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第十五話 奇襲

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 同日の夕方、私は訓練場の隅っこで見学をして過ごしました。私には訓練の大変さとかはわかりませんが、彼らが国の為に必死に鍛えている姿は、とても素晴らしいものでしたわ。

 特に、カイン様の頑張りは、何度見ても素晴らしいです。指導の質も良いですが、誰と組み手をしても圧倒的なその実力は、感嘆の息が漏れてしまうほどです。

 あんな素晴らしい方に指導してもらってるのに、それでもカイン様と彼らの間に壁があるという事は、彼らの中でヴァンパイアというものが、よほど気になるんでしょう。

 彼らの気持ちも、全くわからないというわけではありません。異形の血が入っている人間が目の前にいたら、警戒するのも無理はありません。

 ですが、それを乗り越えて歩み寄ろうとすれば、きっとわかりあえるはずです。私はそう信じておりますわ。

「カイン様、お疲れ様ですわ。はい、タオルをどうぞ」
「ありがとう。ふぅ……部下達が日に日に成長していくから、相手をするのも大変だよ」
「ふふ、それは嬉しい悲鳴ですわね」

 タオルで顔を拭くカイン様の表情は、とても晴れやかで、嬉しさがにじみ出ておりました。それほど皆様の成長が嬉しいのでしょう。

 そんなカイン様を見ていると、なんだか私まで嬉しく思ってしまいますわ。

「そうだね。それじゃあ帰ろう……と言いたいんだけど、急用が入ってしまってね。待っててもらって申し訳ないんだけど、先に帰っててもらえないか?」

 まあ、それは残念ですわ。一緒に帰るつもりでいたんですが、急用というなら仕方がありません。

「わかりました。ではお先に失礼させていただきますわ」
「うん、本当に申し訳ない。この埋め合わせは必ず」
「そんな重く考えなくてもよろしくてよ。ではまた後で」

 カイン様と別れた私は、来た時に馬車が止まった所に向かうと、そこには一台の馬車が停まっていました。

「マシェリー様、お帰りなさいませ。坊ちゃまは?」
「急用で残ると仰ってましたわ」
「左様ですか。では先にお送りいたします」
「ありがとうございます」

 御者にお礼を言ってから、馬車に乗り込んだ私は、モコを膝に乗せてのんびりと窓の外を眺め始めました。

 ……カイン様が一緒と思っていたのに、一人ぼっちだとなんだかとても静かに感じてしまいますわね。

「なんだか少し眠くなってきました……」
「ふぁ~……」
「モコったら、そんな大きなあくびをして。あなたも眠いの?」
「くぅん」

 そうだよと返事をしているんじゃないかと錯覚してしまうようなモコの態度に、私は思わず笑みが零れてしまいました。

 私も少しだけ休ませてもらおうかしら。今日はお城まで歩いたり、訓練を見学したりで、疲れてしまったの。いつもの症状が出ないのが不思議なくらいだわ。

「はふぅ……あら?」

 ウトウトしていたら、馬車が急に止まりましたわ。おかしいですわね……まだ屋敷に着くには早すぎます。

 そう思った矢先、馬車の中に誰かが飛び込んできました。そして……それから間もなく、私の意識は闇に沈みました――


 ****


「……うぅ……」

 ゆっくりと目を開けると、そこは広い洞窟の中でした。変にひんやりとしていて、少し不気味な雰囲気を醸し出しています。

 どうしてこんな所に……早くここを離れないと……あ、あれ? 体が縄で縛られていますわ!? 何がどうなっておりますの!?

「よう、お目覚めか」
「あなた方は……どうして!?」

 聞き覚えのある声に反応して顔を上げると、そこにはカイン様の陰口を言っていた兵士達三人がいました。

 まさかとは思いますが、彼らが私をここに……!? この状況では、そうとしか思えませんわ!

「あなた達、何が目的ですの! それに……モコは!? 私と一緒にいた犬はどこにやったんですか!?」
「お前を人質にして、カインの野郎に騎士団長を降りるように命令するんだよ。ああ、犬についてだけど……俺らに噛みついてきたから、その場で蹴り飛ばしておいたぜ」

 スキンヘッドの男性が、私の顎に手を当てて無理やり顔を上げさせながら、不敵な笑みを浮かべました。

「私の家族になんて事を……! それに、カイン様を騎士団長から降ろすですって!?」
「あんなバケモノに騎士団長なんて任せてたら、この国は終わっちまうだろ? だからお前を利用させてもらったのさ」
「カイン様はバケモノではありませんわ!」

 私の大切な家族に暴力を振るい、カイン様を陥れようとするだなんて、とことん性根が腐っておりますわ! 絶対に許せません!

「別にお前の意見なんか求めてないんだよ。お前は大人しくしてればいい。なんなら暇つぶしに俺らと遊んでくれるか?」
「っ……!!」

 顎から頬へと移動した手に、私は思い切り噛みつきました。それが気に入らなかったのか、彼は私の顔を思い切り殴りつけてきましたわ。

「この野郎、自分の立場がわかってないのか!?」
「ええ、わかっておりますわ。私は恩人と家族の為に、あなたに反抗したのです! 言っておきますが、暴力を振るったところで、私は絶対にあなた方には屈しませんわ! わかったら、早く解放して自首をしなさい!」
「ふん、もっと痛めつけてそのよく喋る口を閉じさせてやる!」

 そう言うと、スキンヘッドの男性は剣を鞘から取り出し、私の顔に目掛けて振り下ろしてきました。

 しかし、その剣先は私に当たる事は無く、頬を少々掠める程度でした。

「どうだ、もう一度反抗的な態度を取ったら……わかってるな?」
「そうやって脅して……本当に情けない。あなた方では、カイン様の足元にも及びませんわ!」

 そこまで言われてついに我慢の限界が来たのか、彼は持っていた剣をもう一度振り上げました。

 ……これは、ここまでかもしれませんわね。でも……私の命で、カイン様が不当な扱いをされなくて済みます。そんな目に合うのは、私だけでいいですから。

 そう思い、私は目を閉じました。しかし、私の耳に聞こえてきたのは、体を引き裂く音ではなく、金属が地面にぶつかったような音でした。

「ぐあっ……こ、これは……!?」
「え……?」

 ゆっくりと目を開けると、彼の手に赤黒い短剣のようなものが突き刺さっていました。これのせいで、剣を持てなくなって、地面に落としてしまったのでしょう。

 ですが、これは一体何? どう見ても普通の金属には見えませんが……。

「随分と賑やかだな。ぜひ俺もまぜてくれないか?」
「ど、どうして……この場所がわかったんだ……騎士団長!!」
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