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第二十話 花の昼食

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 ジーク様と教室を出た私は、沢山の人で賑わう廊下を、キョロキョロと眺めながら進んでいきます。ちなみに私の手には、昼食用に屋敷のコック様に持たされたバスケットがあります。

 正直、こんなにたくさんの人が集まっていると、怖いといいますか……視線を変に集めちゃってますし……怖くてジーク様の服の裾を離す事が出来ません。

「あ、あの……なんか見られてませんか?」
「朝の一件のせいで、無駄に注目を集めたのだろう。だが問題は無い……何があっても俺が守る」

 淡々とした言葉のはずなのに、ジーク様の言葉は凄く頼りがいがあるものでした。おかげで、全てとは言えませんが……恐怖が無くなりました。

「さて、兄上は教室か……?」
「クリス様の教室ってどこなんですか?」
「一つ上の階だ。俺が場所がわかるから問題無い」
「わかりました。じゃあ早く行きましょう! 昼食の時間も限られてるんですよね?」
「その通りだ。そういえば……音楽室や体育館などの場所を言ってなかったな……放課後に案内しよう」
「いいんですか? ありがとうございます!」

 わぁ! 放課後にわざわざジーク様にジェニエス学園の案内をしてもらえるなんて、私はなんて幸運なのでしょう!

 ……って、ジーク様に頼りっぱなしでどうするんですか私は! ちゃんと一人ぼっちで寂しくならないように、一緒にいるだけじゃなくて楽しませてさし上げないと!

「あ、ジーク君! お兄さんを探しているの?」
「……ああ」
「えっと……彼女は?」
「兄上のクラスメイトだ」
「そ、そうなんですね。はじめまして、シエル・マリーヌと申します。クリス様やジーク様にはお世話になっています」
「あはは、丁寧にありがとう! それでね、さっきクリス君が生徒会の人に呼ばれて、急いで出ていったの。何か急用だったみたいだよ!」

 急用……ですか。それでは一緒に昼食をいただく事は出来ないですね……残念です。あ、ジーク様と二人きりが嫌なわけじゃないですよ!

「そうか、そろそろあの時期だから……その準備に追われ始めたか……それなら仕方がない。シエル、一緒に食堂……は人が多すぎて好ましくないか。あまり人がいなくて良い場所がある。そこで昼食にしよう」
「わかりました。それでは失礼します!」
「まったね~」

 クリス様のクラスメイトの方に頭を深々と下げてから、私はジーク様の後を追って再び歩き出します。

 それにしても、ジーク様はどこに連れていってくれるのでしょうか? ちょっぴり楽しみです。

「ここだ」
「……っ!」

 ジーク様が連れて来てくれたところは、大きな花壇が広がる庭でした。お母さんがいるお花畑の規模よりは小さいですが、それでも立派なお花が沢山あります。

 近くにはベンチもいくつか置いてあるので、ここに座って食べられそうです。

「珍しく今日は先客がいないな……シエル、こっちだ」
「はいっ」

 ジーク様は全体的に見渡せるベンチに渡しを連れていくと、ポケットから白いハンカチを出し、それをベンチに敷いてから座らせてくれました。

 こうすれば汚れないかもしれませんが、過保護すぎですよ……嬉しいですけど!

「それじゃあ、食べるか」
「そうですね。これ、コック様から預かった料理です」
「ああ……三人分だから、量が多いな。それに俺は少食だから、こんなに食べられない」
「なら私が頑張ります! いただきまーすっ!」

 私は元気よく挨拶をしてから、お弁当の蓋を開けました。そこには綺麗に敷き詰められたサンドイッチやおかずの数々に、思わず感嘆の息を漏らしました。

「もぐもぐ……お、おいしぃ~! ジーク様、このサンドウィッチ美味しいですよ! 食べてみてください!」

 コック様の料理はいつもおいしいですが、こうして静かで景色の良い所で食べると格別ですね!

「ああ、食べてるから心配するな」
「一口しか食べてないじゃないですか! 私はもう二切れも食べましたよ!」
「早すぎる……俺は食うよりも、食って喜んでるお前を見てる方が有意義だ」
「え? 見てても面白くないですよ?」
「面白いとかそういう問題じゃない。俺がそうしたいだけだ」
「そ、そうなんですか?」

 私の食事姿の何に魅力を感じたのでしょう? 私のような身分の低い人間には、高貴な人間であるジーク様のお考えは、理解できないのかもしれません。

 でも、今は出来なくても、いつかはちゃんと理解して見せます! そうすれば、また別の方法で恩返しをする方法が見つかるかもしれないので!

「それにしても……お前、前々から思ってたが……よく食べるな」
「そ、そうですか? スラムの時は貧しかったですし、巡礼の移動中は食べる事しか楽しめるものが無い時があったので……たくさん食べるようになったのかもしれません」

 あまり話すような内容ではないので、ジーク様には内緒ですが……スラムにいる頃は、お母さんの薬を買った後、残った僅かなお金で微々たる量の食料を買ってました。足りない時はゴミを漁ったり、落ちている物を拾って生きていました。そうしないと、生きていけなかったんです。

 巡礼中は楽しめるものが少なかったとはいえ、従者様にたくさん食べないと過酷な旅路で生き残れないと言われた事と、今まで食べられなかった反動で、たくさんたくさん食べてました。結果……ちょっぴり大食いになっちゃったみたいです……恥ずかしい。

「……そうか。それならたくさん食べろ」
「はいっ! あ、でも……食べ過ぎたら太っちゃう……」
「あまり気にするな……と言いたいが、女特有の悩みなのだろう。一つだけ言っておくなら、どんな姿形になっても、俺はお前を見捨てないとだけ言っておく」
「ジーク様……」

 こういう事をサラッと言える男の人ってカッコいいです。私もいつかはサラッと気を利かせたカッコいい事が言えるようになれるでしょうか?

「だからと言って、食べ過ぎは良くないが。太る以前に……健康に悪い」
「うっ……それを言われると耳が痛いです……で、でも! ジーク様も食べなさすぎは良くないですよ!」
「……まあ、そうだな……善処する」
「本当に善処するんですか……?」
「他ならないお前の忠告だからな。赤の他人なら聞く耳は持たない」

 私だからって……ど、どういう事でしょうか? それだと、私が特別のように聞こえるんですが……さすがに自信過剰ですよね!

「じゃ、じゃあ早速食べましょう! はい!」
「あ、ああ……」

 私はサンドイッチをジーク様に手渡すと、ゆっくりと食べ始めました。

 ……そ、想像以上にゆっくりですねジーク様!? 一度に食べる量も少ないですし、これでは明日になってしまいます!

 こういう時は……そうだ! ジーク様には申し訳ないですが、少し強引にいかせていただきます!

「ジーク様、はいあーん」
「あ、ああ……? お前は何を言っているんだ?」
「ジーク様にお任せしていたら、明日になってしまいそうなので、私がお手伝いをします! だから、あーん!」
「………………………………………………あーん」

 凄く長い間の後、何故か顔を真っ赤にさせたジーク様は、小さなお口でサンドイッチにかぶりつきました。

 これでは先程と変わりません! もっと大きい口で食べてもらわないと!

「もっと大きな口で! あーん!!」
「くそっ……こうなったらヤケだ……あーん!!」

 普段のジーク様とは思えないくらい、大きなお口を開いてサンドイッチにかぶりつきました。

 よかったよかった、これを続けていけば、ちゃんとたくさん食べて栄養が摂れますね。

「うぐっ……」
「ど、どうかされましたか?」
「量が……多くて……噛めない……」
「えぇ!?」

 そんなに沢山食べてるように見えなかったんですけど!? ど、どど、どうしようどうしよう!

「落ち着いて、ゆっくり噛んでください! 駄目そうならペッ! していいですから!」
「うぅ……んぐっ……ごくんっ」

 かなり苦しそうな表情をしていたジーク様は、なんとかサンドイッチを飲みこむ事が出来たみたいです。

 はぁ……ジーク様に沢山食べてもらおうと思ったら、こんな事になっちゃった……私の馬鹿……ぐすん。

「……ふー……」
「こ、今度はどうされたんですか?」
「さすがに一気に食ったら……腹が……」
「大変! すぐ治しますから!」
「そんな大げさな……あ、おい!」

 私はジーク様の制服を一部脱がせてお腹の確認を――す、すごい筋肉……こんなになるまで、一体どれほどの鍛錬を積んできたんだろう……?

「おい、何ジッと見ている?」
「あ、いえ……痛いのはこの辺ですか?」
「ああ……」
「じゃあ、ジッとしててください」

 私の聖女の力である回復魔法を使う為に、まず痛い所に手を当てます。そして、そこに回復魔法の魔力を集中させていきます。その証拠に、ほんのりと白い光がわたしの手を包んでいます。

 そして、その光は患部をも優しく包み込んでいき……光が収まる頃には。

「……痛く、ない」

 このように、傷が病気が治っているんです。四肢が切断されたとか、首を切り落とされたとか、そういった類は治せませんが……それでも大体の事は治せます。

 今回は軽症だったから、すぐに治ったみたいで良かったです。

「本当はいけない事なんだが……まあバレなければいいか。ありがとう、シエル」
「お礼なんて言わないでください。私のせいですから……」
「だが、俺の事を考えての事だろう?」
「……はい」
「なら俺は感謝を述べるだけだ」

 ほんの少しだけ口角を上げながら言うジーク様。その表情や、私を許してくれる優しさが素敵で、思わず胸が高鳴ってしまいました。

「だが、さすがにあれは勘弁してほしい……」
「あれ?」
「いきなりの……あ、あーんは……心臓に悪い」
「……? んー……あぁ!!」

 最初は何を言っているのかわからなくて、素っ頓狂な顔をしていた私ですが、わかった瞬間に顔に火がついたみたいに熱くなりました。

 そ、そうですよ私! 食べてほしくてつい……あ、あーんなんて……!!

「も、申し訳ございません!!」
「いい。お前のなら……悪くない」
「それって……?」
「さて、そろそろ昼休みも終わりだ。戻るぞ」
「え、もうそんな時間!? お弁当残っちゃってる……」

 残すなんて、絶対に許されません。私は気合を入れてから、残ったお弁当を一気に平らげました。

 ふー……ギリギリいけました。コック様が作ってくれたお弁当を残すなんて、コック様に申し訳ないじゃないですか。だから、ちゃんと食べます!

「凄いな……お前らしいというか……」
「えへへ……」
「それだけ食べた後では、動くのが大変だろう……ゆっくり戻るぞ」
「授業、間に合いますか?」
「何とかなるだろう」

 フッと余裕そうな表情を浮かべるジーク様と共に、私は教室へと戻ります。その途中、お弁当の話や花壇の話をして過ごしました。

 こんなに幸せで静かで心に残る昼食は初めてかもしれません。やっぱり……ジーク様と一緒にいるのはとても幸せです。

 そうだ、今度こそクリス様も一緒にあそこで食べて、この幸せを三人で分かち合いましょう! そうすれば、ほんの少しは恩返しになるかもしれません!
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