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第七十一話 取り戻した平和な日常

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 あの大事件から数週間後。ようやく私の体は万全まで回復し、セレクディエ学園で三学期を過ごせるようになった。

 私が休んでいる間に、随分と色々なことがあった。その中でも大きな出来事だったのが、ゲオルクとルシアがこの世を去ったことだった。

 ゲオルクに関しては、まあ想定内ではあったのだけど、ルシアが牢の中で亡くなったことが、本当に驚いた。
 聞いたところによると、自分で壁に頭を強く打ち付けて、自らこの世を去ったとの事だ。

 これはあくまで予想だけど、ゲオルクが存在しないことを知って絶望して、自ら命を絶つことで、ゲオルクの元に行ったんだと思う。

 そこまで深い愛情を持っているのだったら、ゲオルクの悪行を手伝うのではなく、正してあげていれば……こんなことにはならなかったかもしれないのに。

 ちなみに、シンシアやミアといった他の人達は、これから裁判が行われて刑が決まるそうだ。
 やったことが国家間を揺るがす大罪だから、最低でも一生獄中生活になるだろうと、エルヴィン様が言っていたけど……私もその通りだと思う。

「アイリーン、久しぶりの授業はどうだったかな?」

 教科書をカバンの中にしまっていると、エルヴィン様がにこやかに片手を上げながら、私に声をかけてきた。

 あの一件の後、エルヴィン様はお父さんとちゃんと話をして、最初に交わした約束通り三年間はセレクディエ学園で生活することが決まり、無事に中退を取り消して一緒に勉強をしている。

「エルヴィン様! はい、とても楽しかったです! ただ……尻尾がさすがに邪魔といいますか、目立ちすぎといいますか……」

 エルヴィン様が学園長にお願いして、特注で制服を用意してくれたのだけど、あまりにも尻尾のボリュームがありすぎて、椅子に座るのが大変なんだよね……。

 事情を知らない人達は、物珍しそうに尻尾をじろじろ見てくるのも、あまり気分のいいものではないしね。

「た、大変ですよね……ただでさえ、尻尾のお手入れって大変ですし……」

「そうなんだよ~! この苦労がわかるのは、尻尾があるソーニャちゃんだけだよ!」

 いつもの癖で、抱きつきながら、互いの尻尾でハグをしあうが、私の尻尾は以前の九倍にもなっている。そのせいで、尻尾だけではなく、ソーニャちゃんの体全部を包み込んでしまった。

「あっ、またやっちゃった!? ソーニャちゃん、ごめん~!」

「うへへ……ふかふかですぅ……」

 既に尻尾のコントロールを間違えて、こうやってソーニャちゃんを包み込んじゃうことは何度もしてしまっているんだけど、どうやら私の尻尾がお気に入りみたいで、凄く喜んでくれる。

 喜んでくれるのは良いんだけど、下手したら窒息する可能性もあるから、あんまりやりたくないのが本音だったりする。

「君達が仲睦まじくしているのを見ると、本当に心が癒されるね」

「エルヴィンさんも、一緒にどうですか? とっても気持ちいいですよぉ……」

「とても魅力的だけど、せっかくなのだからソーニャが堪能するといい。僕は、二人きりの時にするからさ」

「っ……!」

 意味深に笑うエルヴィン様は、私に短くウィンクをする。それを見た私は、顔を真っ赤にさせてしまった。

 エルヴィン様とお付き合いをするようになってから、まだそんなの時間は経っていないけど、尻尾だけではなくて体で包み込みあったり、キスも何度もしている。
 それを思い出しちゃったせいで、ドキドキが止まらなくなっている。

「ひゃあああ……く、くすぐったいれふ~……」

「ご、ごめんソーニャちゃん~!」

 しまった、嬉しさとドキドキで尻尾が揺れちゃって、凄いことになってる! このままじゃ、尻尾の中にいるソーニャちゃんが大変なことに!

「ふう、くすぐったかったですけど、とっても幸せ空間でした……!」

「ソーニャが無事だったところで、そろそろ下校しようか。そうだ、君達が良ければ、最近新しく出来た店に行ってみないかい?」

「そんな、わたしがいたら、お二人の邪魔になっちゃいますよ……?」

「全然邪魔じゃないよ! そうですよね、エルヴィン様?」

「もちろんさ。二人の時間は、ちゃんと別に確保してるから、ソーニャは何も気にしなくていいよ」

「そうですか……? では、一緒に行きたいです……!」

 久しぶりに放課後に寄り道が決まったところで、教室を出ると、学園長に声をかけられた。

「エルヴィン様。先程あなたのお父様の使者がお越しになられまして。授業が終わったら、アイリーンさんとソーニャさんと一緒に、一度帰ってきてほしいとのことです」

「父上が? わかりました。すまない、二人共。食事はまたの機会にしてほしい」

「わかりました」

 エルヴィン様のお父さんが急に呼び出すなんて、今まで無かったことだ。何があったのか心配だけど、行ってみないことには始まらないよね。


 ****


 エルヴィン様のお父さんが用意してくれた馬車に乗ってお城にやってきた私達は、兵士の案内の元、謁見の間へとやってきた。

 そこには、エルヴィン様のお父さんだけではなく、ミトラ様や、なんとヴァーレシア先生の姿まであった。

「父上、今日は一体何のご用でしょうか?」

「うむ。アイリーンが無事に回復したということで、今回の一件について得た情報を共有しようと思ってな」

 なるほど、そういうことだったんだね。あの後、大雑把には聞いていたけど、まだわからないこととか残っているから、直接教えてもらえるのはありがたい。

「では、ミトラがいるのは?」

「個人的に、エルヴィンとアイリーンに聞きたいことがあってね。それと、約束したお茶もまだだから、こっちから来ちゃった!」

 私があの一件の疲労と魔力の消費をし過ぎて倒れたせいで、ミトラ様と交わした約束はまだ果たせていないのは確かだけど、まさかこんな形で実現させてくる行動力は、見習うところがある。

「シンシアとミアを尋問した結果、今回の騒動はゲオルクの私怨によるものだと発覚した」

「私怨ですか……それは、やっぱり私への?」

「うむ。エルヴィンとアイリーンを絶対に引きはがすために、ミトラ達を魔法で操り、利用する作戦だったようだ。ルシアは全面的に協力したというわけだ」

 そんなことのために、無関係の人を巻き込むだなんて、許されることじゃない。百歩譲って、私に恨みがあるなら、私に直接してほしかった。

 ……ゲオルク様のことだから、私に直接しないで誰かを巻き込んだ方が、より一層傷つけられるとか思って、わざとやってそうな気もするけどね。

「ところで……なんで俺はこの場に呼ばれたんですか? 正直に言わせてもらえるなら、俺はこの一件の後日談とか、どうでもいいんですが」

「エルヴィンから聞いたぞ。汝の今回の活躍は、目を見張るものがあった。余から礼をさせてほしくて、この場まで来てもらった。昔と変わらず、そなたの力は優秀であるな」

「そりゃどうも。出来れば、言葉だけではなくて、物でもらえるとありがたいんですがね。例えば、研究の支援金を上乗せとか」

「よかろう。セレクディエ学園の学園長と話をして、上乗せをするように話しておこう」

「どうも」

 相手は一国の王様だというのに、ヴァーレシア先生の態度はいつもと全然変わらない。根性が座ってるというか、なんていうか……大物って感じがする。

「ごほん……話を戻そう。今回の一件で捕らえられた四名は、裁判の末に終身刑が言い渡された。後に監獄島と呼ばれる、島全てが監獄になっているところに収監される予定だ」

「妥当ですね。本当なら、彼らは死刑にしてほしいところですが……」

「実行犯は、あくまで死んだ二名なのでな。それは難しいだろう。余の話は以上だ」

「それじゃ、あたしの番ね。単刀直入に聞くけど……あの後、エルヴィンとアイリーンの関係ってどうなったの?」

 今までずっと大人しくしていたミトラ様は、身を乗り出しながら、とんでもない質問を投げかけてきた。
 その瞳はとても輝いていて、コイバナが好きな年相応の女の子になっていた。

「付き合うことになったよ。もちろん、結婚を前提に」

「きゃ~! あんた達が幸せになれてよかったよ! 本当におめでとう!」

「……エルヴィン、そなたがそうするのは想像に難くなかったが……せめて付き合うなら、余にちゃんと報告をしてもらえぬか?」

「あ……僕としたことが、失念しておりました」

 いつもしっかりしているエルヴィン様が、バツが悪そうに視線を逸らしている姿は、なんだかとても可愛らしく見える。

「それなら、さっそく式の準備をしないとならんな」

「あっ……ま、待ってください!」

「む? なにかね?」

 結婚式の準備をしてもらえるのはありがたいし、エルヴィン様と早く結ばれたいのは事実だけど、結婚をしたら学園を辞めなくてはならないのではないかと思い、咄嗟に言葉を遮った。

「その……私、将来は宮廷魔術師になりたいんです。そのために、セレクディエ学園でもっと勉強をしたいので……すぐに結婚して学園を辞めるのは、その……」

「ほう、そなたは宮廷魔術師になりたいと申すか。本当なら、余の一存でその任につかせたいが、古くからの決まりで宮廷魔術師のような特別な役職は、決まった試験を超えた者しかなれん」

「お気持ちは嬉しいですが、私は自分の力で宮廷魔術師になりたいので、大丈夫です」

「良い心がけだ。それと、結婚をしても学園を辞める必要は無い。しっかりと卒業まで勉学に励んでくれたまえ」

 えっ、辞めなくていいの……? それなら、エルヴィン様と結婚したいよ! 

「よかったですね、アイリーンさん……! 結婚式、必ず参加します……!」

「ありがとう、ソーニャちゃん!」

「ったく、俺には眩しくて見てらんねーわ。陛下、話も終わったみたいなんで、そろそろ失礼させてもらいますよ」

「あっ……」

 ヴァーレシア先生は、引き止める間もなく、謁見の間を去ってしまった。

 ヴァーレシア先生には、色々とお世話になったことのお礼をしたいし、聞きたいことがあるから、話をしたかったのに……仕方がないから、またの機会にしよう。
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