39 / 115
第三十九話 薬師の武器
しおりを挟む
「うっ……あぁぁぁぁ!!」
短剣が深々と刺さった腕から、物凄い痛みが襲い掛かってきた。その痛みは、まるで腕が燃えるように熱く、強烈な痛みのせいで意識が逆にはっきりする。
「エリンさん……どうしてぼくを……」
「あ……当たり前、じゃない。私は沢山の人を助ける薬師なのよ……? 目の前で危ない人を見つけたら助けるのは、当然なのよ」
激痛に耐えながら、ルーク君にこれ以上心配をかけないように必死に笑みを作ってみせた。
しかし、ルーク君は安心するどころか、顔を青ざめさせ、少し垂れた目に大粒の涙をためていた。
「ごめんね……私がもっと早く来れていれば、こんなに太ケガをしなくて済んだのに……!」
「そんな身を挺して守るなんて、あんた本物のバカね。まだ出会って間もないガキに、そこまでして守る価値があるわけ?」
「うるさい……セシリア様……いや、セシリア! あなたにこれ以上の犠牲者は出させないわ!」
「へえ、随分と大きな口を叩くじゃないの。ただの薬師の分際で、丸腰で何が出来るというの?」
「確かに私には、立派な剣も盾もない。武術も体力もからっきし。でもね……薬師にだって、武器があるのよ!」
私は鞄から小さな袋を取り出し、紐を緩めてからセシリアの顔に目掛けて投げつける。すると、袋の中から赤い粉が出てきて、セシリアの顔の辺りを漂い始めた。
「なにこれ、目くらましのつもり? こんな子供だましの手でなんとかなるとでも……い、痛い痛い!? め、目が痛くてあけていられない!! 鼻と口まで!?」
「……油断をするからそうなるのよ!」
セシリアは辺りに絶叫を響かせながら、顔を抑えて苦しみ始めた。
今私が投げつけた袋には、事前に唐辛子より何倍も辛い果実を粉末状にし、緑色のミカンのような果汁を混ぜて乾燥させた粉が入っている。
これはかなりの刺激物で、目や鼻に入ると、激しい痛みに襲われる。その痛みは、大人ですら悶絶するくらいだ。
これが、自分の身を守るために用意しておいた物の一つだ。これをオーウェン様とココちゃんに渡しても良かったけど、私がいない時に扱い方に失敗して、目や鼻に入ってしまったら、大変なことになるから、渡すのを控えたのよ。
「今のうちに……ルーク君、ケガした足を見せて!」
「う、うん……」
痛みに悶えるセシリアからルーク君を取り返すと、近くにあった瓦礫の陰に隠れた。
……出血はあるけど、そこまで深い傷じゃないわね。これくらいの傷なら、用意しておいた傷薬で治せるはずだ。
「染みるけど、すぐに良くなるからちょっとだけ我慢してね」
「うっ……い、痛い……!」
「頑張って!」
先程の薬と同様に、なにかあった時のために事前に用意しておいた傷薬を鞄から取り出し、ルーク君の傷に塗りこませる。すると、傷はみるみると閉じていき……溢れ出ていた血が止まった。
「どう、もう痛くないでしょ?」
「う、うん……凄いです……こんな薬を作れるなんて、エリンさんって一体……!?」
「話は後にしましょう。今すぐここから逃げて、助けを呼んできて」
「えっ!? で、でも……そのケガじゃ……それに、さっきの薬……もうからっぽでしたよね!?」
「この程度の傷、全然大丈夫よ。すぐにどこかに隠れるから」
……嘘だ。さっきから刺された左腕が痛くて、少しでも気を抜いたら、のたうち回りそうだ。
でも、わざわざルーク君に言って心配させる必要ない。今の私がするべきことは、セシリアが痛みに苦しんでいるうちに、ルーク君を逃がすことだ。
「早く行って!」
「わ、わかりました……!」
強い口調で言うことでようやく頷いてくれたルーク君は、私が来る時に持ってきた小さなランプを持って、その場から走り去った。
ふう……これで一安心だわ……うっ、少し安心したら、腕の痛みに割く意識が増えてしまったみたい……さっきよりも強く痛みを感じる。
でも、泣き言なんて言っていられないわ!
「こんなもので……私を止められると思わないことね!」
地面に転がっていたランプが一つ減ったことで、さっきよりも暗くなった廃虚の中で、怒りと痛みで顔を真っ赤にさせたセシリアは、ベールを脱ぎ捨ててから、手に持つ短剣に力を入れて、私を睨みつけていた。
「痛みに耐えているのは驚きだけど……そんなことをしても無駄よ。既に入った粉の痛みは、当分取れることはないわ」
「だからなに!? こんなのがあったって、正義の味方気取りを殺すことくらい、容易いことなのよ!」
痛みでまともに目が見えていないはずなのに、セシリアは真っ直ぐ私の方に来て、短剣を突き出してきた。
さっきに比べて、その動きは格段に落ちているから、何とか避けられたけど……まだこんなに動けるとは思っていなかった。
「殺す、殺してやる! 私に歯向かったことを後悔させてやる!」
「っ……や、やれるものならやってみなさい! 私はこっちよ!」
わざと挑発をするような言葉を吐きながら、ルーク君が逃げていった方向とは逆の方向に逃げていく。
こうすれば、セシリアを倒せなかったとしても、ルーク君が逃げる時間を稼ぐことが出来る。
上手くいく保証はなにもないけど、それでもやり遂げてみせる。そして、必ず生き残って、オーウェン様とココちゃんと一緒に家に帰るんだから!
短剣が深々と刺さった腕から、物凄い痛みが襲い掛かってきた。その痛みは、まるで腕が燃えるように熱く、強烈な痛みのせいで意識が逆にはっきりする。
「エリンさん……どうしてぼくを……」
「あ……当たり前、じゃない。私は沢山の人を助ける薬師なのよ……? 目の前で危ない人を見つけたら助けるのは、当然なのよ」
激痛に耐えながら、ルーク君にこれ以上心配をかけないように必死に笑みを作ってみせた。
しかし、ルーク君は安心するどころか、顔を青ざめさせ、少し垂れた目に大粒の涙をためていた。
「ごめんね……私がもっと早く来れていれば、こんなに太ケガをしなくて済んだのに……!」
「そんな身を挺して守るなんて、あんた本物のバカね。まだ出会って間もないガキに、そこまでして守る価値があるわけ?」
「うるさい……セシリア様……いや、セシリア! あなたにこれ以上の犠牲者は出させないわ!」
「へえ、随分と大きな口を叩くじゃないの。ただの薬師の分際で、丸腰で何が出来るというの?」
「確かに私には、立派な剣も盾もない。武術も体力もからっきし。でもね……薬師にだって、武器があるのよ!」
私は鞄から小さな袋を取り出し、紐を緩めてからセシリアの顔に目掛けて投げつける。すると、袋の中から赤い粉が出てきて、セシリアの顔の辺りを漂い始めた。
「なにこれ、目くらましのつもり? こんな子供だましの手でなんとかなるとでも……い、痛い痛い!? め、目が痛くてあけていられない!! 鼻と口まで!?」
「……油断をするからそうなるのよ!」
セシリアは辺りに絶叫を響かせながら、顔を抑えて苦しみ始めた。
今私が投げつけた袋には、事前に唐辛子より何倍も辛い果実を粉末状にし、緑色のミカンのような果汁を混ぜて乾燥させた粉が入っている。
これはかなりの刺激物で、目や鼻に入ると、激しい痛みに襲われる。その痛みは、大人ですら悶絶するくらいだ。
これが、自分の身を守るために用意しておいた物の一つだ。これをオーウェン様とココちゃんに渡しても良かったけど、私がいない時に扱い方に失敗して、目や鼻に入ってしまったら、大変なことになるから、渡すのを控えたのよ。
「今のうちに……ルーク君、ケガした足を見せて!」
「う、うん……」
痛みに悶えるセシリアからルーク君を取り返すと、近くにあった瓦礫の陰に隠れた。
……出血はあるけど、そこまで深い傷じゃないわね。これくらいの傷なら、用意しておいた傷薬で治せるはずだ。
「染みるけど、すぐに良くなるからちょっとだけ我慢してね」
「うっ……い、痛い……!」
「頑張って!」
先程の薬と同様に、なにかあった時のために事前に用意しておいた傷薬を鞄から取り出し、ルーク君の傷に塗りこませる。すると、傷はみるみると閉じていき……溢れ出ていた血が止まった。
「どう、もう痛くないでしょ?」
「う、うん……凄いです……こんな薬を作れるなんて、エリンさんって一体……!?」
「話は後にしましょう。今すぐここから逃げて、助けを呼んできて」
「えっ!? で、でも……そのケガじゃ……それに、さっきの薬……もうからっぽでしたよね!?」
「この程度の傷、全然大丈夫よ。すぐにどこかに隠れるから」
……嘘だ。さっきから刺された左腕が痛くて、少しでも気を抜いたら、のたうち回りそうだ。
でも、わざわざルーク君に言って心配させる必要ない。今の私がするべきことは、セシリアが痛みに苦しんでいるうちに、ルーク君を逃がすことだ。
「早く行って!」
「わ、わかりました……!」
強い口調で言うことでようやく頷いてくれたルーク君は、私が来る時に持ってきた小さなランプを持って、その場から走り去った。
ふう……これで一安心だわ……うっ、少し安心したら、腕の痛みに割く意識が増えてしまったみたい……さっきよりも強く痛みを感じる。
でも、泣き言なんて言っていられないわ!
「こんなもので……私を止められると思わないことね!」
地面に転がっていたランプが一つ減ったことで、さっきよりも暗くなった廃虚の中で、怒りと痛みで顔を真っ赤にさせたセシリアは、ベールを脱ぎ捨ててから、手に持つ短剣に力を入れて、私を睨みつけていた。
「痛みに耐えているのは驚きだけど……そんなことをしても無駄よ。既に入った粉の痛みは、当分取れることはないわ」
「だからなに!? こんなのがあったって、正義の味方気取りを殺すことくらい、容易いことなのよ!」
痛みでまともに目が見えていないはずなのに、セシリアは真っ直ぐ私の方に来て、短剣を突き出してきた。
さっきに比べて、その動きは格段に落ちているから、何とか避けられたけど……まだこんなに動けるとは思っていなかった。
「殺す、殺してやる! 私に歯向かったことを後悔させてやる!」
「っ……や、やれるものならやってみなさい! 私はこっちよ!」
わざと挑発をするような言葉を吐きながら、ルーク君が逃げていった方向とは逆の方向に逃げていく。
こうすれば、セシリアを倒せなかったとしても、ルーク君が逃げる時間を稼ぐことが出来る。
上手くいく保証はなにもないけど、それでもやり遂げてみせる。そして、必ず生き残って、オーウェン様とココちゃんと一緒に家に帰るんだから!
18
お気に入りに追加
1,305
あなたにおすすめの小説
【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!
隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。
※三章からバトル多めです。
そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげますよ。私は疲れたので、やめさせてもらいます。
木山楽斗
恋愛
聖女であるシャルリナ・ラーファンは、その激務に嫌気が差していた。
朝早く起きて、日中必死に働いして、夜遅くに眠る。そんな大変な生活に、彼女は耐えられくなっていたのだ。
そんな彼女の元に、フェルムーナ・エルキアードという令嬢が訪ねて来た。彼女は、聖女になりたくて仕方ないらしい。
「そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげると言っているんです」
「なっ……正気ですか?」
「正気ですよ」
最初は懐疑的だったフェルムーナを何とか説得して、シャルリナは無事に聖女をやめることができた。
こうして、自由の身になったシャルリナは、穏やかな生活を謳歌するのだった。
※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。
※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。
【完結】期間限定聖女ですから、婚約なんて致しません
との
恋愛
第17回恋愛大賞、12位ありがとうございました。そして、奨励賞まで⋯⋯応援してくださった方々皆様に心からの感謝を🤗
「貴様とは婚約破棄だ!」⋯⋯な〜んて、聞き飽きたぁぁ!
あちこちでよく見かける『使い古された感のある婚約破棄』騒動が、目の前ではじまったけど、勘違いも甚だしい王子に笑いが止まらない。
断罪劇? いや、珍喜劇だね。
魔力持ちが産まれなくて危機感を募らせた王国から、多くの魔法士が産まれ続ける聖王国にお願いレターが届いて⋯⋯。
留学生として王国にやって来た『婚約者候補』チームのリーダーをしているのは、私ロクサーナ・バーラム。
私はただの引率者で、本当の任務は別だからね。婚約者でも候補でもないのに、珍喜劇の中心人物になってるのは何で?
治癒魔法の使える女性を婚約者にしたい? 隣にいるレベッカはささくれを治せればラッキーな治癒魔法しか使えないけど良いのかな?
聖女に聖女見習い、魔法士に魔法士見習い。私達は国内だけでなく、魔法で外貨も稼いでいる⋯⋯国でも稼ぎ頭の集団です。
我が国で言う聖女って職種だからね、清廉潔白、献身⋯⋯いやいや、ないわ〜。だって魔物の討伐とか行くし? 殺るし?
面倒事はお断りして、さっさと帰るぞぉぉ。
訳あって、『期間限定銭ゲバ聖女⋯⋯ちょくちょく戦闘狂』やってます。いつもそばにいる子達をモフモフ出来るまで頑張りま〜す。
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
完結まで予約投稿済み
R15は念の為・・
身に覚えがないのに断罪されるつもりはありません
おこめ
恋愛
シャーロット・ノックスは卒業記念パーティーで婚約者のエリオットに婚約破棄を言い渡される。
ゲームの世界に転生した悪役令嬢が婚約破棄後の断罪を回避するお話です。
さらっとハッピーエンド。
ぬるい設定なので生温かい目でお願いします。
大好きな第一王子様、私の正体を知りたいですか? 本当に知りたいんですか?
サイコちゃん
恋愛
第一王子クライドは聖女アレクサンドラに婚約破棄を言い渡す。すると彼女はお腹にあなたの子がいると訴えた。しかしクライドは彼女と寝た覚えはない。狂言だと断じて、妹のカサンドラとの婚約を告げた。ショックを受けたアレクサンドラは消えてしまい、そのまま行方知れずとなる。その頃、クライドは我が儘なカサンドラを重たく感じていた。やがて新しい聖女レイラと恋に落ちた彼はカサンドラと別れることにする。その時、カサンドラが言った。「私……あなたに隠していたことがあるの……! 実は私の正体は……――」
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
この野菜は悪役令嬢がつくりました!
真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。
花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。
だけどレティシアの力には秘密があって……?
せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……!
レティシアの力を巡って動き出す陰謀……?
色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい!
毎日2〜3回更新予定
だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる