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第四十一話 決別
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クリス様の考える、アンドレ様の目的……その内容はあまりにも衝撃的で、開いた口が塞がらなくなってしまいました。
仮にそれが正しかったとして、どうしてそんな酷い事を平然とできるんですか? それに、どうして私のようなただのスラム出身の女に、ずっと執着するんですか? 回復術師なら、他にもいると思うんですが……。
「あまり不安にさせる事は言いたくないが……武闘大会はその名の通り戦いだ。そこで不慮の事故があっても、咎められる事は少ない。特に相手が一国の王子となれば、尚更だろう」
「なるほど、思い通りにならなかったから、実力行使でベルモンド家への復讐と、シエルの孤立を狙ってきたという事か」
「ああ。よほど我々の事と、シエルが幸せになるのが嫌なのだろうね」
「そんな……酷すぎます……!」
アンドレ様の非道な行いのせいで、ジーク様は怪我してしまったんですよ? 今思い出しただけでも胸がつらくなるというのに……。本当に、あの時無事でよかったです。
「そこまでわかっていて、どうして武闘大会の提案を呑んだ?」
「私も、あまり乗り気ではなかったんだけどね。最近やっていない演目だから久しぶりにやろうというのと、相手が王子だから断ると面倒になる……そういう空気になってしまってね。私一人では太刀打ちできなかった」
「多勢に無勢とはまさにこの事か。まあ問題無いだろう。奴が直接俺達のどちらかに挑んできても、叩き潰せばいい。俺と兄上には、その実力がある」
「そんな危険な催しに出る必要ないですよ!!」
お二人の手を取り、涙を流しながら懇願をする私の姿は、まるでおもちゃをねだって泣きじゃくる子供の様です。
でも……子供の頃に戻ってでも、私はもう誰にも傷ついてほしくないんです。
「ありがとう。でも、最終的に私がやってもいいと判断したんだよ」
「え、どういう事ですか!?」
「実を言うと、私も彼に対しては腸が煮えくり返っていてね……いつか仕返しをしないと気が済まないと思ってたのさ。ジークもだろう?」
「ああ。俺の大切なシエルにちょっかい出しやがって……今すぐ斬りたいところだ」
「あ、あの! お二人共ちょっと怖いので、その辺にして貰えると……」
お二人はいつも通り冷静な雰囲気です。ですが、それがあまりにも冷たすぎるといいますか……何か酷い事をしても、眉一つ動かなさそうな……そんな恐ろしさを感じました。
「それでね、この話には続きがある。今回の武闘大会の最後に、エキシビジョンマッチがある。そこで我らベルモンド兄弟と、アンドレで戦いたいそうだ」
「じゃあ、お二人が戦うのは確定なんですか……?」
「その通りだ」
「駄目です! どんな酷い手を使ってくるかわからないんですよ!?」
今までだって、私を騙して巡礼させたり、クラスメイトを騙して襲わせたり、変な黒い人を差し向けて来たり……あの人には、もう普通というものが通用しません!
「そうだ、わからない。だが、今はわかっているじゃないか」
「そうだね。わかっているうちに一気に叩く。これが一番手っ取り早い。だから、武闘大会で私達が圧勝すれば、もう二度と絡んでこないだろう」
「そもそも……あいつは歴代の王族の中でも魔法の才能はピカイチで、それでチヤホヤされてるみたいだから、俺達に負けたら王族にとって、奴の価値がなくなるかもしれない。それはそれで笑い話になりそうだが」
「うぅ……でも……」
仰っている事はわかっています。裏で卑怯な事をしてきた相手が、同じフィールドに立ったんだから、叩きのめせって事ですよね。
でも、私は荒事はしないでほしいです。傷は治せますが、それまでとても痛くて苦しいですし、最悪死んだらどうにもならないんです。
もしそんなのがお二人の身にあったら……!
「うぷっ……!」
「おい、大丈夫か?」
「…………」
「顔色が酷いね。お手洗いに行っておいで。私達はここで待ってるから」
「…………」
無言で頷いた私は、そのままお手洗いに駆け込みました。危うくお二人にお見せできないものを見せてしまうところでした。
でも……仕方ないじゃないですか。怪我で苦しんでる姿を想像したら、気分が悪くなってしまったんです。
「ふぅ……危なかった……それにしても、クラス様の言葉が正しいなら、アンドレ様は私が気に入らなくて、こんな卑劣な事をしているんですよね……なら、私がいなくなれば、アンドレ様は私を追いかけて来て……ベルモンド家に関わらなくなるかもしれない」
……つまり、私がここからいなくなれば、少なくともベルモンド家にご迷惑をおかけする事は無くなるわけですよね。
本当は、拾ってもらったご恩を、回復術師になって恩返しをするつもりだったんですが、それが出来なかった挙句、余計ご迷惑をおかけしてるんですから……もう私の居場所なんて無いですよね。
「…………決めた。今日、屋敷を出ていこう」
私を家族と認めてくれたグザヴィエ様、セシリー様、クリス様、そして……私の愛するジーク様。あなた達の好意を踏みにじるような事をする私をお許しください……愚かな私には……これしか方法がないんです……。
****
「よし、荷物は持ったし、ずっと貯金していたお小遣いもある。これで少しは食べていけるはずです」
同日の夜中、光源がロウソク一本だけの自室で、旅立つ準備をしていました。この時間は自由時間で、就寝の準備でメイド様がいらっしゃるまで、一人でいられるんです。この間に準備をしてました。
屋敷を出ていくと決めた以上、一日でも早く出ていかないと。そうじゃないと……決意が鈍ってしまうので……。
「あっ……これも持っていこうかな」
実はここに来て間もなく、一枚の小さな絵を描いてもらったんです。ベルモンド家の四人に囲まれて、笑顔で控えめにピースをしている私の姿があります。
あの時は……こんな風になるなんて思ってもなかった……もっと平和で、仲良く……今日も特に何もなかったねって言えるような日々を送りたかっただけなのに。
「……みなさん、申し訳ございません。私は……満足に恩返しもできませんでした……私がいないほうが、皆さんの為になると思うので……ここでお別れです」
別れの手紙を残して、私は窓から屋敷を飛び出しました。
外はあいにくの雨――でも、これのほうが匂いで追跡とかされないから、ある意味幸運かもしれません。
えっと、見張りはあそこにいたら……次はそっち……よし、それなりに住んでたおかげで、警備事情も把握済みです! 無駄にある記憶力が活きました!
「よいしょっ」
何とか門をくぐった私は、もう一度ベルモンド家の方を向くと、深く深くお辞儀をしました。
……今まで大変お世話になりました。皆様に拾われてからの時間は、人生で一番幸せで、私の宝物です。本当は恩返しが出来ればよかったのですが……私がいると不幸になってしまいます。だから……私は皆様の為に屋敷を出ます。
「ぐすっ……みなさん、お元気で……」
仮にそれが正しかったとして、どうしてそんな酷い事を平然とできるんですか? それに、どうして私のようなただのスラム出身の女に、ずっと執着するんですか? 回復術師なら、他にもいると思うんですが……。
「あまり不安にさせる事は言いたくないが……武闘大会はその名の通り戦いだ。そこで不慮の事故があっても、咎められる事は少ない。特に相手が一国の王子となれば、尚更だろう」
「なるほど、思い通りにならなかったから、実力行使でベルモンド家への復讐と、シエルの孤立を狙ってきたという事か」
「ああ。よほど我々の事と、シエルが幸せになるのが嫌なのだろうね」
「そんな……酷すぎます……!」
アンドレ様の非道な行いのせいで、ジーク様は怪我してしまったんですよ? 今思い出しただけでも胸がつらくなるというのに……。本当に、あの時無事でよかったです。
「そこまでわかっていて、どうして武闘大会の提案を呑んだ?」
「私も、あまり乗り気ではなかったんだけどね。最近やっていない演目だから久しぶりにやろうというのと、相手が王子だから断ると面倒になる……そういう空気になってしまってね。私一人では太刀打ちできなかった」
「多勢に無勢とはまさにこの事か。まあ問題無いだろう。奴が直接俺達のどちらかに挑んできても、叩き潰せばいい。俺と兄上には、その実力がある」
「そんな危険な催しに出る必要ないですよ!!」
お二人の手を取り、涙を流しながら懇願をする私の姿は、まるでおもちゃをねだって泣きじゃくる子供の様です。
でも……子供の頃に戻ってでも、私はもう誰にも傷ついてほしくないんです。
「ありがとう。でも、最終的に私がやってもいいと判断したんだよ」
「え、どういう事ですか!?」
「実を言うと、私も彼に対しては腸が煮えくり返っていてね……いつか仕返しをしないと気が済まないと思ってたのさ。ジークもだろう?」
「ああ。俺の大切なシエルにちょっかい出しやがって……今すぐ斬りたいところだ」
「あ、あの! お二人共ちょっと怖いので、その辺にして貰えると……」
お二人はいつも通り冷静な雰囲気です。ですが、それがあまりにも冷たすぎるといいますか……何か酷い事をしても、眉一つ動かなさそうな……そんな恐ろしさを感じました。
「それでね、この話には続きがある。今回の武闘大会の最後に、エキシビジョンマッチがある。そこで我らベルモンド兄弟と、アンドレで戦いたいそうだ」
「じゃあ、お二人が戦うのは確定なんですか……?」
「その通りだ」
「駄目です! どんな酷い手を使ってくるかわからないんですよ!?」
今までだって、私を騙して巡礼させたり、クラスメイトを騙して襲わせたり、変な黒い人を差し向けて来たり……あの人には、もう普通というものが通用しません!
「そうだ、わからない。だが、今はわかっているじゃないか」
「そうだね。わかっているうちに一気に叩く。これが一番手っ取り早い。だから、武闘大会で私達が圧勝すれば、もう二度と絡んでこないだろう」
「そもそも……あいつは歴代の王族の中でも魔法の才能はピカイチで、それでチヤホヤされてるみたいだから、俺達に負けたら王族にとって、奴の価値がなくなるかもしれない。それはそれで笑い話になりそうだが」
「うぅ……でも……」
仰っている事はわかっています。裏で卑怯な事をしてきた相手が、同じフィールドに立ったんだから、叩きのめせって事ですよね。
でも、私は荒事はしないでほしいです。傷は治せますが、それまでとても痛くて苦しいですし、最悪死んだらどうにもならないんです。
もしそんなのがお二人の身にあったら……!
「うぷっ……!」
「おい、大丈夫か?」
「…………」
「顔色が酷いね。お手洗いに行っておいで。私達はここで待ってるから」
「…………」
無言で頷いた私は、そのままお手洗いに駆け込みました。危うくお二人にお見せできないものを見せてしまうところでした。
でも……仕方ないじゃないですか。怪我で苦しんでる姿を想像したら、気分が悪くなってしまったんです。
「ふぅ……危なかった……それにしても、クラス様の言葉が正しいなら、アンドレ様は私が気に入らなくて、こんな卑劣な事をしているんですよね……なら、私がいなくなれば、アンドレ様は私を追いかけて来て……ベルモンド家に関わらなくなるかもしれない」
……つまり、私がここからいなくなれば、少なくともベルモンド家にご迷惑をおかけする事は無くなるわけですよね。
本当は、拾ってもらったご恩を、回復術師になって恩返しをするつもりだったんですが、それが出来なかった挙句、余計ご迷惑をおかけしてるんですから……もう私の居場所なんて無いですよね。
「…………決めた。今日、屋敷を出ていこう」
私を家族と認めてくれたグザヴィエ様、セシリー様、クリス様、そして……私の愛するジーク様。あなた達の好意を踏みにじるような事をする私をお許しください……愚かな私には……これしか方法がないんです……。
****
「よし、荷物は持ったし、ずっと貯金していたお小遣いもある。これで少しは食べていけるはずです」
同日の夜中、光源がロウソク一本だけの自室で、旅立つ準備をしていました。この時間は自由時間で、就寝の準備でメイド様がいらっしゃるまで、一人でいられるんです。この間に準備をしてました。
屋敷を出ていくと決めた以上、一日でも早く出ていかないと。そうじゃないと……決意が鈍ってしまうので……。
「あっ……これも持っていこうかな」
実はここに来て間もなく、一枚の小さな絵を描いてもらったんです。ベルモンド家の四人に囲まれて、笑顔で控えめにピースをしている私の姿があります。
あの時は……こんな風になるなんて思ってもなかった……もっと平和で、仲良く……今日も特に何もなかったねって言えるような日々を送りたかっただけなのに。
「……みなさん、申し訳ございません。私は……満足に恩返しもできませんでした……私がいないほうが、皆さんの為になると思うので……ここでお別れです」
別れの手紙を残して、私は窓から屋敷を飛び出しました。
外はあいにくの雨――でも、これのほうが匂いで追跡とかされないから、ある意味幸運かもしれません。
えっと、見張りはあそこにいたら……次はそっち……よし、それなりに住んでたおかげで、警備事情も把握済みです! 無駄にある記憶力が活きました!
「よいしょっ」
何とか門をくぐった私は、もう一度ベルモンド家の方を向くと、深く深くお辞儀をしました。
……今まで大変お世話になりました。皆様に拾われてからの時間は、人生で一番幸せで、私の宝物です。本当は恩返しが出来ればよかったのですが……私がいると不幸になってしまいます。だから……私は皆様の為に屋敷を出ます。
「ぐすっ……みなさん、お元気で……」
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