんやりと窓から外を眺める。
私も母さんを亡くしているから、失う辛さは嫌というほどわかっているつもりだ。でも、ウィルフレッド様はそれに加えて、自分が頑張らないと、大切なものを更に失ってしまうと思っている。
その辛い気持ちは、他人の私に全てを理解するのは不可能だろう。
でも……わからなくても、私はウィルフレッド様を少しでも支えたい。今まで辛くて大変だった人に、幸せになってもらいたい。これは聖女だからではなく、私という人間の素直な気持ちだ。
もちろん、この家に私がいることによって迷惑になる可能性もあるし、そう考えると怖いけど……。
「それでも……私は、やっぱりウィルフレッド様を支えたい……ここに住まわせてってお願いしてみよう。言わずに後悔するよりも、言って後悔する方がいいわよね」
そうと決まれば、早くウィルフレッド様とお話をしないと。今はまだ会う予定の知人とお話をしているのかしら。タイミングを見計らって、ちょっとでもウィルフレッド様とお話しないと。
私は勢いよく立ち上がると、部屋を出てウィルフレッド様を探し始め――るまでもなく、早々に見つけることが出来た。
何故なら、ウィルフレッド様は、小柄でふくよかな初老の男性と、丁度玄関の前で話していたからだ。
あの方が、ウィルフレッド様のお父様の知り合いかしら。身なりが良いし、きっと地位の高い方なのだろう。邪魔してはいけないから、物陰から隠れて様子を見よう。
「今日はお忙しいところお越しいただき、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ突然の話だったのに、時間を作ってもらって悪かった。彼らの墓参りもしたかったから、出来て良かった。それにしても、その使い物にならなくなった体では、仕事一つこなすのも一苦労だろう」
「ええ。でも、私がやらなければ何も守れないので」
……何あの方。わざわざなんでそんな酷い言い方をするの? もっと気を使った言い方は出来ないの? 聞いてて気分が悪くなる。
「そうか。そんなウィルフレッド殿の為に、最後に伝えておきたいことがある」
「なんでしょうか」
「そのような体では、当主としてやっていけんだろう。跡取りを早く作るか、潔く爵位を返上するのをお勧めする」
「…………」
「無駄に足掻けば足掻く程、後が辛くなるだけだ。上に立つ者なら、早い判断をせねばならんことを忘れるな」
「ええ、肝に銘じておきます」
「うむ。では失礼する」
言いたいことを言って満足したのか、初老の男性は上機嫌でその場を後にした。
何なのあの人! あなたにウィルフレッド様の何がわかるというの!? まあ、私も偉そうに怒れるほど、ウィルフレッド様のことを知らないけど!
ああもう、腹が立って仕方がないわ! アーロイ様やジェシーに虐げられてた時ですら、こんな腹立たしく思ったことは無いのに!
「エレナ殿。立ち聞きなんてあまり褒められたものじゃありませんよ?」
「あっ……見つかっていたんですね」
ウィルフレッド様に声をかけられた私は、潔く物陰から出てきてから、小さく頭を下げた。
「ごめんなさい、たまたま通りがかったもので。それよりも、なんですかあの人! ウィルフレッド様のためとか言っておいて、酷いことしか言ってないじゃないですか!」
「そんなものですよ。彼の真意はわからないが、本当に私のことを考えて、助言をしてくださったのかもしれません。助言をして、優越感に浸りたかっただけの可能性もありますが」
こう言っては何だけど、絶対に後者だと思うわ。だって帰る時に、言ってやったぜ! みたいな感じで、満足そうな顔をしていたもの!
「そんな怒る必要はありませんよ。せっかくの美しい顔が台無しだ」
「怒るに決まってるじゃないですか! ウィルフレッド様が、苦しくても大切な人達を守るために頑張ってるのに……あの人は!」
「それはあくまでこちらの事情。彼や他の人間には、知る由もありませんから仕方ありません」
一人でプリプリと怒る私とは対照的に、ウィルフレッド様はとても落ち着いた笑みを浮かべている。
あんな酷いことを言われたのに許してしまうなんて、ウィルフレッド様は優しいというか、お人好しというか……お墓の前の時みたいに、自分の感情を出しても良いと思うのだけれど。
「さて、私は次の仕事の準備をしなければならないので、これで失礼します」
「あ、待ってください! 少しだけでいいので、お時間をいただけませんか!」
「構いませんが……何かありましたか?」
「大切なお話をしたいんです」
一旦怒りを鎮めてから、私は真っ直ぐウィルフレッド様を見つめると、なにかを察してくれたのか、真剣な眼差しを返してくれた。
「わかりました。では邪魔が入らない所でお話しましょうか。すまない、エレナ殿と二人きりにしてもらえるかな」
「かしこまりました。お部屋まではご案内させていただきます」
「うん、ありがとう」
私はウィルフレッド様と、車椅子を押していた使用人と一緒に、私の使っている部屋へとやってきた。
「では私はこれで失礼致します」
「ああ。それで、お話とは?」
使用人が去り、私達だけになったタイミングで、私はゆっくりと口を開いた。
「単刀直入に言います。私をここに住まわせてください」
「それは随分と唐突なお願いですね。理由をお聞きしても?」
「はい。ウィルフレッド様の聖女として、あなたの体を治したいのです!」
私の最初の言葉で既に驚いていたウィルフレッド様は、理由を聞いて更に目を丸くさせていた。
「前にもお話しましたが、私の体はもう治らないんですよ?」
「……それは、絶対なのでしょうか?」
「…………」
「きっと、多くの方法を試されたのでしょう。ですが、それでもう治らない可能性が潰えたとは思えない……いえ、思いたくないんです! 可能性が完全に断たれたわけじゃないのなら、それに賭けてみたい!」
こんな何も根拠がないことを言われても、困ってしまうだけかもしれない。現に、ウィルフレッド様は気まずそうに視線を逸らしている。
それでも、私は自分の意思を曲げたりしない。ウィルフレッド様が大切なものを守るという意思を曲げないのと同じように。
「どうして、あなたはそこまで優しくしてくれるのですか? まだ出会って間もない私のことを……」
「この数日で、ウィルフレッド様が頑張っているというのと、苦しんでいるのを見たからです」
あのお墓の前で、ウィルフレッド様が口にした言葉。そして、あの悔しさと悲しみに満ちた声。あのことが、私の脳裏に焼き付いていて、思い出すたびに胸が締め付けられる。
締め付けられる度に、私はウィルフレッド様の力になりたいと強く感じる。その気持ちを、もっとウィルフレッド様にぶつけて、ここに居ても良いという許可を貰わないと!
「私は、ウィルフレッド様の助けになりたい。命の恩人だからというのもありますが、一人の人間として……あなたを助けたい! あなたが心の底から幸せになれる未来を作りたいんです!」
「エレナ殿……」
私は目に一杯の涙を溜めながら、ウィルフレッド様の両手を握る。
普通なら、動く方の手だけを握るのかもしれないけど、私はそうしなかった。動かなくなっても、これはあなたのご両親が守ろうとした、大切な体なのだからと伝えたかったから。
「そしてなによりも……私がそうするべきだと思ったからです!!」
「っ……!」
「お願いします! 私のような無能な聖女には荷が重いかもしれませんけど、やる前から諦めたくないんです! もし聖女として住むのが駄目なら、使用人として雇ってください! お仕事をしながら、ウィルフレッド様の治療をしますから!」
「…………」
私の出来る限りの気持ちをぶつけたつもりだが、ウィルフレッド様は何か考え込むように、顔を俯かせた。
駄目、なのだろうか……いえ、一度や二度断られた程度で諦めてたまるものか。
そう思っていたのに、返ってきた言葉は全く違うものだった。
「わかりました。あなたの優しさに甘えさせてください」
俯かせていた顔を、いつの間にか優しい笑顔に変えていたウィルフレッド様は、動く左手で私の手を握り返した。
それが嬉しくて……私も両方の手を更に強く握り返していた。
「ただ、これだけは約束してください。あなたの大切な人生を、私で縛らないでください。私の回復の目途が完全に立たれた時や、もうここに居たくなくなったら、必ず己を優先してください」
「……わかりました」
「あと、使用人として仕事をする必要はありませんので、そこはご安心ください」
こんな時でも、私のことを考えてくれるなんて、この人は本当に優しい方なのね。
ウィルフレッド様のような優しい方が苦しむなんて、やっぱりおかしい。いつになるかはわからないけど、私が必ずウィルフレッド様を治して、心の底から笑える未来を作って見せるわ!
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あの方が、ウィルフレッド様のお父様の知り合いかしら。身なりが良いし、きっと地位の高い方なのだろう。邪魔してはいけないから、物陰から隠れて様子を見よう。
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「いや、こちらこそ突然の話だったのに、時間を作ってもらって悪かった。彼らの墓参りもしたかったから、出来て良かった。それにしても、その使い物にならなくなった体では、仕事一つこなすのも一苦労だろう」
「ええ。でも、私がやらなければ何も守れないので」
……何あの方。わざわざなんでそんな酷い言い方をするの? もっと気を使った言い方は出来ないの? 聞いてて気分が悪くなる。
「そうか。そんなウィルフレッド殿の為に、最後に伝えておきたいことがある」
「なんでしょうか」
「そのような体では、当主としてやっていけんだろう。跡取りを早く作るか、潔く爵位を返上するのをお勧めする」
「…………」
「無駄に足掻けば足掻く程、後が辛くなるだけだ。上に立つ者なら、早い判断をせねばならんことを忘れるな」
「ええ、肝に銘じておきます」
「うむ。では失礼する」
言いたいことを言って満足したのか、初老の男性は上機嫌でその場を後にした。
何なのあの人! あなたにウィルフレッド様の何がわかるというの!? まあ、私も偉そうに怒れるほど、ウィルフレッド様のことを知らないけど!
ああもう、腹が立って仕方がないわ! アーロイ様やジェシーに虐げられてた時ですら、こんな腹立たしく思ったことは無いのに!
「エレナ殿。立ち聞きなんてあまり褒められたものじゃありませんよ?」
「あっ……見つかっていたんですね」
ウィルフレッド様に声をかけられた私は、潔く物陰から出てきてから、小さく頭を下げた。
「ごめんなさい、たまたま通りがかったもので。それよりも、なんですかあの人! ウィルフレッド様のためとか言っておいて、酷いことしか言ってないじゃないですか!」
「そんなものですよ。彼の真意はわからないが、本当に私のことを考えて、助言をしてくださったのかもしれません。助言をして、優越感に浸りたかっただけの可能性もありますが」
こう言っては何だけど、絶対に後者だと思うわ。だって帰る時に、言ってやったぜ! みたいな感じで、満足そうな顔をしていたもの!
「そんな怒る必要はありませんよ。せっかくの美しい顔が台無しだ」
「怒るに決まってるじゃないですか! ウィルフレッド様が、苦しくても大切な人達を守るために頑張ってるのに……あの人は!」
「それはあくまでこちらの事情。彼や他の人間には、知る由もありませんから仕方ありません」
一人でプリプリと怒る私とは対照的に、ウィルフレッド様はとても落ち着いた笑みを浮かべている。
あんな酷いことを言われたのに許してしまうなんて、ウィルフレッド様は優しいというか、お人好しというか……お墓の前の時みたいに、自分の感情を出しても良いと思うのだけれど。
「さて、私は次の仕事の準備をしなければならないので、これで失礼します」
「あ、待ってください! 少しだけでいいので、お時間をいただけませんか!」
「構いませんが……何かありましたか?」
「大切なお話をしたいんです」
一旦怒りを鎮めてから、私は真っ直ぐウィルフレッド様を見つめると、なにかを察してくれたのか、真剣な眼差しを返してくれた。
「わかりました。では邪魔が入らない所でお話しましょうか。すまない、エレナ殿と二人きりにしてもらえるかな」
「かしこまりました。お部屋まではご案内させていただきます」
「うん、ありがとう」
私はウィルフレッド様と、車椅子を押していた使用人と一緒に、私の使っている部屋へとやってきた。
「では私はこれで失礼致します」
「ああ。それで、お話とは?」
使用人が去り、私達だけになったタイミングで、私はゆっくりと口を開いた。
「単刀直入に言います。私をここに住まわせてください」
「それは随分と唐突なお願いですね。理由をお聞きしても?」
「はい。ウィルフレッド様の聖女として、あなたの体を治したいのです!」
私の最初の言葉で既に驚いていたウィルフレッド様は、理由を聞いて更に目を丸くさせていた。
「前にもお話しましたが、私の体はもう治らないんですよ?」
「……それは、絶対なのでしょうか?」
「…………」
「きっと、多くの方法を試されたのでしょう。ですが、それでもう治らない可能性が潰えたとは思えない……いえ、思いたくないんです! 可能性が完全に断たれたわけじゃないのなら、それに賭けてみたい!」
こんな何も根拠がないことを言われても、困ってしまうだけかもしれない。現に、ウィルフレッド様は気まずそうに視線を逸らしている。
それでも、私は自分の意思を曲げたりしない。ウィルフレッド様が大切なものを守るという意思を曲げないのと同じように。
「どうして、あなたはそこまで優しくしてくれるのですか? まだ出会って間もない私のことを……」
「この数日で、ウィルフレッド様が頑張っているというのと、苦しんでいるのを見たからです」
あのお墓の前で、ウィルフレッド様が口にした言葉。そして、あの悔しさと悲しみに満ちた声。あのことが、私の脳裏に焼き付いていて、思い出すたびに胸が締め付けられる。
締め付けられる度に、私はウィルフレッド様の力になりたいと強く感じる。その気持ちを、もっとウィルフレッド様にぶつけて、ここに居ても良いという許可を貰わないと!
「私は、ウィルフレッド様の助けになりたい。命の恩人だからというのもありますが、一人の人間として……あなたを助けたい! あなたが心の底から幸せになれる未来を作りたいんです!」
「エレナ殿……」
私は目に一杯の涙を溜めながら、ウィルフレッド様の両手を握る。
普通なら、動く方の手だけを握るのかもしれないけど、私はそうしなかった。動かなくなっても、これはあなたのご両親が守ろうとした、大切な体なのだからと伝えたかったから。
「そしてなによりも……私がそうするべきだと思ったからです!!」
「っ……!」
「お願いします! 私のような無能な聖女には荷が重いかもしれませんけど、やる前から諦めたくないんです! もし聖女として住むのが駄目なら、使用人として雇ってください! お仕事をしながら、ウィルフレッド様の治療をしますから!」
「…………」
私の出来る限りの気持ちをぶつけたつもりだが、ウィルフレッド様は何か考え込むように、顔を俯かせた。
駄目、なのだろうか……いえ、一度や二度断られた程度で諦めてたまるものか。
そう思っていたのに、返ってきた言葉は全く違うものだった。
「わかりました。あなたの優しさに甘えさせてください」
俯かせていた顔を、いつの間にか優しい笑顔に変えていたウィルフレッド様は、動く左手で私の手を握り返した。
それが嬉しくて……私も両方の手を更に強く握り返していた。
「ただ、これだけは約束してください。あなたの大切な人生を、私で縛らないでください。私の回復の目途が完全に立たれた時や、もうここに居たくなくなったら、必ず己を優先してください」
「……わかりました」
「あと、使用人として仕事をする必要はありませんので、そこはご安心ください」
こんな時でも、私のことを考えてくれるなんて、この人は本当に優しい方なのね。
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