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第二十三話 不真面目な兄と、真面目な弟
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「っ……」
振り上げられたエドガー様の右手が、私に襲い掛かる。
暴力を振るわれるのは嫌だけど、ブラハルト様のためだから後悔は無い。
それに、実家にいる時に暴力は散々振るわれているから、きっと一回くらいなら耐えられる。
そう思っていたのに、いくら待っても私の体が痛むことは無かった。
「……?」
恐る恐る目を開けると、エドガー様の右手は、ブラハルト様がその手を掴むことで、私が当たる寸前のところで止まっていた。
「おやめくださいと言いましたよね、ファソン殿……いえ、兄上。俺のことを侮辱するのは構いませんが、これ以上エルミーユに手を出すなら、相応の対応をさせてもらいますよ」
「ほほぉ~? ボクに一度も喧嘩で勝てなかったブラハルトが、ボクの拳を止められるなんて、成長したねぇ。お兄ちゃんは嬉しいぞ~」
「確かに幼い頃はそうでしたね。ですが、守りたい人がいる今の俺なら、あなたにも勝てますよ」
きっぱりとそう言い切ったブラハルト様の手は、ギリギリとエドガー様の拳を握る。
こんな状況で思うのは不誠実かもしれないけど……ブラハルト様、カッコいいわ……!
「そんなカッコいいことを言って、ボクがあの契約を破ったら、困るのはアルスター家じゃない?」
「ですが、契約が無くなれば、兄上も今の生活を続けられなくなりますよ」
「……はぁ、わかったよ。はいはい、降参降参!」
「えっ……?」
さっきまでの態度はどこへやら――エドガー様は、ブラハルト様の手を振り払うと、再び私に背を向けた。
「これ以上ブラハルトを怒らせたら、後々面倒になりそうだし、ボクもちょっと困ったことになりそうだし。んじゃ、今度こそ本当に失礼するよ。まったね~」
最後まで人のことを舐めているような発言をしたエドガー様は、手をフリフリとしながら去っていった。
なにがまたねよ……申し訳ないけど、私はもうあのお方には二度と会いたくないわ。
「エルミーユ、怪我は無いか?」
「はい、大丈夫ですわ。守ってくださって、ありがとう存じます。そして、出過ぎた真似をしてしまい、誠に申し訳ございません」
以前のパーティーでも、すぐに我慢できなくなって反論してしまったし、今回も我慢が出来なかった。
もしかしたら、私が知らないだけで、私って怒りっぽくて我慢が出来ない性格なのかしら……?
「いや、俺のために色々と言ってくれてありがとう。肉親ということもあり、中々正面からものを言えなくてな……」
「私からも、お礼を言わせてください! 正直、ガツンと言ってくれて、スカッとしました!」
ずっと黙って見ていたマリーヌは、拍手をしながら喜びを爆発させる。
使用人という立場上、この家の血縁者であるエドガー様に強く言えないのだろう。
とはいっても、エドガー様が追い払われたのを見て喜んでいるくらいだから、良くは思っていないのは確かだわ。
「あの、私の知っている限りでは、ご両親とお兄様は、事故で亡くなったという認識だったのですが……」
「その通りだ」
「で、でも……」
「……あまり良い話ではないが、エルミーユが全部俺に話してくれたのに、俺が隠し事をしているのは、不公平だな。わかった、ちゃんと話す。ちょうど、俺から他に話さなければいけないことがあったから、丁度良い」
そう言うと、ブラハルト様はソファに腰を降ろす。私もそれに続いて、ブラハルト様の隣に腰を降ろした。
これから話してくれることは、きっと大切なことだろう。心して聞かなくちゃ。
「まずはエルミーユの疑問に答えよう。兄上……エドガーは、確かに死んでいる」
「でも、先程は……」
「表舞台では、エドガー・アルスターという人物は死んでいるというたけであって、本人はエルミーユが見た通り、ピンピンしている」
……? 一体どういうことだろうか。いまいちピンとこない。
「兄上は、よく言えば自由奔放だが、はっきり言ってワガママ極まりない性格だ。これは父から聞いた話だが、自分達には中々子供が出来なくて、やっと出来た子供が嬉しくて、つい甘やかして育ててしまったそうだ」
甘やかされたと聞くと、コレットを思い出すわ。あの子、今頃どうしているのかしら。
「その結果、ワガママに育ってしまったうえに、どこかで悪い遊びを覚えてしまったようでね。俺が物心ついた時には、既に今のようになっていた。父は兄上をそんな子供にしてしまったことを反省し、なんとか更生しようとした。それと同時に、俺を同じ様な人間にしないために、厳しい教育をした。ああ、厳しいといっても、常識の範囲内だよ」
ブラハルト様は、そこまで話すと、ふぅ……と息を漏らした。
「しかし、兄上は変わらなかった。家の金で欲しい物を買い、酒を浴びるように飲み、女性と夜通し遊んだ。父は家と兄上を守るために、なんとかそれをもみ消していたが、ついに我慢の限界が来た」
「ブラハルト様のお父様は、なにをされたのですか?」
「アルスター家から追放した」
実の子供を家から追放だなんて、本当にエドガー様の生活は酷かったのね。
人を舐めた態度や、ブラハルト様の仰っていた私生活の乱れも加われば、そうなるのも仕方ないわね。
「表面上では、不幸な事故に遭ったことにし、アルスターという名前を捨てさせ、ファソンという名で生きることを命じたんだ。だが、兄上も簡単には応じなかった」
「どうしてですか?」
「家を追い出されてしまえば、無一文になって不自由な生活になる。そうなれば、遊んで暮らせないだろう?」
……思った以上に、低俗な理由だったわ。
仮に家のために出て行くわけにはいかないとか言い出していたら、それはそれで驚くと思うけど。
「そこで兄上は、たった一つの条件を出した。それは、毎月自分の支援をしろというものだった」
「支援……お金を要求したということですか?」
「そうだ。金があれば遊んで暮らせるし、追放されれば貴族の家長をやらなくて済む。それが、兄上にとって一番都合がいいことだ」
「なるほど。それで、ブラハルト様のお父様は、その条件を呑んだのですね」
「ああ。そうまでして、兄上を家から追放したかったのだろう。こうして、兄上は表舞台では亡くなったことになった。そして、何の因果かはわからないが……父と母も、ほぼ同時期に事故に遭って……」
「そうだったのですね……」
そうか、エドガー様の追放の話と、ご両親が亡くなった日が近かったから、噂が一つになってしまい、私が聞く頃には、三人が同じ事故で亡くなったという内容に変わってしまっていたのね。
「兄上は両親の死を知った兄上は、当然アルスター家には戻らず、家長を俺に押し付けて遊び倒している。それに、今でもその契約は生きている。今日兄上が来ていたのも、屋敷に金を受け取りに来たからなんだ」
「お父様が亡くなったのに、まだお金を渡しているのですか?」
「金額自体は、そこまで家に負担にはなっていないからな。それよりも、契約を破棄して、再びアルスター家を名乗られる方が、家にとっては迷惑になるからな」
言われてみれば、確かにその通りだ。エドガー様の性格なら、何をするかわかったものじゃないものね。
「ざっくりとしたものになったが、これが俺の兄、エドガーの話だ。それと、もう一つ話したいことなんだが……」
「なんでしょうか?」
「俺が、どうして君を愛さないと伝えたかについてだ」
振り上げられたエドガー様の右手が、私に襲い掛かる。
暴力を振るわれるのは嫌だけど、ブラハルト様のためだから後悔は無い。
それに、実家にいる時に暴力は散々振るわれているから、きっと一回くらいなら耐えられる。
そう思っていたのに、いくら待っても私の体が痛むことは無かった。
「……?」
恐る恐る目を開けると、エドガー様の右手は、ブラハルト様がその手を掴むことで、私が当たる寸前のところで止まっていた。
「おやめくださいと言いましたよね、ファソン殿……いえ、兄上。俺のことを侮辱するのは構いませんが、これ以上エルミーユに手を出すなら、相応の対応をさせてもらいますよ」
「ほほぉ~? ボクに一度も喧嘩で勝てなかったブラハルトが、ボクの拳を止められるなんて、成長したねぇ。お兄ちゃんは嬉しいぞ~」
「確かに幼い頃はそうでしたね。ですが、守りたい人がいる今の俺なら、あなたにも勝てますよ」
きっぱりとそう言い切ったブラハルト様の手は、ギリギリとエドガー様の拳を握る。
こんな状況で思うのは不誠実かもしれないけど……ブラハルト様、カッコいいわ……!
「そんなカッコいいことを言って、ボクがあの契約を破ったら、困るのはアルスター家じゃない?」
「ですが、契約が無くなれば、兄上も今の生活を続けられなくなりますよ」
「……はぁ、わかったよ。はいはい、降参降参!」
「えっ……?」
さっきまでの態度はどこへやら――エドガー様は、ブラハルト様の手を振り払うと、再び私に背を向けた。
「これ以上ブラハルトを怒らせたら、後々面倒になりそうだし、ボクもちょっと困ったことになりそうだし。んじゃ、今度こそ本当に失礼するよ。まったね~」
最後まで人のことを舐めているような発言をしたエドガー様は、手をフリフリとしながら去っていった。
なにがまたねよ……申し訳ないけど、私はもうあのお方には二度と会いたくないわ。
「エルミーユ、怪我は無いか?」
「はい、大丈夫ですわ。守ってくださって、ありがとう存じます。そして、出過ぎた真似をしてしまい、誠に申し訳ございません」
以前のパーティーでも、すぐに我慢できなくなって反論してしまったし、今回も我慢が出来なかった。
もしかしたら、私が知らないだけで、私って怒りっぽくて我慢が出来ない性格なのかしら……?
「いや、俺のために色々と言ってくれてありがとう。肉親ということもあり、中々正面からものを言えなくてな……」
「私からも、お礼を言わせてください! 正直、ガツンと言ってくれて、スカッとしました!」
ずっと黙って見ていたマリーヌは、拍手をしながら喜びを爆発させる。
使用人という立場上、この家の血縁者であるエドガー様に強く言えないのだろう。
とはいっても、エドガー様が追い払われたのを見て喜んでいるくらいだから、良くは思っていないのは確かだわ。
「あの、私の知っている限りでは、ご両親とお兄様は、事故で亡くなったという認識だったのですが……」
「その通りだ」
「で、でも……」
「……あまり良い話ではないが、エルミーユが全部俺に話してくれたのに、俺が隠し事をしているのは、不公平だな。わかった、ちゃんと話す。ちょうど、俺から他に話さなければいけないことがあったから、丁度良い」
そう言うと、ブラハルト様はソファに腰を降ろす。私もそれに続いて、ブラハルト様の隣に腰を降ろした。
これから話してくれることは、きっと大切なことだろう。心して聞かなくちゃ。
「まずはエルミーユの疑問に答えよう。兄上……エドガーは、確かに死んでいる」
「でも、先程は……」
「表舞台では、エドガー・アルスターという人物は死んでいるというたけであって、本人はエルミーユが見た通り、ピンピンしている」
……? 一体どういうことだろうか。いまいちピンとこない。
「兄上は、よく言えば自由奔放だが、はっきり言ってワガママ極まりない性格だ。これは父から聞いた話だが、自分達には中々子供が出来なくて、やっと出来た子供が嬉しくて、つい甘やかして育ててしまったそうだ」
甘やかされたと聞くと、コレットを思い出すわ。あの子、今頃どうしているのかしら。
「その結果、ワガママに育ってしまったうえに、どこかで悪い遊びを覚えてしまったようでね。俺が物心ついた時には、既に今のようになっていた。父は兄上をそんな子供にしてしまったことを反省し、なんとか更生しようとした。それと同時に、俺を同じ様な人間にしないために、厳しい教育をした。ああ、厳しいといっても、常識の範囲内だよ」
ブラハルト様は、そこまで話すと、ふぅ……と息を漏らした。
「しかし、兄上は変わらなかった。家の金で欲しい物を買い、酒を浴びるように飲み、女性と夜通し遊んだ。父は家と兄上を守るために、なんとかそれをもみ消していたが、ついに我慢の限界が来た」
「ブラハルト様のお父様は、なにをされたのですか?」
「アルスター家から追放した」
実の子供を家から追放だなんて、本当にエドガー様の生活は酷かったのね。
人を舐めた態度や、ブラハルト様の仰っていた私生活の乱れも加われば、そうなるのも仕方ないわね。
「表面上では、不幸な事故に遭ったことにし、アルスターという名前を捨てさせ、ファソンという名で生きることを命じたんだ。だが、兄上も簡単には応じなかった」
「どうしてですか?」
「家を追い出されてしまえば、無一文になって不自由な生活になる。そうなれば、遊んで暮らせないだろう?」
……思った以上に、低俗な理由だったわ。
仮に家のために出て行くわけにはいかないとか言い出していたら、それはそれで驚くと思うけど。
「そこで兄上は、たった一つの条件を出した。それは、毎月自分の支援をしろというものだった」
「支援……お金を要求したということですか?」
「そうだ。金があれば遊んで暮らせるし、追放されれば貴族の家長をやらなくて済む。それが、兄上にとって一番都合がいいことだ」
「なるほど。それで、ブラハルト様のお父様は、その条件を呑んだのですね」
「ああ。そうまでして、兄上を家から追放したかったのだろう。こうして、兄上は表舞台では亡くなったことになった。そして、何の因果かはわからないが……父と母も、ほぼ同時期に事故に遭って……」
「そうだったのですね……」
そうか、エドガー様の追放の話と、ご両親が亡くなった日が近かったから、噂が一つになってしまい、私が聞く頃には、三人が同じ事故で亡くなったという内容に変わってしまっていたのね。
「兄上は両親の死を知った兄上は、当然アルスター家には戻らず、家長を俺に押し付けて遊び倒している。それに、今でもその契約は生きている。今日兄上が来ていたのも、屋敷に金を受け取りに来たからなんだ」
「お父様が亡くなったのに、まだお金を渡しているのですか?」
「金額自体は、そこまで家に負担にはなっていないからな。それよりも、契約を破棄して、再びアルスター家を名乗られる方が、家にとっては迷惑になるからな」
言われてみれば、確かにその通りだ。エドガー様の性格なら、何をするかわかったものじゃないものね。
「ざっくりとしたものになったが、これが俺の兄、エドガーの話だ。それと、もう一つ話したいことなんだが……」
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