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第六話 広大な花畑にて永遠の眠りを

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「おはよう。シエル、これから一緒に出かけるぞ。お前の母上も連れていくのを忘れるな」
「おはようございま……え、は……はい……?」

 翌日の早朝、私は身支度を終えてこれからどうしようかと考えていると、突然ジーク様がやって来て、私を屋敷の外へと連れだしました。

 今日はとてもいいお天気。こんな空の下をお散歩したら気持ちよさそう……じゃなくて、どうして私は急に外に連れ出されたのでしょう? 既に馬車も用意されてますし……。

「ジーク様、一体どこに行くんですか?」
「だからジークでいいと……まあいい。着けばわかる」
「そうですけど……どうしてお母さんも?」
「それも後でわかる」

 答えらしい答えを得られないまま、私はジーク様の手を借りて馬車に乗ると、そこにはクリス様が先におられました。にこやかに笑いながら、私に手を振っています。

「おはようシエル。昨日はよく眠れたかな?」
「おはようございます。おかげさまでぐっすりでした。あんなフカフカで大きいベッドで寝た経験無くて」
「巡礼で来た時は、別の場所に寝泊まりしていたんだったね。気に入ってもらえたなら何よりだよ」
「それで……クリス様も一緒に行かれるんですか?」
「ああ。こういうのはちゃんとした方が良いからね。本当は父上と母上も一緒に来たがってたが、どうしても仕事が外せなかったそうだ」

 ちゃんとした方が良いって……益々わからなくなってきました。お二人の事ですから、変な所に連れていかれるという事は無いでしょうけど……。

「なに、そんなに遠くないからすぐに着くだろう……って、なんでそんなに落ち着きがないんだい?」
「ど、どこに連れていってくれるのか何も聞いてないので……」
「ジーク、お前何も言ってないのか?」
「…………」
「全くお前は。まあ危険な所ではないから安心していいよ」

 クリス様にもそう言われても、結局落ち着けなかった私は、ソワソワしながら馬車に乗ってると、窓から見える景色がいつの間にかガラリと変わってました。

「凄い……お花畑!?」
「……ああ」
「凄いだろう? ベルモンド家が所有する広大な花畑なんだ。様々な花が咲いているのさ」

 こんなに多くのお花を管理するのは、凄く大変な事でしょう。しかも素人の私が見ても、手入れが行き届いてると分かるほど、お花達はキラキラと輝いて見えます。

「これを私とお母さんに見せるために、ここまで連れて来てくれたんですか?」
「間違っては無い……が、目的は他にある」
「そうだね。目的地に着くまで、暫しの間は鑑賞を楽しんでくれ」
「わかりました。あの、窓を開けてもいいですか?」
「私はいいが……構わないか、ジーク?」
「構わん」

 二人の許可をもらった私は、窓をゆっくりと開ける。すると、暖かい風と共に、お花のいい香りが、私の鼻腔をくすぐりました。

「あの、お散歩してきていいですか!?」
「もう到着するから、散歩はその後にして欲しい」

 そう言われては仕方ないので、私は外を見ながらボーっとしていると、なんだか眠くなってきました。ちょっとだけ寝ちゃっても大丈夫でしょうか……?

「眠いなら寝ていていいよ、着いたら起こしてあげるから」
「ご、ごめんなさい。まだ巡礼の疲れが取れてなくて……」
「それは……仕方がない。ほら、寝てろ」
「ほひゃあ!?」

 座って寝ようとしていた矢先、私はジーク様に引っ張られて、彼の膝の上に頭を乗せられました。これっていわゆる膝枕ですよね……?

 膝枕……ひざまくら……ヒザマクラ……膝枕!?!!?

「あ、あのちょっと!?」
「大人しく寝てろ」
「そう言われましても……正直緊張しちゃって……」
「ジークは愛想が無いうえに、少々顔が怖いから、緊張するのも無理はないね」
「生まれつきだからどうしようもならない」

 ジーク様は結局私を膝の上に乗せると、そのまま優しく頭を撫で始めました。ちょっとだけ眠かったのが、安心感で余計に……。

「寝たようだ。よほど疲れていたのだろう」
「そのようだ。ところでジーク、先程何故窓を開けても良いと言った? 花の匂い、苦手だったのだろう?」
「ああ。だが、シエルが望んだから開けた。それだけだ」
「やれやれ、我が弟ながら、回り道過ぎてやや不安になるな」
「なにがだ? 今日の道、なにか間違ってるのか?」 
「物の例えだ。お前は随分シエルの事を気にしているようだな」
「当然だ。恩人だからな」
「……まあそういう事にしておこう」

 なんでしょう……どこからか、お話してる声がぼんやりと聞こえてくるんですけど……ね、眠くて目が明かなくて……すやぁ……。


 ****


「起きろ、着いたぞ」
「ふぁ~……ふぁふゅ!?」

 起こされて目を開けたら、目の前にジーク様の姿がありました。突然の事すぎて、変な声が出てしまいました……。

「よく眠れたか?」
「は、はい。おかげさまで……」
「着いたから、降りるといい。手を出せ」
「ありがとうございます」

 再びジーク様の手を借りて馬車を降りると、そこは小高い丘でした。そして、そこから見える景色に圧倒されてしまいました。

 そこにあったのは……一面の赤いバラ達。こんなにたくさんのバラは見た事がないからか、少しだけ恐怖を覚えてしまうくらい壮観です。

「凄いバラ園ですね……!」
「ここ一帯はバラが集まっている。それと、あれを見てくれ」
「これは……綺麗な墓標……あっ……!」

 丘にぽつんと立つ、ピカピカの墓標に目をやると、そこにはアンヌ・マリーヌと彫られてありました。

「もしかして……お母さんのお墓!?」
「ああ。父上に頼んで、急いで準備してもらった。なるべく早くゆっくり眠らせてあげた方が良いと思ってな。迷惑だったか?」
「迷惑だなんて、絶対に思いません。こんなにして貰えて、嬉しいのと申し訳ない気持ちで……なんだかぐちゃぐちゃで」
「申し訳ないなんて思う必要は無いさ。これも恩返しの一つだからね。さあ、一緒に彼女を運んであげよう」

 私は一度馬車の中に戻ると、お母さんを抱っこして馬車から降りました。

 お母さん、見える? お母さんもお花、大好きだったもんね。今日から沢山のお花の香りに包まれて、静かな眠りにつけるからね。

「お母さん……今まで私を育ててくれて、ありがとう。お別れに立ち会えない、親不孝者でごめんね……」
「シエル……」
「私はきっと大丈夫だから。だからね、安心して眠って、お花を楽しんでね。また会いに来るから……その時まで、おやすみなさい」

 ジーク様とクリス様の手伝いの元、私は墓地にお母さんの遺骨を静かにしまってから、別れの挨拶を伝えました。

 心残りがないとは言いません。ですが、ベルモンド家のおかげで、こんな立派で美しいお墓で眠れると思うと、少しだけ心が軽くなります。

「ジーク様、クリス様。今日はありがとうございました。ううん、ベルモンド家の皆様全てにお礼を言わせてください」
「……気にするな」
「そうだね。大恩人に恩返しをするのは、当然の事だからね」

 たまに聞く言葉で、大恩人だからというものがあります。ですが、これでは私の方がどんどん恩返しをされて、良くなっていくだけです。

 私は、恩返しをされて、あぐらをかいて座ってるような事はしたくありません。恩返しだろうがなんだろうが、していただいた事へのお返しはしたいです。

 でも……お返しって、一体何をすればいいんでしょう? ベルモンド家は凄い家ですから……私の思いつくものなんて、みんな持っているでしょうし……困りました……。
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