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第八十五話 母娘の過去
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先程彼が薪割りをしていた近くにあった建物に招待してもらった私とオーウェン様は、彼にお茶を出してもらった。
……お母さんの家もそうだったけど、ここもボロボロだ。もしかして、この村はあまり裕福じゃないのかもしれない……。
「改めて、自己紹介をさせてほしい。ワシはモルガン。この村の村長をしている者じゃ」
「オーウェン・ヴァリアと申します」
「先程もその名をお聞きしたが、ヴァリアというのはクロルーツェの貴族、ヴァリア家かの?」
ヴァリア家のことを知っているの? クロルーツェからかなり離れているというのに……。
「ご存じなのですか?」
「うむ。まだワシが若い頃、当時の当主様にお会いしたことがあってな。ローランという名なのじゃが……」
「ローラン……それは、お爺様の名前です。お爺様は、もう既に亡くなっております」
「そうじゃったか……とても威厳のある、良いお方じゃったが……残念じゃ。ご子息はどうじゃ? まだ幼かったが、きっと素晴らしい殿方に――」
「父も、母も亡くなり、家も滅びました。祖国を守るために、最後まで尽力した最後でした」
しんと静まり返る中、オーウェン様はいつもと変わらない雰囲気で、お茶で喉を潤した。
「それは……何も知らずに、つらいことを思い出させてしまったのう……なんてお詫びすればよいか」
「お気になさらず。そうだ、エリンがこの村から連れ出された経緯と、アトレ殿についてお話していただきたのです」
「それは、私も気になります!」
「…………」
モルガン様は、なにか深く考えているような、神妙な面持ちで固まっていた。
それから数分程考えたモルガン様は、ゆっくりと口を開いた。
「昔、この村にはエリンという少女が住んでおった。天真爛漫で、天使のように可愛らしかった彼女は、母アトレの元で、健やかに育っていた。ある日、エリンは不思議な声を聞いたという。それは、我々には聞こえない……精霊のものだった」
そこまで話すと、モルガン様は一度お茶を飲んで一息入れた。
「ワシらは驚いた。精霊の声が聞こえるということは、エリンには聖女としての才能があると。同時に、聖女になれるほどの、心の優しい子なのだと思った。そんなエリンを皆で愛し、皆で大切に育てようと思ったのじゃが……」
「なにがあったのですか?」
「裏切り者がでたのじゃ」
裏切り者? 明らかに物騒な単語が出てきたけど……一体私のいた村で、なにがあったというの?
「エリンとオーウェン殿もご存じじゃろう。聖女はその力ゆえに、王族や貴族の元の監視下に置かれる。それを知らずに、あの馬鹿者は!」
モルガン様は、ボロボロになったテーブルに拳を振り下ろし、怒りを前面に表した。
「ワシの息子と若い衆が、エリンのことを、アンデルクの王族に密告し、謝礼として大金を手に入れたのじゃ。それを知った時には、もう遅かった。国の奴らが大軍で村を襲撃し、エリンを連れ去ってしまった」
……そこだけは、少しだけ覚えている。連れていかれる前、必死にお母さんのことを呼びながら、手を伸ばしたんだけど……結局ダメだった。
「その襲撃で、ただでさえ貧乏な田舎の村だったこの地は荒らされ、エリンを守ろうとした村人は、何人も犠牲になってしまった」
「そんな……私のせいで……?」
「エリンのせいではない。ワシらは大切な家族を助けたかった。それだけなんじゃ」
モルガン様が、私のことを気遣ってくれているのはわかっているし、その気持ちもきっと嘘なのではないだろう。
でも……でも! 傷ついて、旅立ってしまった人のことを思うと……涙が止まらないの……。
「エリン……」
「オーウェン様……」
ポロポロと涙を流していると、オーウェン様がそっと抱き寄せてくれた。その胸の中で、私は静かに泣き続けた。
「モルガン殿、その後の息子殿達はどうされたのですか?」
「無事に国からたんまりと金を貰い、その後の消息は不明じゃ。本当に、世界一の親不孝者じゃ!」
息子様に怒りを爆発させたと思ったら、今度は私の前で勢いよく跪くと、そのまま頭を床につけた。
「本当にすまない! 全てはワシが馬鹿息子をちゃんと見てやれんかったのが原因! 怒りが収まらないというなら! ワシを好きなように殴りなされ!」
この人がいなければ、その息子様もいない。そうなれば、私はこの村で平和に過ごせていたかもしれない。
そう。この方と、この方の息子様は、私からすれば恨む対象だ。きっと私が何をしても、ある程度は許されるかもしれない。
でも……でもね。私には、そんなことは出来そうもないよ。
「起きてまったことは仕方がありません。それに……」
私は流れた涙を拭ってから、にっこりと笑って見せた。
「色々とつらく、苦しいこともありましたけど、私はここに帰ってこれて、お母さんにも合えた。それに……大切な人達にも出会えて、とっても幸せなんです。だから、顔を上げてください」
「エリン……ありがとう……そして、本当に申し訳ない……!」
頭を下げたまま嗚咽を漏らすモルガン様の肩に、そっと手を乗せる。
この方は、きっと今までずっと後悔してきたのだろう。でも、私が帰ってこれたことで、その肩にのしかかっていた重圧が、少しでも軽くなってくれると嬉しいわ。
「おつらいのに、話をしてくれてありがとうございました。おかげで、エリンのことについてはわかりました」
「つらいだなんて、とんでもない。一番つらいのはエリンじゃ。エリンに比べれば、ワシなんて足元にも及ばんよ」
「そ、そんな……あっ、次はお母さんのことを教えてください!」
お母さんの状態は、明らかに健康な人じゃなかった。きっとなにかの病気になっているのだろう……症状がいくつもあったから、まだなんの病気かの判断は出来ないけど、調べて病名がわかれば、私の薬で治せるはず。
そうすれば、またお母さんと一緒に住めるんだ! オーウェン様とココちゃんも一緒に、四人で幸せに……あっ、もしかしたら同居は嫌かも? その時は……ど、どうしよう?
——なんて能天気なことを考えていたことを、私はこの後後悔することになる。
「順番に話そう。アトレはなんとかエリンを助けようとしおった。そのために、何度も何度も城に行き、エリンを返してくれとお願いをした」
「私が知らない間に、お母さんはそんなに必死に……」
「何度願い出ても、会うことすら叶わなくて……それでもアトレは諦めずに城に通い続けた。しかし……数年前、アトレは病に倒れてしまった」
私のために、病気になって倒れるまで頑張ってくれたの?
私の心配をしてくれるのは嬉しい。私だって、勉強や薬を作らされていた時、何度もお母さんのことを考え、寂しくて涙で枕を濡らしたかわからない。
でもね、もっと自分を大切にしてよ……! 私、お母さんに苦しんでほしくないよ……!
「その病は、この土地に古くから伝わる風土病でのう。昔はその病が原因で、この村は滅びの危機に陥ったこともある。その病にかかると、咳の症状からはじまり、日に日に弱っていき……次第に体が動かなくなり、肌が紫色に変化するのじゃ」
「な、治し方は……?」
恐る恐るモルガン様に問いかけるが、返ってきたのはモルガン様のつらそうな表情だった。
「それが、いまだに治し方はわかっておらんのじゃ。もう何度も町から医者に来てもらって診てもらったが、誰も治せんかった」
「そんな、それじゃあお母さんは、死ぬのを待ってるってことなの!?」
「……残念じゃが……そう遠くない未来に」
「うそっ……そ、そんなのヤダ……ヤダよぁ!」
せっかくお母さんと再会できたというのに、待っていた衝撃の事実に、思わずその場で崩れ落ちてしまった。
「エリン、大丈夫だ。君の薬なら、必ず治せる」
「オーウェン、さま……」
「そういえば、二人は薬師と言っておったな。頼む、アトレを救ってくれ! この村には、金なんて全くないが、それでも治療費は必ずは何とかする! だから頼む!」
どうしても助けたい、その為ならなにも惜しまない……モルガン様の言葉には、そんな強い気持ちが込められていた。
……そうだよ。私には人を助ける薬の知識と、聖女の力がある。この力を今使わないで、いつ使うというの!?
「任せてください。私達が、その病を治療した薬師の第一号になってみせます!」
私は勢いよく立ち上がると、握り拳を作って見せた。
もしかしたら、私がずっと薬の勉強をしていたのは、お母さんを助けるためのものだったのかもしれない。
もちろん、多くの人を助ける力として、私の薬は大切よ。でもね、お母さんは特別な人だから……そう思っちゃうのよ。
……お母さんの家もそうだったけど、ここもボロボロだ。もしかして、この村はあまり裕福じゃないのかもしれない……。
「改めて、自己紹介をさせてほしい。ワシはモルガン。この村の村長をしている者じゃ」
「オーウェン・ヴァリアと申します」
「先程もその名をお聞きしたが、ヴァリアというのはクロルーツェの貴族、ヴァリア家かの?」
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「…………」
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それから数分程考えたモルガン様は、ゆっくりと口を開いた。
「昔、この村にはエリンという少女が住んでおった。天真爛漫で、天使のように可愛らしかった彼女は、母アトレの元で、健やかに育っていた。ある日、エリンは不思議な声を聞いたという。それは、我々には聞こえない……精霊のものだった」
そこまで話すと、モルガン様は一度お茶を飲んで一息入れた。
「ワシらは驚いた。精霊の声が聞こえるということは、エリンには聖女としての才能があると。同時に、聖女になれるほどの、心の優しい子なのだと思った。そんなエリンを皆で愛し、皆で大切に育てようと思ったのじゃが……」
「なにがあったのですか?」
「裏切り者がでたのじゃ」
裏切り者? 明らかに物騒な単語が出てきたけど……一体私のいた村で、なにがあったというの?
「エリンとオーウェン殿もご存じじゃろう。聖女はその力ゆえに、王族や貴族の元の監視下に置かれる。それを知らずに、あの馬鹿者は!」
モルガン様は、ボロボロになったテーブルに拳を振り下ろし、怒りを前面に表した。
「ワシの息子と若い衆が、エリンのことを、アンデルクの王族に密告し、謝礼として大金を手に入れたのじゃ。それを知った時には、もう遅かった。国の奴らが大軍で村を襲撃し、エリンを連れ去ってしまった」
……そこだけは、少しだけ覚えている。連れていかれる前、必死にお母さんのことを呼びながら、手を伸ばしたんだけど……結局ダメだった。
「その襲撃で、ただでさえ貧乏な田舎の村だったこの地は荒らされ、エリンを守ろうとした村人は、何人も犠牲になってしまった」
「そんな……私のせいで……?」
「エリンのせいではない。ワシらは大切な家族を助けたかった。それだけなんじゃ」
モルガン様が、私のことを気遣ってくれているのはわかっているし、その気持ちもきっと嘘なのではないだろう。
でも……でも! 傷ついて、旅立ってしまった人のことを思うと……涙が止まらないの……。
「エリン……」
「オーウェン様……」
ポロポロと涙を流していると、オーウェン様がそっと抱き寄せてくれた。その胸の中で、私は静かに泣き続けた。
「モルガン殿、その後の息子殿達はどうされたのですか?」
「無事に国からたんまりと金を貰い、その後の消息は不明じゃ。本当に、世界一の親不孝者じゃ!」
息子様に怒りを爆発させたと思ったら、今度は私の前で勢いよく跪くと、そのまま頭を床につけた。
「本当にすまない! 全てはワシが馬鹿息子をちゃんと見てやれんかったのが原因! 怒りが収まらないというなら! ワシを好きなように殴りなされ!」
この人がいなければ、その息子様もいない。そうなれば、私はこの村で平和に過ごせていたかもしれない。
そう。この方と、この方の息子様は、私からすれば恨む対象だ。きっと私が何をしても、ある程度は許されるかもしれない。
でも……でもね。私には、そんなことは出来そうもないよ。
「起きてまったことは仕方がありません。それに……」
私は流れた涙を拭ってから、にっこりと笑って見せた。
「色々とつらく、苦しいこともありましたけど、私はここに帰ってこれて、お母さんにも合えた。それに……大切な人達にも出会えて、とっても幸せなんです。だから、顔を上げてください」
「エリン……ありがとう……そして、本当に申し訳ない……!」
頭を下げたまま嗚咽を漏らすモルガン様の肩に、そっと手を乗せる。
この方は、きっと今までずっと後悔してきたのだろう。でも、私が帰ってこれたことで、その肩にのしかかっていた重圧が、少しでも軽くなってくれると嬉しいわ。
「おつらいのに、話をしてくれてありがとうございました。おかげで、エリンのことについてはわかりました」
「つらいだなんて、とんでもない。一番つらいのはエリンじゃ。エリンに比べれば、ワシなんて足元にも及ばんよ」
「そ、そんな……あっ、次はお母さんのことを教えてください!」
お母さんの状態は、明らかに健康な人じゃなかった。きっとなにかの病気になっているのだろう……症状がいくつもあったから、まだなんの病気かの判断は出来ないけど、調べて病名がわかれば、私の薬で治せるはず。
そうすれば、またお母さんと一緒に住めるんだ! オーウェン様とココちゃんも一緒に、四人で幸せに……あっ、もしかしたら同居は嫌かも? その時は……ど、どうしよう?
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「その病は、この土地に古くから伝わる風土病でのう。昔はその病が原因で、この村は滅びの危機に陥ったこともある。その病にかかると、咳の症状からはじまり、日に日に弱っていき……次第に体が動かなくなり、肌が紫色に変化するのじゃ」
「な、治し方は……?」
恐る恐るモルガン様に問いかけるが、返ってきたのはモルガン様のつらそうな表情だった。
「それが、いまだに治し方はわかっておらんのじゃ。もう何度も町から医者に来てもらって診てもらったが、誰も治せんかった」
「そんな、それじゃあお母さんは、死ぬのを待ってるってことなの!?」
「……残念じゃが……そう遠くない未来に」
「うそっ……そ、そんなのヤダ……ヤダよぁ!」
せっかくお母さんと再会できたというのに、待っていた衝撃の事実に、思わずその場で崩れ落ちてしまった。
「エリン、大丈夫だ。君の薬なら、必ず治せる」
「オーウェン、さま……」
「そういえば、二人は薬師と言っておったな。頼む、アトレを救ってくれ! この村には、金なんて全くないが、それでも治療費は必ずは何とかする! だから頼む!」
どうしても助けたい、その為ならなにも惜しまない……モルガン様の言葉には、そんな強い気持ちが込められていた。
……そうだよ。私には人を助ける薬の知識と、聖女の力がある。この力を今使わないで、いつ使うというの!?
「任せてください。私達が、その病を治療した薬師の第一号になってみせます!」
私は勢いよく立ち上がると、握り拳を作って見せた。
もしかしたら、私がずっと薬の勉強をしていたのは、お母さんを助けるためのものだったのかもしれない。
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