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第三十二話 教会の過去と今

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 魚を全て平らげ、目的の物も無事に手に入れた私達は、お昼過ぎに教会に戻ってきて、女の子に薬を与えるための準備をしていた。

 ナールフィッシュはオーウェン様に捌いてもらい、その綺麗な身をペースト状にしてもらった。

 その間に、私は採ってきたニュトリの三分の一くらいを火にかけ、残りを天日干しにしておいた。こうしておけば、保存もきくという寸法だ。

「エリンお姉ちゃん、お皿を借りてきたよ~」
「ありがとう、ココちゃん」

 私はココちゃんからお皿を受け取ると、ペースト状になったナールフィッシュと、ニュトリが入ったスープを盛りつける。そして、女の子の回復を祈り始めた。

 あの子が元気になりますように。他の子と幸せに遊べるようになりますように。みんなと一緒に笑顔になれますように――

「……えっ、なんかほんのりと光りだしたよ!?」
「ココは見るのは初めてだったな」
「これは、なんて言えばいいのかしら。そうね……元気になれる秘密のおまじないってところね」
「おまじない!?  エリンお姉ちゃん凄い!」
「秘密だから、他の人に言っちゃダメよ」
「わかった! わたし、言わないよ!」

 聖女の力のことをココちゃんに伝えても良かったけど、言っても意味が理解できない可能性と、つい口が滑って変に話が広まることを懸念して、言わないでおくことにした。

 ココちゃんのことを信用してないってことはないんだけど、まだ幼いから、もしもの可能性が捨てきれないからね。

「失礼します」
「アンヌ様? どうかされましたか?」
「様子を見に来ました」

 喉に詰まらせないように、ゆっくりと少しずつ食べさせていると、心配そうな表情のアンヌ様がやってきた。

「大丈夫ですよ。少しずつですけど、ちゃんと食べられてますし、近いうちに目を覚ますと思います」
「よかった……もう一緒に暮らす家族を失うのは、嫌ですから」

 ……? 今の言い方だと、以前にも誰かがいなくなったような言い方だ。もしかして、私達が来るよりも前に、栄養失調で亡くなった子がいるのだろうか?

「前にって……もしかして、前にも誰か病気になっちゃった人がいたの?」
「ココ」
「なに、お兄ちゃん?」
「もうこっちは大丈夫だから、休憩がてら他の子達と遊んでくるといい」
「え、でも……」
「いいから、行っておいで」

 突然遊びに行くように言われたココちゃんは、キョトンとしたながらも部屋を後にした。

「アンヌ殿、妹がすまなかった」
「いえ、気にしてませんよ」

 明らかに無理して笑っているのがわかるような表情を浮かべながら、アンヌ様は女の子の枕元に立つと、頭をそっと撫でた。

「……さっきの発言で察しているかもしれませんが、うち達は過去に大切な人を失っています」
「アンヌ殿、無理に話す必要はありませんよ」
「無理なんてしてません。むしろ、聞いてほしいというか……一応年長者ですから、こういう話を出来る人がいないんです」

 そういうことなら、ちゃんとアンヌ様の話を聞こう。それがたとえ何も出来ないことだとしても、アンヌ様の心が少しは軽くなるはずだもの。

「その人は、まだ私が小さい頃に育ててくれた、シスターです。とても慈悲深い人で、この町が廃墟になる前から、多くの子供達の面倒をみたり、町の人の相談事を聞いていました」
「とてもご立派な方だったんですね。その方は、この子と同じ病気で?」
「それが、わからないんです……シスターは、五年前の大雨の日に、突然いなくなってしまったんです」

 いなくなった? 多くの人のために活動をしていた人が、突然いなくなるというのは、些かおかしな話だわ。

「その、心当たりとかはなかったんですか……?」
「はい。教会の人間や、当時まだ町に残っていた人達が総出で探してくれましたが……手掛かりは一つもありませんでした」
「ふむ……そこまで積極的に活動していた人物が、子供達を置いて、突然姿を消すのは不可解ですね」
「うちもそう思いますけど、結局シスターは戻ってきませんでした。その後は、補佐として働いていたセシリアさんが、シスターとなりました」

 なるほど、補佐をしていたセシリア様が責任者になるのは、特に違和感はない。それより前の話には、違和感だらけだけど。

「でも……うちらは、まだ前のシスターがどこかで生きているって信じているんです!」
「ええ、きっと生きているでしょう。そうだ、一応聞きたいのですが、その当時は他に変わったこととかは?」
「特には……あ、そうだ。今のシスターになってから、教えに関することが厳しくなって、今のような質素な生活をするようになりましたね」

 えっ……? 教会の子の生活って、ずっと昔からされていたことじゃないの?

 そもそも、シスターによって教えが変わるなんて、そんなことがありえるの? 私が無知なだけ?

「えっと、その……色々と大変でしたね……」
「まあ……結構大変でしたし、悲しかったです」

 うぅ、私ってば……もっと気の利いたことが言えないの? 咄嗟に出ちゃった言葉とはいえ、こんな他人事みたいな、冷たい言い方をしなくてもいいじゃない。私のバカ!

「最近は教会の子供も減ってきちゃって、さらに寂しくなっちゃって……だからなのか、これ以上家族を失いたくないんです。ルークもきっと同じ思いだったのでしょう」
「子供が減っている? アンヌ殿、それはどういうことですか?」
「最近になって、急に引き取ってくれる方が増えたみたいで、教会を去る子が増えてきているんです。うちが幼かった時と比べて、半分くらいになっちゃいまして……近いうちに、ルークも教会を出るんです」
「ルーク君が!?」

 アンヌ様の口から出た驚きの言葉を聞いた私は、勢いよく立ちすぎて椅子を倒してしまった。

 そうか、うちに来た時に時間が無いって言っていたのは、こういうことだったのね。自分がいなくなる前に、なんとか家族を助けようと……ルーク君は、本当に良い子だわ。

「ちなみにそれは、具体的にいつなのでしょうか?」
「三日後です」
「三日後……なるほど……色々と聞かせてくれて、ありがとうございました」
「こちらこそ、聞いてくれてありがとうございます。少しだけ楽になりました。あまり長居してたら治療の邪魔になっちゃいますから、そろそろ失礼しますね」

 アンヌ様は、ペコっと頭を下げてから、静かに部屋を後にした。

 残された私達の間には……何とも言えない、重苦しい雰囲気が漂っていたわ。

「なんていうか……ますますおかしな話になってきましたね」
「ああ。前シスターの失踪、突然重くなった教え、日に日に里親に出される子供……」
「あまりこういうことは言いたくありませんが……」
「待つんだ。誰が聞いているかわからない……話すなら耳元で」

 そうね、誰が話を聞いているかとか、聞いた話をどう扱うとかもわからない以上、慎重になるべきだろう。

 そう判断した私は、オーウェン様の綺麗な横顔にちょっとだけドキドキしつつも、耳元でこうつぶやいた。

 この騒動の犯人は、セシリア様なんじゃないか――と。
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