上 下
10 / 45

第十話 正しい選択は……

しおりを挟む
「……こうして王子様と王女様は、幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」

 同日の夜。夕食を済ませた後、私は使わせてもらっている部屋に置かれたソファに腰を降ろしながら、絵本を読んでいた。

「えへへ、お姫様が幸せになってよかったねシーちゃん!」
「ええ、そうですねご主人様」

 私の隣にちょこんと座るルナちゃんとシーちゃんは、互いに笑顔で頷き合う。ああ、癒されるわ。

「失礼します。おや、お楽しみの最中でしたか」
「あ、お兄様! おかえりなさい!」
「おかえりなさい、ウィルフレッド様。お仕事お疲れ様でした」

 可愛い二人に癒されていると、ウィルフレッド様が使用人の女性と共に、静かに部屋に入ってきた。

 朝早くから、当主の仕事をするために出かけていたウィルフレッド様だが、全く疲れている素振りがないわ。

「こんな遅くに帰ってくるなんて、随分と沢山お仕事されていたんですね」
「ええ。今日は古くから付き合いのある家に行って、茶会をした後に、縁のある騎士団に、剣術の指南をしに行きました。彼らの相手をするのは、この体では少々疲れますがね」
「そんなことをして、大丈夫なんですか? 朝もあんなに早かったのに……」
「昔から鍛えているので、この程度平気ですよ」

 口ではそう言っても、きっと疲れは溜まっているはずだ。そう思った私は、有無も言わせずに回復魔法を使い、ウィルフレッド様の体を癒した。

 回復魔法の本来の使い方は、怪我や病気の治療だけど、ある程度の疲れを取る効果もある。

「ふう。私の回復魔法では大した効果は無いと思いますが……少しは力になれてたらと嬉しいです」
「ありがとうございます、エレナ殿。おかげで体が軽くなりました。これなら明日以降の仕事も問題無さそうです」
「明日もお仕事なんですか?」
「ええ、もちろん。予定は詰めに詰めてあります。しかし、エレナ殿のおかげで、あと三日は寝ずに働けそうですよ」
「お兄様、ちゃんと寝ないとダメなんだよ!」

 ほっぺをプクーっと膨らますルナちゃんの頭を撫でながら、ウィルフレッド様は困った様に笑った。

 笑った顔も可愛らしいけど、拗ねた顔も可愛いだなんて……可愛さに隙が無さすぎる。

「今のは物の例えだから大丈夫だよ、ルナ」
「むぅ……お兄様、すぐ頑張り過ぎちゃうから信じられないもん!」
「これは困った。どうすれば信じてくれるかな?」

 ウィルフレッド様の優しい問いを聞いたルナちゃんは、一瞬にして表情を笑顔で一杯にしながら、目をキラキラと輝かせた。

「ルナ達と遊んでくれれば信じる!」
「それならお安い御用だ。何をするかい?」
「うーん……おままごと!」
「ああ、わかった」
「やったー! それじゃあオモチャを持ってくるから、待っててね! シーちゃん、行こっ!」

 大喜びのルナちゃんと、それに必死についていくシーちゃんを見送った私達は、思わずクスクスと笑いながら、互いに顔を見合わせた。

「本当に可愛らしい子達ですね」
「ええ、本当に。当主の仕事が忙しくて、あまり構ってあげられてないのが、本当に心苦しいです。ですが、彼女達のあの笑顔を守るためにも、明日からの仕事も頑張らなければならないのです」
「その、頑張るのは素晴らしいことだと思いますけど……」
「体は大丈夫なのか、そうお聞きになりたいのでしょう?」

 言い当てられてしまった私は、特に隠したりせずに頷いて見せた。

「沢山仕事をしてる上に、朝はあんなに早くから体を動かして……心配です」
「ご心配には及びません。私は当主として、そして一人の騎士として、大切なものを守っているだけにすぎません」
「…………」

 真っ直ぐと私に言葉を紡ぐウィルフレッド様の目は、強い意志に満ちていた。私が何を言っても、己の意志を曲げることは無い……そんな強さが伝わってくる。

「わかりました。部外者の分際で、余計なことを言ってしまいました」
「いえ、とんでもありません。他人に哀れに思われることはあっても、純粋な心配をしてくれるのは、家族や使用人しかいないので、とても嬉しく思いました」
「ウィルフレッド様……」
「持ってきたよ~!」

 しんみりとした空気を変えるように、ルナちゃんの元気な声が部屋の中に響き渡る。

 これまでの話を聞いてる限りだと……ウィルフレッド様は、心身ともに、無理をしているのは明らかだ。

 そんな状態だとわかっていて、私は……邪魔になるだろうからと決めつけて、去っていいのだろうか? 個人的には、ここに残ってウィルフレッド様を支えるお手伝いをしたい。

 でも、私がいたら余計な気を使わせ、更に疲れさせてしまうかもしれない。

 母さん……私、どうすればいいんだろう……?


 ****


 結局どうすれば正しい選択なのかわからないまま、私はエクウェス家で三日の時を過ごした。

 この三日間の間、私はウィルフレッド様に毎日回復魔法を使っているが、やはり動かなくなった体は元に戻っていない。私の回復魔法のおかげで、仕事の疲れが取れていると言ってくれてるのが、せめてもの救いだ。

 とはいえ、それに満足するわけにもいかない。私としては、疲れを取るのも大事だけど、もう一度元気に動き回ってほしい。

「エレナ殿、ご気分が優れませんか?」
「え?」
「先程から、ぼんやりとしておられるので」
「エレナお姉ちゃん、具合悪いの?」
「いえ、大丈夫です。少し考え事をしていただけです」

 今朝はウィルフレッド様とルナちゃんと揃って食事をしているのに、余計な心配をかけてどうするのよ私。もっとしっかりしないとね。

「そういえば、今日はお仕事はお休みなんですか?」
「いえ。午前の仕事が少ないですが、午後からはいつも通りの量ですね。なので、久しぶりにこうしてゆっくり朝食が食べれてるのです」

 ウィルフレッド様は、紅茶をゆっくりと口に含んでから、ふぅと小さく息を漏らした。

「しかし、あまり悠長には出来ません。今日は来客が来るので、その対応をしないとなりません」
「来客?」
「父の古い知人が帰国するので、その挨拶に来るそうです。私がまだ幼い頃に会ったきりですので、本当に久しぶりに会いますね」

 幼い頃の知り合いか……もし私がそんな人と会うなら、楽しみに思って顔にも出ちゃうと思うけど、ウィルフレッド様はなんだか少し嫌そうな雰囲気がある。

「あまり無理はしないでくださいね」
「ええ、ありがとうございます。では私は部屋に戻って準備をしなければいけないので、お先に失礼します」

 朝食を綺麗に完食したウィルフレッド様は、使用人と一緒に食堂から去っていった。その後ろ姿を、ルナちゃんが悲しそうな目で見つめていたのが、とても印象に残った――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています

オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。 14回恋愛大賞奨励賞受賞しました! これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。 ありがとうございました! ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。 この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

【完結】婚約破棄された令嬢が冒険者になったら超レア職業:聖女でした!勧誘されまくって困っています

如月ぐるぐる
ファンタジー
公爵令嬢フランチェスカは、誕生日に婚約破棄された。 「王太子様、理由をお聞かせくださいませ」 理由はフランチェスカの先見(さきみ)の力だった。 どうやら王太子は先見の力を『魔の物』と契約したからだと思っている。 何とか信用を取り戻そうとするも、なんと王太子はフランチェスカの処刑を決定する。 両親にその報を受け、その日のうちに国を脱出する事になってしまった。 しかし当てもなく国を出たため、何をするかも決まっていない。 「丁度いいですわね、冒険者になる事としましょう」

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。 それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。 誰にも信じてもらえず、罵倒される。 そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。 実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。 彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。 故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。 彼はミレイナを快く受け入れてくれた。 こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。 そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。 しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。 むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。

【完結】物作りを頑張っている婚約者にベタ惚れしてしまったので、応援していたらなぜか爵位が上がっていきます

よどら文鳥
恋愛
 物置小屋で監禁生活をさせられていたソフィーナ。  四歳のころからいつか物置小屋を出たときに困らないように、毎日魔法の鍛錬だけは欠かさずに行っていた。  十四歳になったソフィーナは、縁談の話が入り、ついに物置小屋から出ることになる。  大量の結納金が手に入るため、監禁していた当主はゴミを捨てるようにソフィーナを追い出す。  婚約相手のレオルドは、物を作ることが大好きでいつか自分で作ったものが商品になることを願って日々研究に明け暮れている男爵家の次男。  ソフィーナはレオルドの頑張っている姿に興味がわいていき、身の回りのお世話に明け暮れる。  レオルドの開発している物に対して、ソフィーナの一言がきっかけでついに完成し、王宮の国王の手元にまで届く。  軌道にのってきたレオルドは手伝ってくれたソフィーナに対して感謝と愛情が溢れていく。  ソフィーナもレオルドにベタ惚れで、幸せな毎日を過ごせるようになる。  ついにレオルドは爵位を叙爵され、どんどん成り上がっていく。  一方、ソフィーナを家から追放した者たちは、二人の成り上がりを目の当たりにして後悔と嫉妬が増えていき、ついには今までの悪さも国の管理下に届くようになって……?

婚約者に見殺しにされた愚かな傀儡令嬢、時を逆行する

蓮恭
恋愛
 父親が自分を呼ぶ声が聞こえたその刹那、熱いものが全身を巡ったような、そんな感覚に陥った令嬢レティシアは、短く唸って冷たい石造りの床へと平伏した。  視界は徐々に赤く染まり、せっかく身を挺して庇った侯爵も、次の瞬間にはリュシアンによって屠られるのを見た。 「リュシ……アン……さ、ま」  せめて愛するリュシアンへと手を伸ばそうとするが、無情にも嘲笑を浮かべた女騎士イリナによって叩き落とされる。 「安心して死になさい。愚かな傀儡令嬢レティシア。これから殿下の事は私がお支えするから心配いらなくてよ」  お願い、最後に一目だけ、リュシアンの表情が見たいとレティシアは願った。  けれどそれは自分を見下ろすイリナによって阻まれる。しかし自分がこうなってもリュシアンが駆け寄ってくる気配すらない事から、本当に嫌われていたのだと実感し、痛みと悲しみで次々に涙を零した。    両親から「愚かであれ、傀儡として役立て」と育てられた侯爵令嬢レティシアは、徐々に最愛の婚約者、皇太子リュシアンの愛を失っていく。  民の信頼を失いつつある帝国の改革のため立ち上がった皇太子は、女騎士イリナと共に謀反を起こした。  その時レティシアはイリナによって刺殺される。  悲しみに包まれたレティシアは何らかの力によって時を越え、まだリュシアンと仲が良かった幼い頃に逆行し、やり直しの機会を与えられる。  二度目の人生では傀儡令嬢であったレティシアがどのように生きていくのか?  婚約者リュシアンとの仲は?  二度目の人生で出会う人物達との交流でレティシアが得たものとは……? ※逆行、回帰、婚約破棄、悪役令嬢、やり直し、愛人、暴力的な描写、死産、シリアス、の要素があります。  ヒーローについて……読者様からの感想を見ていただくと分かる通り、完璧なヒーローをお求めの方にはかなりヤキモキさせてしまうと思います。  どこか人間味があって、空回りしたり、過ちも犯す、そんなヒーローを支えていく不憫で健気なヒロインを応援していただければ、作者としては嬉しい限りです。  必ずヒロインにとってハッピーエンドになるよう書き切る予定ですので、宜しければどうか最後までお付き合いくださいませ。      

処理中です...