上 下
14 / 35

第十四話 恥を知りなさい!

しおりを挟む
「このっ……! てめえ、なにしやがる!」
「いきなりビンタだなんて、いい度胸してるじゃねえか!」
「ウー……ガウガウ!! ウー!!」

 足元で、私を守ろうと吠えてくれているモコですが、今の私には、それを叱るほど、心に余裕はありませんでした。

 今、心にあるのは……怒りだけですから。

「いい加減にしなさい! あなた達、カイン様がどれだけ頑張っているのか知っていますの!? 毎日遅くまで騎士団の仕事をし、訓練だって指示を出すだけではなく、一人一人と向き合って訓練する! それがどれだけ体力を消費するか! それなのにあなた達は、見た目や血といった、目で見たものでしか他人を判断していない! 本当に浅はかで愚かですわ……恥を知りなさい!!」
「こいつ、何様のつもりだ!」

 私を威嚇するように、彼らは物凄い形相で睨みつけてきますが、そんなので怯む私ではありませんわ。

「名乗る名などありません。とにかく、あなた達のような人間には、カイン様を悪く言う資格はありません。わかったら……二度とそのような口をきかないように。二度とですわ!」
「舐めやがって……!」

 三人程いる兵士の一人が、私に掴みかかろうとしてきましたが、私は一切微動だにせずに仁王立ちをします。だって、ここで引いたらさっきの言葉の重みが無くなってしまいますもの!

「君達、何をしているんだ?」
「カイン様!」

 まさに完璧なタイミングで間に割って入ったカイン様は、いつもよりも低い声で彼らに問い詰めます。お顔は私の所からでは見えませんが、見えなくて正解かもしれません。

「隊長、こいつが急に来て、俺達にたてついたんですよ!」
「……お前達、昼食抜きで城下町を二十周」
「はぁ!? この女にはお咎めなしっすか!? 自分達は被害者っすよ!?」
「民間人に手を出すような行為など、言語道断だ。マシェリーには俺から話をする。いいから行ってこい」
「ちっ……バケモノが……」

 カイン様がそう仰ると、彼らはわざとらしく舌打ちをしてから、その場を後にしました。

 最初から最後まであの態度……仮に私にするのなら理解できますが、相手は上官のカイン様ですのよ? こんな態度を取って許されるなんて、意味がわかりませんわ。

「まさかマシェリーが来るとは、思っても無かったよ。それと、俺のために怒ってくれてありがとう」
「怒られる事はあっても、礼を言われる資格なんて……私、頭に血が上って……その……」
「気にしなくていい。全く、民間人に手を出そうとするなんて……許してほしい」
「ええ、私もこれ以上言うつもりはございませんわ」

 本当はもっとお説教をして、カイン様に直接謝罪をさせたいですが、ご本人がこう仰ってる以上、私が口出しするべきではありませんわね。

「そうだ、これを届けに参りましたの。お弁当、忘れていったでしょう?」
「わざわざ届けてくれてありがとう。いつも騎士団の隊長室で食べてるんだが……良かったら一緒にどうだ?」
「そうですね。ではご相伴にあずかりますわ。モコも食べるよね?」
「ワンッ」
「では行こうか」

 カイン様の案内の下、騎士団の隊長室へとやって来た私は、持ってきたお弁当を広げました。

 私の気のせいかもしれませんが、少し量が多くありませんか? カイン様って、あまり食べない印象を持っていたので、少々意外ですわ。

「マシェリー、この野菜はとても体に良いんだ。是非食べてほしい」
「まあ、そうですのね。もぐもぐ……う、苦い……」
「体に良いものは、そういうのが多いから仕方ないさ。ほら、この肉はうまいから口直しをするといい」
「口の中でホロホロと溶けてしまいましたわ! って……あの、カイン様もちゃんと食べてくださいませ。あと、自分で食べられるので……」

 さっきから、カイン様は私に勧めるばかりで、全然食べておりません。それどころか、私の口元に料理を運んでくださって……正直恥ずかしいですわ。

「別に俺の事は気にしなくていい。マシェリーにはたくさん食べてもらって、丈夫になってほしいんだ」
「その気持ちは嬉しいですが、午後も訓練があるのでしょう? 食べて体力をつけないといけませんわ」
「それはそうだけど……俺はマシェリーの方が重要だ」
「私だってカイン様の方が重要です」

 互いに一歩も譲らずに睨み合っていましたが、完全に不毛な争いだと気づいた私達は、それぞれ食事を再開しました。

 なんだか、モコの視線が冷たいような気がするのは、私の気のせいでしょうか?

「そういえば、彼らとは何を言い争っていたんだ? 俺が見た時は、君がビンタをして叫んでいるところからだったんだけど」
「彼らがカイン様の陰口を言っていたので、つい頭に血が上ってしまったんです。元王族とあろう人間が、あんな事をしてしまうだなんて……」

 自分の行いを恥じていると、カイン様が私の隣に立ち、そのまま抱きしめてきました。

 え、えっと……急展開過ぎて、頭がついていけませんわ。カイン様は本当に唐突にこういう事をされるから、心臓に悪いです!

「ど、どうかされましたか? もしかして調子が悪いんでしょうか!?」
「なんていうか、あんなに庇ってもらった事がなくて……戸惑ってるんだけど、凄く嬉しくもあって……だから、何度でも言うよ。ありがとう」

 私の事を強く抱きしめるカイン様。よほど嬉しかったのでしょうか……私にはよくわかりませんが、背中をさすって元気にしてあげましょう。

「でも……暴力を振るう姿なんて、見られたくありませんでしたわ」
「何を言っている。俺にはとても凛々しく、美しく見えたよ」

 きゅ、急に美しいだなんて……そんな事を言われたら、照れちゃいますわ。でも、褒められた内容が、ただの暴力ですからね……なんとも複雑な心境です。

「とはいえ、あんまり彼らを刺激するような事を言っては駄目だよ。俺は慣れてるし、なにがあっても対応できるけど、君は荒事には慣れていないだろう?」
「そうですわね。今後は気を付けますわ」

 気を付けると言ったものの、また近くでカイン様の陰口を叩く輩がいたら、口を挟みにいってしまいそうですわ。ちゃんと自制をしませんとね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

処理中です...