上 下
41 / 58

第四十一話 決別

しおりを挟む
 クリス様の考える、アンドレ様の目的……その内容はあまりにも衝撃的で、開いた口が塞がらなくなってしまいました。

 仮にそれが正しかったとして、どうしてそんな酷い事を平然とできるんですか? それに、どうして私のようなただのスラム出身の女に、ずっと執着するんですか? 回復術師なら、他にもいると思うんですが……。

「あまり不安にさせる事は言いたくないが……武闘大会はその名の通り戦いだ。そこで不慮の事故があっても、咎められる事は少ない。特に相手が一国の王子となれば、尚更だろう」
「なるほど、思い通りにならなかったから、実力行使でベルモンド家への復讐と、シエルの孤立を狙ってきたという事か」
「ああ。よほど我々の事と、シエルが幸せになるのが嫌なのだろうね」
「そんな……酷すぎます……!」

 アンドレ様の非道な行いのせいで、ジーク様は怪我してしまったんですよ? 今思い出しただけでも胸がつらくなるというのに……。本当に、あの時無事でよかったです。

「そこまでわかっていて、どうして武闘大会の提案を呑んだ?」
「私も、あまり乗り気ではなかったんだけどね。最近やっていない演目だから久しぶりにやろうというのと、相手が王子だから断ると面倒になる……そういう空気になってしまってね。私一人では太刀打ちできなかった」
「多勢に無勢とはまさにこの事か。まあ問題無いだろう。奴が直接俺達のどちらかに挑んできても、叩き潰せばいい。俺と兄上には、その実力がある」
「そんな危険な催しに出る必要ないですよ!!」

 お二人の手を取り、涙を流しながら懇願をする私の姿は、まるでおもちゃをねだって泣きじゃくる子供の様です。

 でも……子供の頃に戻ってでも、私はもう誰にも傷ついてほしくないんです。

「ありがとう。でも、最終的に私がやってもいいと判断したんだよ」
「え、どういう事ですか!?」
「実を言うと、私も彼に対しては腸が煮えくり返っていてね……いつか仕返しをしないと気が済まないと思ってたのさ。ジークもだろう?」
「ああ。俺の大切なシエルにちょっかい出しやがって……今すぐ斬りたいところだ」
「あ、あの! お二人共ちょっと怖いので、その辺にして貰えると……」

 お二人はいつも通り冷静な雰囲気です。ですが、それがあまりにも冷たすぎるといいますか……何か酷い事をしても、眉一つ動かなさそうな……そんな恐ろしさを感じました。

「それでね、この話には続きがある。今回の武闘大会の最後に、エキシビジョンマッチがある。そこで我らベルモンド兄弟と、アンドレで戦いたいそうだ」
「じゃあ、お二人が戦うのは確定なんですか……?」
「その通りだ」
「駄目です! どんな酷い手を使ってくるかわからないんですよ!?」

 今までだって、私を騙して巡礼させたり、クラスメイトを騙して襲わせたり、変な黒い人を差し向けて来たり……あの人には、もう普通というものが通用しません!

「そうだ、わからない。だが、今はわかっているじゃないか」
「そうだね。わかっているうちに一気に叩く。これが一番手っ取り早い。だから、武闘大会で私達が圧勝すれば、もう二度と絡んでこないだろう」
「そもそも……あいつは歴代の王族の中でも魔法の才能はピカイチで、それでチヤホヤされてるみたいだから、俺達に負けたら王族にとって、奴の価値がなくなるかもしれない。それはそれで笑い話になりそうだが」
「うぅ……でも……」

 仰っている事はわかっています。裏で卑怯な事をしてきた相手が、同じフィールドに立ったんだから、叩きのめせって事ですよね。

 でも、私は荒事はしないでほしいです。傷は治せますが、それまでとても痛くて苦しいですし、最悪死んだらどうにもならないんです。

 もしそんなのがお二人の身にあったら……!

「うぷっ……!」
「おい、大丈夫か?」
「…………」
「顔色が酷いね。お手洗いに行っておいで。私達はここで待ってるから」
「…………」

 無言で頷いた私は、そのままお手洗いに駆け込みました。危うくお二人にお見せできないものを見せてしまうところでした。

 でも……仕方ないじゃないですか。怪我で苦しんでる姿を想像したら、気分が悪くなってしまったんです。

「ふぅ……危なかった……それにしても、クラス様の言葉が正しいなら、アンドレ様は私が気に入らなくて、こんな卑劣な事をしているんですよね……なら、私がいなくなれば、アンドレ様は私を追いかけて来て……ベルモンド家に関わらなくなるかもしれない」

 ……つまり、私がここからいなくなれば、少なくともベルモンド家にご迷惑をおかけする事は無くなるわけですよね。

 本当は、拾ってもらったご恩を、回復術師になって恩返しをするつもりだったんですが、それが出来なかった挙句、余計ご迷惑をおかけしてるんですから……もう私の居場所なんて無いですよね。

「…………決めた。今日、屋敷を出ていこう」

 私を家族と認めてくれたグザヴィエ様、セシリー様、クリス様、そして……私の愛するジーク様。あなた達の好意を踏みにじるような事をする私をお許しください……愚かな私には……これしか方法がないんです……。


 ****


「よし、荷物は持ったし、ずっと貯金していたお小遣いもある。これで少しは食べていけるはずです」

 同日の夜中、光源がロウソク一本だけの自室で、旅立つ準備をしていました。この時間は自由時間で、就寝の準備でメイド様がいらっしゃるまで、一人でいられるんです。この間に準備をしてました。

 屋敷を出ていくと決めた以上、一日でも早く出ていかないと。そうじゃないと……決意が鈍ってしまうので……。

「あっ……これも持っていこうかな」

 実はここに来て間もなく、一枚の小さな絵を描いてもらったんです。ベルモンド家の四人に囲まれて、笑顔で控えめにピースをしている私の姿があります。

 あの時は……こんな風になるなんて思ってもなかった……もっと平和で、仲良く……今日も特に何もなかったねって言えるような日々を送りたかっただけなのに。

「……みなさん、申し訳ございません。私は……満足に恩返しもできませんでした……私がいないほうが、皆さんの為になると思うので……ここでお別れです」

 別れの手紙を残して、私は窓から屋敷を飛び出しました。

 外はあいにくの雨――でも、これのほうが匂いで追跡とかされないから、ある意味幸運かもしれません。

 えっと、見張りはあそこにいたら……次はそっち……よし、それなりに住んでたおかげで、警備事情も把握済みです! 無駄にある記憶力が活きました!

「よいしょっ」

 何とか門をくぐった私は、もう一度ベルモンド家の方を向くと、深く深くお辞儀をしました。

 ……今まで大変お世話になりました。皆様に拾われてからの時間は、人生で一番幸せで、私の宝物です。本当は恩返しが出来ればよかったのですが……私がいると不幸になってしまいます。だから……私は皆様の為に屋敷を出ます。

「ぐすっ……みなさん、お元気で……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されて無職、家無しになったので、錬金術師になって研究ライフを送ります

かざはなよぞら
恋愛
 ソフィー・ド・セイリグ。  彼女はジュリアン王子との婚約発表のパーティー会場にて、婚約破棄を言い渡されてしまう。  理由は錬金術で同じ学園に通うマリオンに対し、危険な嫌がらせ行為を行っていたから。  身に覚えのない理由で、婚約破棄を言い渡され、しかも父親から家から追放されることとなってしまう。  王子との婚約から一転、ソフィーは帰る家もないお金もない、知り合いにも頼れない、生きていくことも難しいほど追い詰められてしまう。  しかし、紆余曲折の末、ソフィーは趣味であった錬金術でお金を稼ぐこととなり、自分の工房を持つことが出来た。  そこからソフィーの錬金術師としての人生が始まっていくのだ――

【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!

隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。 ※三章からバトル多めです。

【完結】期間限定聖女ですから、婚約なんて致しません

との
恋愛
第17回恋愛大賞、12位ありがとうございました。そして、奨励賞まで⋯⋯応援してくださった方々皆様に心からの感謝を🤗 「貴様とは婚約破棄だ!」⋯⋯な〜んて、聞き飽きたぁぁ! あちこちでよく見かける『使い古された感のある婚約破棄』騒動が、目の前ではじまったけど、勘違いも甚だしい王子に笑いが止まらない。 断罪劇? いや、珍喜劇だね。 魔力持ちが産まれなくて危機感を募らせた王国から、多くの魔法士が産まれ続ける聖王国にお願いレターが届いて⋯⋯。 留学生として王国にやって来た『婚約者候補』チームのリーダーをしているのは、私ロクサーナ・バーラム。 私はただの引率者で、本当の任務は別だからね。婚約者でも候補でもないのに、珍喜劇の中心人物になってるのは何で? 治癒魔法の使える女性を婚約者にしたい? 隣にいるレベッカはささくれを治せればラッキーな治癒魔法しか使えないけど良いのかな? 聖女に聖女見習い、魔法士に魔法士見習い。私達は国内だけでなく、魔法で外貨も稼いでいる⋯⋯国でも稼ぎ頭の集団です。 我が国で言う聖女って職種だからね、清廉潔白、献身⋯⋯いやいや、ないわ〜。だって魔物の討伐とか行くし? 殺るし? 面倒事はお断りして、さっさと帰るぞぉぉ。 訳あって、『期間限定銭ゲバ聖女⋯⋯ちょくちょく戦闘狂』やってます。いつもそばにいる子達をモフモフ出来るまで頑張りま〜す。 ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 完結まで予約投稿済み R15は念の為・・

追放された令嬢は英雄となって帰還する

影茸
恋愛
代々聖女を輩出して来た家系、リースブルク家。 だがその1人娘であるラストは聖女と認められるだけの才能が無く、彼女は冤罪を被せられ、婚約者である王子にも婚約破棄されて国を追放されることになる。 ーーー そしてその時彼女はその国で唯一自分を助けようとしてくれた青年に恋をした。 そしてそれから数年後、最強と呼ばれる魔女に弟子入りして英雄と呼ばれるようになったラストは、恋心を胸に国へと帰還する…… ※この作品は最初のプロローグだけを現段階だけで短編として投稿する予定です!

【完結】公爵家のメイドたる者、炊事、洗濯、剣に魔法に結界術も完璧でなくてどうします?〜聖女様、あなたに追放されたおかげで私は幸せになれました

冬月光輝
恋愛
ボルメルン王国の聖女、クラリス・マーティラスは王家の血を引く大貴族の令嬢であり、才能と美貌を兼ね備えた完璧な聖女だと国民から絶大な支持を受けていた。 代々聖女の家系であるマーティラス家に仕えているネルシュタイン家に生まれたエミリアは、大聖女お付きのメイドに相応しい人間になるために英才教育を施されており、クラリスの側近になる。 クラリスは能力はあるが、傍若無人の上にサボり癖のあり、すぐに癇癪を起こす手の付けられない性格だった。 それでも、エミリアは家を守るために懸命に彼女に尽くし努力する。クラリスがサボった時のフォローとして聖女しか使えないはずの結界術を独学でマスターするほどに。 そんな扱いを受けていたエミリアは偶然、落馬して大怪我を負っていたこの国の第四王子であるニックを助けたことがきっかけで、彼と婚約することとなる。 幸せを掴んだ彼女だが、理不尽の化身であるクラリスは身勝手な理由でエミリアをクビにした。 さらに彼女はクラリスによって第四王子を助けたのは自作自演だとあらぬ罪をでっち上げられ、家を潰されるかそれを飲み込むかの二択を迫られ、冤罪を被り国家追放に処される。 絶望して隣国に流れた彼女はまだ気付いていなかった、いつの間にかクラリスを遥かに超えるほどハイスペックになっていた自分に。 そして、彼女こそ国を守る要になっていたことに……。 エミリアが隣国で力を認められ巫女になった頃、ボルメルン王国はわがまま放題しているクラリスに反発する動きが見られるようになっていた――。

虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。

ラディ
恋愛
 一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。  家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。  劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。  一人の男が現れる。  彼女の人生は彼の登場により一変する。  この機を逃さぬよう、彼女は。  幸せになることに、決めた。 ■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です! ■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました! ■感想や御要望などお気軽にどうぞ! ■エールやいいねも励みになります! ■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。 ※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

【短編】追放された聖女は王都でちゃっかり暮らしてる「新聖女が王子の子を身ごもった?」結界を守るために元聖女たちが立ち上がる

みねバイヤーン
恋愛
「ジョセフィーヌ、聖なる力を失い、新聖女コレットの力を奪おうとした罪で、そなたを辺境の修道院に追放いたす」謁見の間にルーカス第三王子の声が朗々と響き渡る。 「異議あり!」ジョセフィーヌは間髪を入れず意義を唱え、証言を述べる。 「証言一、とある元聖女マデリーン。殿下は十代の聖女しか興味がない。証言二、とある元聖女ノエミ。殿下は背が高く、ほっそりしてるのに出るとこ出てるのが好き。証言三、とある元聖女オードリー。殿下は、手は出さない、見てるだけ」 「ええーい、やめーい。不敬罪で追放」 追放された元聖女ジョセフィーヌはさっさと王都に戻って、魚屋で働いてる。そんな中、聖女コレットがルーカス殿下の子を身ごもったという噂が。王国の結界を守るため、元聖女たちは立ち上がった。

処理中です...