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第五十三話 闇

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■アンドレ視点■

「ククッ……クククッ……」

 悪夢のような日から数日後。漆黒が部屋の中を支配する中、オレ様は一人でベッドの上で膝を抱えていた。

 はっ……笑いたくもなるぜ。この選ばれし天才のオレ様が、あんな雑魚共に敗北して醜態を晒し、父上にも勘当されるだなんて……あと数日もしたら、オレ様は城から追い出される。もう……オレ様の人生終わりじゃねえか!

 畜生! オレ様は何も悪くない! オレ様は何をしても許されるんだ! なのに……どうしてこのような結果に……!!

「あいつが……ココが裏切らなければ、数の差で優位に立たれる事は無かった! あいつのせいだ! 主に噛みつく汚い犬め……」

 いや、それだけじゃない。オレ様に恥をかかせたのは、ベルモンド兄弟が原因でもある。奴らはずっとこのオレ様に反抗的な態度を取っていた。

 あんな底辺領地など、オレ様が一つ命令を出せば破壊できるというのに、もうオレ様にはそんな権限は無い。さっさと滅ぼしておけばよかったと、少し後悔している。

「……そもそもあのクソ女が、オレ様の許可もなく幸せになってるのが元凶じゃねえか……!」

 あいつは所詮、ただのスラム出身のゴミだ。たまたま回復魔法に目覚め、利用しやすそうだったから利用した程度の人間だ。あいつを騙す為とはいえ、婚約したのを思い出すと、虫唾が走る。

 そんなゴミに、オレ様の輝かしい人生は狂わされたんだ。絶対に許せねえ……!

「そうか……簡単な話じゃねえか。オレ様が奴らに復讐をすればいいじゃねえか」

 わかってしまえば簡単な事だ。あいつらが悪いんだから、悪い奴らに復讐して、オレ様と同じ苦しみを味わう義務がある。

 前回は少々遊びすぎて不覚を取ったのは事実だから、最初から殺すつもりでいけば、後れを取る事は無い。何故なら、オレ様は王族で歴代最高の天才だからな。

「クククッ……そうと決まれば早い。これから生き地獄に連れていかれるオレ様よりも先に、奴らを地獄に連れていってやる……」

 オレ様は部屋の中に置いてある愛用の剣を持って、部屋から出る。すると、部屋の前で警備をしている雑魚兵士に呼び止められた。

「アンドレ王子様、お部屋からはお出にならないように」
「あぁ?」
「国王陛下のご命令ですので」
「邪魔すんなゴミが」
「……なっ……がはっ……」

 手に持っていた剣を躊躇なく振ると、目の前のゴミはうめき声をあげながら倒れた。

 この選ばれし天才の邪魔をするからこうなるんだよ馬鹿が。さて、このままベルモンド家の屋敷に向かうか。もちろん、邪魔する奴は全員地獄行きだけどなぁ!!

「ククッ……ギャハハハハハ!!」


 ****


 ジーク様と結ばれた日から数日が経った夜。私は自室のバルコニーで星を眺めながら、ゆったりとした穏やかで幸せな時間を過ごしていました。

 これまでベルモンド家で過ごした日々も幸せでしたが、今が一番幸せな気がします。きっと好きな人と結ばれた事が要因でしょう。

 でも、一つだけ悲しい事もあります。それは、明日にはココ様とそのご家族が家に帰ってしまうんです。

 だから、最後の夜もココ様と一緒に過ごしたくて、こうしてココ様が来るのを待っているんです。

「シエルさん、ココです」
「あ、どうぞ~」

 バルコニーにいても聞こえるくらいの大きなノック音と共に、ココ様が部屋に入ってきました。その隣には、何故かジーク様とクリス様の姿もあります。

「あれ、どうしてお二人が?」
「私が誘ったんです。今日が最後の夜なんで、揃ってお話したいなーって」
「そういうわけさ。シエルさえよければだけどね」
「もちろん大歓迎です!」
「それはよかったです! ふふっ、ジーク様も良かったですね」
「余計なお世話だ」

 少し頬を赤らめながらそっぽを向くジーク様の姿が可愛くて、私達は思わずクスクスと笑ってしまいました。

 ちなみにですが、私達が結ばれた事は皆様にしっかり伝えてあります。ベルモンド家の方々とは、これからも長いお付き合いになるでしょうし、ココ様も巡礼の時に散々お世話になったので、知らせる必要があると思ったんです。

「ふぅ、なんだか色々あったから、こうしてゆっくりするのが久しく感じられるよ」
「生徒会の方々、凄く忙しそうでしたね。これからは落ち着くんですか?」
「一応はその予定だね。しばらくは大きな行事は無いしね」

 それを聞いてほっとしました。クリス様、交流祭の準備をしている時、凄く忙しそうなのが見てわかってましたし、あんな戦いまでしたんですから……しばらく休んでいてほしいです。

「その、今回の交流祭……私がもう少しうまく立ち回れていれば……」
「気にするな。親を人質に取られていたら、誰でも言う事を聞くしかない」
「でも……」
「仮に君に責任があると感じていたら、そもそも屋敷に匿うような事をすると思うかい?」
「……ベルモンド家の寛大な心に感謝します」

 ……ど、どうしましょう。なんだか凄くしんみりした空気になってしまいました。こういう時は……明るい話題を振ればいいですよね!

 でも……明るい話題って何を話せばいいんでしょう……? うぅ、こんな所で話術の低さを痛感するなんて……!

「そういえば……シエル、ジーク。少々気になっていたんだが」
「は、はい?」
「なんだ?」
「あれから何か進展はあったのかい?」
「ぶふっ!?」

 ゆったりと紅茶を飲んでいた私は、盛大に噴き出してしまいました。は、恥ずかしすぎて死んじゃいそう……こんな姿をジーク様に見られちゃうなんて……! もう、クリス様ってばー!

「進展と言われてもな……一緒に住んでるんだから、兄上も知っているだろう」
「いや、常に監視しているわけじゃないんだからわからないよ。私の見えないところで、密会をしているかもしれない」
「密会!? いつの間にシエルさんってば大胆に! どんな内容か聞かせてください!」
「し、してませんから!」

 さっきまでの沈んでいた様子から一転して、凄く興奮気味に話すココ様は、身を乗り出して聞いてきました。

 た、確かに話題があればって思ってはいましたが……これはこれで困ります!

「別にコソコソする必要は無いだろう?」
「ジーク、もし君がシエルと抱き合ったり、その先をする時に……堂々と誰かに報告してからするのかい?」
「……しないな」
「そういう事さ」
「なるほど。それなら、事前報告が必要無いという事なら、事後報告もいらないだろう」
「おっと、これは一本取られたかな? あは
は」

 おだやかなクリス様と、冷静な返しをしつつも楽しそうなジーク様の姿は、見ていて安心感を覚えます。本当にあの戦いから帰ってきてくれた事が……嬉しいです。

「ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃないですか! ほら、一応私はアドバイスをしたっていう立役者ですし!」
「あ、あれ……あんまり役に立たなかったような……むしろ恥ずかしかっただけかもしれません……」
「細かい事は言いっこなしです! それで、どこまでいったんですか!?」

 ……もしかして、ココ様って実はこういう恋愛話が好きなのでしょうか? かなり長い間一緒に旅をしてましたが、新しい発見です。

「もしかして、チューとかしたんですか!?」
「ふぇ!? ちゅちゅちゅ……チューって……!?」

 あ、あの時はムードと勢いでしちゃいましたけど……今思い出しても、恥ずかしさで爆発しそうなんですから、思い出させないでください!

 ……あ、嫌だったわけじゃないですよ? むしろ幸せ過ぎて、天に上る気分でした。ただ、思い出すと恥ずかしいだけです。

「どうなんだ? ジーク」
「こ、答える義務は無い」

 あくまで冷静を装うジーク様ですが、手に持っているコップが少々震えていますし、ほっぺも赤くなってます。

 もしかして、ジーク様もあの時の事を思い出して、恥ずかしくなってるんでしょうか? やっぱりジーク様……可愛い……! カッコいいジーク様も大好きですが、可愛いジーク様も大好きです!

「ふふっ、あんまりからかうとジークが怒ってしまうから、この辺にしておこうか」
「それは残念です……またお会いした時に、たっぷり聞かせてもらいます!」
「ココ、お前はもう屋敷の敷居を跨がせないから安心しろ」
「えーっ!?」
「冗談だ」
「もう、ジーク様ったら……あれ?」

 軽口を叩き合いながら笑っていると、なにやら下の方が賑やかな声が聞こえてきました。いや、賑やかというより……変に騒がしいの方が的確でしょうか?

 何かあったのでしょうか? そんな事を思っていると、部屋の扉が勢いよく開きました。

「お、お話中……失礼します……」
「おや、どうかしたのか――その傷は!?」

 乱暴に開かれた扉の向こうには、一人の使用人の方が立っていました。そして……その方は、胸から沢山の血が流れていました。
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