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第五話 久方ぶりの心配
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ルナちゃんとお風呂を堪能した私は、先程私が休んでいた部屋へと戻ってきた。
こんなにゆっくりとお風呂に入ったのなんて、本当に久しぶりだわ……。
「そうだ、ルナちゃんに聞きたいことがあるの」
「ルナに? なんでも聞いていいよ!」
一緒についてきたルナちゃんは、大きな目を輝かせながら、私のことを見つめてきた。
本当に可愛いすぎて、実は動くぬいぐるみだと言われても、信じ込んでしまいそうだ。
「その隣に飛んでいる生き物って、なんなのかしら?」
ルナちゃんの隣には、薄い緑色の髪と服、そして掌サイズの人型の生き物が、背中に生えている蝶々のような羽をパタパタと動かして、宙を飛んでいる。
「シーちゃんのこと?」
「ええ。見た感じ、小さな人って感じだけど……」
シーちゃんと呼ばれた生き物に視線を向けると、彼女はビクッと体を震わせてから、ルナちゃんの陰に隠れてしまった。
もしかして、嫌われちゃったかしら……もしそうなら、ちょっとショック。
「シーちゃんはね、風の精霊なんだよ!」
「精霊……?」
「うん! ルナね、お兄様がお父様のお仕事をするようになってから、ずっと一人で遊んでいたの。それでね、やっぱり一人は寂しかったの……だから、絵本の主人公が使っていた……えっと、ショウカンジュツ? っていうのを試したら、シーちゃんが来てくれてね、お友達になったの! 他にもお友達がいるの!」
きっとルナちゃんの言っているのは、召喚術のことだろう。召喚術とは、万物に宿ると言われる不思議な魔法生命体――精霊を呼び出す超高等魔法だと、本で読んだことがある。
そんな難しい魔法を、こんな幼い子が使えるだなんて、信じられない。でも、嘘を言っている感じには見えないし……。
「ルナちゃんは、とっても魔法が上手なのね」
「えへへ……お姉ちゃんは何か魔法は使えるの?」
「ええ、一応ね」
「すごーい! どんな魔法が――」
「失礼する」
私達の会話を遮るように、ウィルフレッド様が部屋の中へと入ってきた。
うん、やはり何度見ても、とても美しすぎて言葉を詰まらせてしまう。これでも母さんについていって、色々人に会ってきたけど、こんな綺麗な人は見たことがない。
「使用人から聞きました。ルナと遊んでくれていたようで。ありがとうございます」
「いえ、そんな。私こそ彼女に励ましてもらいまして、感謝を申し上げたいです」
「お兄様、何かご用? あ、ルナと遊んでくれるの!?」
「それはまた今度。今はエレナ殿について、話を聞きに来たんだよ」
そうだ、さっきはほんの少しだけ事情を話してから、そのまま暖まりに行ってしまったから、ちゃんと話していなかった。
「あれだけボロボロだったのですから、きっと何かお辛い目に合っておられたのでしょう。説明するのがお辛いようでしたら、無理にとは申しません」
「いえ、大丈夫です。実は――」
私はここに来る前に、レプグナテ家に仕えていたことや、地下牢に閉じ込められて酷い目に合っていたこと、婚約破棄をされたこと、そして屋敷から逃げ出した途中で川に落ちてしまったことを話した。
すると、ウィルフレッド様は何か考えるように眉間に深いシワを刻んでいた。
一方のルナちゃんは、小さな鼻をすすり、目に沢山の涙を溜めながら、私の手を優しく握ってくれた。
「ルナ、難しいお話はよくわからない。でも……エレナお姉ちゃんが凄くかわいそうっていうのはわかったよ……そんな所に帰っちゃダメっ!」
「ルナちゃん……」
私がここから離れないように、ルナちゃんは私の手を強く握ったまま、自分の方に引っ張った。
こんな風に誰かに心配されるなんて、本当に久しぶりの経験だ。母さんが亡くなってから、私の味方なんて誰もいなかったからね。
「レプグナテ家か……なるほど……」
「ウィルフレッド様は、レプグナテ家をご存じなのですか?」
「ええ。同じ侯爵家ですので。それに……まあ色々とありまして」
「色々、ですか」
ちょっと気になるけど、あまり深入りするのはよしておこう。誰にだって、話したくないことはあるだろうし。
「お話を伺った限りでは、エレナ殿がレプグナテ家にいる必要性はない。もしあなたがよければ、行くあてが出来るまで、屋敷に滞在してくれて構いません」
「そんな、申し訳ないです!」
「お兄様、それ凄く良いね! エレナお姉ちゃん、一緒にいようよ!」
私のことを考えてくれるのは、凄く嬉しく思う。だからといって、ではよろしくお願いしますなんて、そんな図々しことなんて言えない。
「エクウェス家は、古くから騎士を多く輩出している家です。私もご先祖様も、騎士として困っている人間を助ける剣となり、守る盾となることを誓っております。ですから、ここであなたを見捨てるという選択肢は、私の中には無いのです」
「…………」
ど、どうしよう……断ろうと思ったのに、全然断れる雰囲気ではない。ここはこの場だけは好意に甘えて、数日後に行くあてが出来たって嘘をついて出ていくのが無難そうだ。
「わかりました。ではしばらくの間、お邪魔させていただきます」
「やったー! ルナにお姉ちゃんが出来ちゃった! えへへ、沢山遊ぼうね!」
「え、ええ。そうね」
……こ、こんなに無邪気に喜んでくれるなんて……数日後に出て行った時に寂しがるかもと思うと、心が痛む……!
「えっと……よろしくお願いします」
「…………」
私はウィルフレッド様のすぐ前に行き、よろしくの意を込めて右手を差し出すが、ウィルフレッド様は困った様に笑うだけだった。
「えっと……?」
「ああ、申し訳ない。見ての通り、私は身体が不自由でして。右の手足が、全く動かないんです」
こんなにゆっくりとお風呂に入ったのなんて、本当に久しぶりだわ……。
「そうだ、ルナちゃんに聞きたいことがあるの」
「ルナに? なんでも聞いていいよ!」
一緒についてきたルナちゃんは、大きな目を輝かせながら、私のことを見つめてきた。
本当に可愛いすぎて、実は動くぬいぐるみだと言われても、信じ込んでしまいそうだ。
「その隣に飛んでいる生き物って、なんなのかしら?」
ルナちゃんの隣には、薄い緑色の髪と服、そして掌サイズの人型の生き物が、背中に生えている蝶々のような羽をパタパタと動かして、宙を飛んでいる。
「シーちゃんのこと?」
「ええ。見た感じ、小さな人って感じだけど……」
シーちゃんと呼ばれた生き物に視線を向けると、彼女はビクッと体を震わせてから、ルナちゃんの陰に隠れてしまった。
もしかして、嫌われちゃったかしら……もしそうなら、ちょっとショック。
「シーちゃんはね、風の精霊なんだよ!」
「精霊……?」
「うん! ルナね、お兄様がお父様のお仕事をするようになってから、ずっと一人で遊んでいたの。それでね、やっぱり一人は寂しかったの……だから、絵本の主人公が使っていた……えっと、ショウカンジュツ? っていうのを試したら、シーちゃんが来てくれてね、お友達になったの! 他にもお友達がいるの!」
きっとルナちゃんの言っているのは、召喚術のことだろう。召喚術とは、万物に宿ると言われる不思議な魔法生命体――精霊を呼び出す超高等魔法だと、本で読んだことがある。
そんな難しい魔法を、こんな幼い子が使えるだなんて、信じられない。でも、嘘を言っている感じには見えないし……。
「ルナちゃんは、とっても魔法が上手なのね」
「えへへ……お姉ちゃんは何か魔法は使えるの?」
「ええ、一応ね」
「すごーい! どんな魔法が――」
「失礼する」
私達の会話を遮るように、ウィルフレッド様が部屋の中へと入ってきた。
うん、やはり何度見ても、とても美しすぎて言葉を詰まらせてしまう。これでも母さんについていって、色々人に会ってきたけど、こんな綺麗な人は見たことがない。
「使用人から聞きました。ルナと遊んでくれていたようで。ありがとうございます」
「いえ、そんな。私こそ彼女に励ましてもらいまして、感謝を申し上げたいです」
「お兄様、何かご用? あ、ルナと遊んでくれるの!?」
「それはまた今度。今はエレナ殿について、話を聞きに来たんだよ」
そうだ、さっきはほんの少しだけ事情を話してから、そのまま暖まりに行ってしまったから、ちゃんと話していなかった。
「あれだけボロボロだったのですから、きっと何かお辛い目に合っておられたのでしょう。説明するのがお辛いようでしたら、無理にとは申しません」
「いえ、大丈夫です。実は――」
私はここに来る前に、レプグナテ家に仕えていたことや、地下牢に閉じ込められて酷い目に合っていたこと、婚約破棄をされたこと、そして屋敷から逃げ出した途中で川に落ちてしまったことを話した。
すると、ウィルフレッド様は何か考えるように眉間に深いシワを刻んでいた。
一方のルナちゃんは、小さな鼻をすすり、目に沢山の涙を溜めながら、私の手を優しく握ってくれた。
「ルナ、難しいお話はよくわからない。でも……エレナお姉ちゃんが凄くかわいそうっていうのはわかったよ……そんな所に帰っちゃダメっ!」
「ルナちゃん……」
私がここから離れないように、ルナちゃんは私の手を強く握ったまま、自分の方に引っ張った。
こんな風に誰かに心配されるなんて、本当に久しぶりの経験だ。母さんが亡くなってから、私の味方なんて誰もいなかったからね。
「レプグナテ家か……なるほど……」
「ウィルフレッド様は、レプグナテ家をご存じなのですか?」
「ええ。同じ侯爵家ですので。それに……まあ色々とありまして」
「色々、ですか」
ちょっと気になるけど、あまり深入りするのはよしておこう。誰にだって、話したくないことはあるだろうし。
「お話を伺った限りでは、エレナ殿がレプグナテ家にいる必要性はない。もしあなたがよければ、行くあてが出来るまで、屋敷に滞在してくれて構いません」
「そんな、申し訳ないです!」
「お兄様、それ凄く良いね! エレナお姉ちゃん、一緒にいようよ!」
私のことを考えてくれるのは、凄く嬉しく思う。だからといって、ではよろしくお願いしますなんて、そんな図々しことなんて言えない。
「エクウェス家は、古くから騎士を多く輩出している家です。私もご先祖様も、騎士として困っている人間を助ける剣となり、守る盾となることを誓っております。ですから、ここであなたを見捨てるという選択肢は、私の中には無いのです」
「…………」
ど、どうしよう……断ろうと思ったのに、全然断れる雰囲気ではない。ここはこの場だけは好意に甘えて、数日後に行くあてが出来たって嘘をついて出ていくのが無難そうだ。
「わかりました。ではしばらくの間、お邪魔させていただきます」
「やったー! ルナにお姉ちゃんが出来ちゃった! えへへ、沢山遊ぼうね!」
「え、ええ。そうね」
……こ、こんなに無邪気に喜んでくれるなんて……数日後に出て行った時に寂しがるかもと思うと、心が痛む……!
「えっと……よろしくお願いします」
「…………」
私はウィルフレッド様のすぐ前に行き、よろしくの意を込めて右手を差し出すが、ウィルフレッド様は困った様に笑うだけだった。
「えっと……?」
「ああ、申し訳ない。見ての通り、私は身体が不自由でして。右の手足が、全く動かないんです」
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