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第九十四話 親愛の証

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 お母さんが亡くなってから一週間後、ほんの少しだけお母さんの死を受け入れられてきた私は、お母さんがずっと使っていたベッドの上で目を覚ました。

 こうしてお母さんのベッドに寝ていると、お母さんの匂いに包まれるおかげなのか、一緒にいられている気がして、気持ちが楽になるの。

「おはよう、お母さん。すぐにごはんとお花を準備するね」

 ベッドの近くにあるテーブルの上に置かれたお母さんに挨拶をしてから、私は家を出て食料とお花の調達に向かう。

 食料といっても、家の近くで採れる果物だけだし、お花もたくさんある白い花をお供えしているから、さほど時間も体力も必要が無いの。

「はぁ……オーウェン様、いつ帰ってくるのかな……」

 実はオーウェン様は、二日前から出かけていて、ここにはいない。その理由だけど、この村に来る前に立ちよった最寄りの港町に行き、ココちゃんとロドルフ様に手紙を出すためだ。

 クロルーツェを出発してから、既に結構な日数が経っている。それなのに何の連絡も出していないから、きっと心配しているだろうとオーウェン様が考えた結果、手紙を出しに行ったというわけだ。

 なんていうか、それを聞いた時に、自分が情けなくなってしまったわ。

 私はお母さんのことで頭がいっぱいになっている一方で、オーウェン様は私やお母さんのことも考え、その上で私がほんの少しだけ立ち直ったタイミングで、ちゃんとココちゃん達を気にしているんだもの。やっぱりオーウェン様は凄いわ。

「出発したのが二日前だから、まだまだ帰ってこないわよね」

 片道だけで何日もかかったんだから、往復ではもっと時間がかかるはずだ。早く会いたいけど、安全第一で帰ってきてほしいから、まだ帰ってきてほしくないような、でもやっぱり早く帰ってきてほしいような……なんとも複雑な心境だ。

「今日もお花は綺麗に咲いているわね」
『……エリンちゃん』
「えっ?」

 沢山ある白い花の中から一輪いただくと、どこからか声が聞こえてきた。それから間もなく、白い花達が光り始めた。

「……精霊様?」
『うん、そうよ。ちょっとだけ久しぶりだね』

 白い花達の光が私の前で集まり、光は以前お会いした精霊様の姿へと変化した。

 ただ、前回の元気な精霊様の姿はそこには無く……なんだかとても悲しそうな表情をしていた。

「なんだか悲しそうな顔をしてるけど、どうしたの?」
『その……一応あたしも状況は知ってるんだ。アトレちゃんのことは、なんていうか……』
「もしかして、心配して来てくれたの?」
『当たり前じゃん! エリンちゃんが落ち込んでる時はどうしようかと思って……でも、なんて言えばわからなくて! 偉そうに出てきておいて、全然役にたてなかったとか、あたしの協力が余計だったかもとか、エリンちゃんがあたしのことを怒ってるかもとか、余計なことばかり考えたら、なおさら出てこれなくて!』

 元々優しい人……じゃなくて、精霊様だと思っていたけど、こんなに私のことを想って、心を痛めてくれていたなんて、思ってもいなかったわ。

 気にかけてもらえて嬉しい反面、変な心配をかけてしまって申し訳ないな……。

『でも、やっぱりちゃんと会って話しておかないと、後悔するかと思って……エリンちゃん、元気出してね。それと、アトレちゃんを助けられなくて……ごめんっ!』
「ど、どうして精霊様が謝るの? 精霊様が私に力を貸してくれたおかげで、お母さんは少しの間とはいえ、元気になれたのよ」
『……どうして……そんなことが言えるの? あんなに悲しそうにしてたのに……どうしてあたしのことを慰められるの?』
「悲しくないわけじゃないわ。今だって、お母さんの死を乗り越えられたわけじゃないもの」

 そこまで話してから、小さく深呼吸をした私は、まっすぐな目で精霊様を見つめた。

「でも、ほんの少しずつ前に進もうと思ったの。そして、お母さんの願い通り、お母さんの分まで幸せになろうと思ったの。そうすれば、きっとお母さんは安心してくれるから」
『……強いんだね、エリンちゃんは』

 強い? 私は全然強くないわ。オーウェン様がいなければ、私はお母さんを亡くした悲しみに押しつぶされていただろう。

 それどころか、オーウェン様がいなければ、故郷に帰ってくることも出来なかったし、薬師として人助けも出来なかったし、薬屋アトレを開くことも出来なかったに違いない。

「そんなことはないわ。全部オーウェン様のおかげだもの。私には、彼がいるから……大丈夫。だから、精霊様も元気を出して」
『……うん、わかった。ありがとう、エリンちゃん。あたし、あなたのような優しい子に出会えて、本当に良かった』
「私も、精霊様に会えて良かった」
『……ファファル』
「えっ?」
『あたしの名前。普通は人間に名前を教えないんだけど……親愛の証!』

 精霊様改め、ファファルはそう言いながら、小さな手を私に伸ばした。

「ファファル……とても素敵な名前ね。ファファル……ふふっ」
『エリンちゃん、もし何か困ったことがあったら、必ずあたしが助けに行くから! だから……また会いましょ!』

 私は精霊様改め、ファファルの小さな手が壊れないように優しく握手をすると、ファファルは満足げに微笑みながら、光となって消えていった。そして、ファファルがいた場所には、真っ白な種が落ちていた。

「これは……ファファルからのプレゼントかしら……? ファファル、私は大丈夫だから。私は少しずつ前に進んでいくから!」

 私は真っ白な種をギュッと握りしめると、新しい友達に誓いを立てながら、綺麗な青空を見上げた――


 ****



「ただいま、お母さん。すぐに準備するから待っててね」

 家に帰ってきた私は、恐る恐る果物の皮をむき、お花と一緒にお母さんの前にお供えをした。

 薬を作る時に刃物を使うとはいえ、料理自体は全く出来ない私には、こういう単純な皮むきでも緊張してしまう。

 刻んだりとか、真っ二つにするとかなら出来るんだけどなぁ……さすがにそんな適当に切ったものを、お母さんにあげるわけにはいかないからね。

「お母さん、私も一緒に食べていい?」

 お母さんに問いかけても、当然何も返ってこない。でも、私には一緒に食べようって言ってくれている声が聞こえているように思えたの。

 空耳とか、思い込みだろうと言われれば否定できないけど、私はそれがお母さんの声だって信じてるから、それでいいでしょう?

「オーウェン様、早く帰ってきてこないかなぁ……まだ二日しか離れていないのに、もう寂しいよ。お母さんも寂しい?」

 自分用に適当に切った果物をかじりながら、ぽつりと呟く。

 オーウェン様と一緒に過ごすようになってから、離れ離れになったことが基本的に無いから、たかが数日程度だというのに、寂しくて仕方がない。

「ふう……あら?」

 今日もあまり食が進まないうちに満腹になってしまった私の耳に、玄関をノックする音が聞こえてきた。

 この家で生活をしていて、お客さんなんて初めてだ。一体誰だろう?

「はーい……って!」
「ただいま、エリン」

 てっきりお客さんだと思っていた人は、まさかの私の愛する人だった。今日も変わらない優しい笑みを浮かべながら、片手を上げている。

「お、オーウェン様!? おかえりなさい……」
「おや、どうしたんだ? そんな驚いた顔をして」
「だって……まだ二日しか経ってないのに、もう帰ってきたから……ビックリしてしまって」
「エリンと離れ離れになる時間を極力減らしたいから、急いで行ってきたんだ。手紙は……諸事情があって、出せなかった」

 私のために、そんなに急いで帰ってきてくれたの? よく見たら、服や靴は汚れているし、なにかに引っ掛けたような生傷が体中にある。

 森の中を往復する間に、木の枝に引っ掛けてしまったのだろう。私のために急いでくれたのは嬉しいけど、ケガをしてたら元も子もない。

「とりあえず中に入ってください。すぐに傷の手当てをしますから!」
「この程度、ただのかすり傷だよ」
「ダメです!」

 少々強引に家の中に引っ張り入れると、お母さんの薬を作る時に使った残りの材料を使って、傷薬を作った。

「さすがの手腕だな」
「これくらいは、薬師としてできないといけませんから。そこに座ってください」
「ああ。その前に……エリンにいくつか話があるんだ」
「なんでしょうか?」
「町で聞いた話なんだが……つい最近、国王陛下が崩御されたそうだ」

 えっ、アンデルクの国王様が!? ずっと体調が悪くて、私が薬を作っていたけど、ついに天に……私とお母さんを引き離し、私に薬の勉強と作製を強要した張本人とはいえ、やっぱり人が亡くなるとショックを隠せない。

「でも、私達がこの村に来る前には、聞いていませんよね?」
「ああ。恐らく俺達がアトレ殿の治療をしている時に崩御されたのだろう。新たな王としてカーティス王子が即位し、妻であるバネッサが妃となったそうだ」

 そっか、私が知らないうちに、二人は結婚していたのね……って、今の私には関係の無いことだわ。

「ここからが重要だ。実は最近、アンデルクで奇妙な病気が流行っているそうだ」
「奇妙な病気?」
「なんでも、それに罹ってしまうと……高熱に苦しみ、最後は肌が石のようになってしまうそうなんだ」
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