上 下
25 / 74

第二十五話 嵌められたアイリーン

しおりを挟む
 シンシア様は、とても楽しそうで、そして気味の悪い笑顔を浮かべながら私の前に立つと、優しく頬を撫でてきた。

 少し触れられただけなのに、嫌悪感と恐怖で背筋が冷たくなる。早くこんな所から去らないといけないのに、まるで蛇に睨まれた蛙のように、足が動かない。

 突然の状況で困惑しているから? それとも何年にも渡ってシンシア様の手で刻まれた、痛みの記憶のせい?

「……わざわざ私をこんな方法で呼び出すなんて、一体何が目的? 昔のように、私をいたぶりたいの?」

「あら、一体何のことを言っているのかしら? ワタクシは、ミアからこの子達が悩んでいると聞いて、手を貸してあげているだけでしてよ」

 手を貸している? あのシンシア様が? そんなこと、天地がひっくり返ってもあり得ない。
 それに、シンシア様の言葉からは、嘘の臭いがプンプンする。

「この子達は、ずっとエルヴィン様のことを慕っていたけど、あくまで遠くから眺めているだけだった。なのに、突然あなたが出てきてエルヴィン様を取ってしまったことが、凄くつらいそうよ」

「…………」

 それを私に言われても、どう返せばいいのかわからないのだけど……なに? エルヴィン様をこの人達に返せとでもいうの? 冗談じゃない。そもそも、エルヴィン様はこの人達の所有物じゃない。

「ワタクシからの要望はただ一つ。金輪際、エルヴィン様に近づかないでくださる? それがこの子達の願いですの」

「どうして私がその要望を飲まないといけないのですか? 私、なにも悪いことはしていません」

「なんなのこいつ! エルヴィン様は、私達の物だったのに!」

「そうですわ! ポッと出てきたあなたに、エルヴィン様を独占する権利はありません!」

 エルヴィン様のファン達は、まるで殴りかかってきそうな気迫で、私に詰め寄ってくる。

 これに関しては、なにを言われても私は譲るつもりは無い。だって、エルヴィン様は……私にとって、特別な人だから。

「なにを言われても、私の答えは変わりません。そもそも、こんな寄ってたかって一人を囲むような卑怯者達を、エルヴィン様が許すと思いますか?」

「この狐、言わせておけば偉そうに……!」

「気にいらないからって、暴力に訴えるのですか? そんなことをしても、私の意志は変わりません」

「うるさい! うるさいうるさいっ!!」

「あなた、およしなさい」

 ファンの一人が、ついに我慢の限界を迎えたのか、耳まで真っ赤にさせて私の胸ぐらを掴んできたが、シンシア様に引きはがされた。

 屋敷では、あれだけ暴力的だったシンシア様が、こんなに理性的になだめるなんておかしい。きっと何か考えがあるはずだ。

「アイリーン、あなたがそんな子だったなんて、ワタクシは残念ですわ。そんな子には……少々お仕置きが必要ですわね」

 シンシア様の言葉に、体が否応なしにビクッとして、拒絶反応を起こす。

 少々お仕置きが必要……この言葉の後には、必ず酷い暴力が待っている。それらの暴力は体に刻み込まれていて、今でも悪夢でうなされることが多々ある。

「準備は出来ておりますか?」

「はい、シンシア様」

「じゅ、準備……?」

「ええ。これからあなたには、二度とエルヴィン様に近づかないことの宣言と、ワタクシ達に逆らった謝罪をしてもらいますわ。でも、ただここで宣言するだけでは意味がありません。だから、この水晶にあなたの言葉を録音することにしましたの。ああ、断るのなら……わかっておりますわね?」

 そうか、シンシア様の目的はこれだったのね……! この人達のことはどうでもよくて、私が惨めに謝罪することを記録して、それを学園中にばらまくことで、私の居場所を無くそうとしているんだ!

「つ、ついに本性が顔を出しましたね。それがあなたの……いえ、あなたとミア様の目的ですね」

「あら、目的って?」

「とぼけても無駄です。あなたにとって、私はボロ雑巾ような存在だったのに、この学園に入学できたどころか、特待生になれたことが悔しいのでしょう? それとも、私が好成績を収めたことで、大好きな兄の尊厳を傷つけられた復讐ですか?」

「な、なにをバカなことを! そんなことはありませんわ!」

 私の鼻が無くても、今のシンシア様が嘘をついているのはわかるくらい、明らかに動揺しているのがわかる。

「あのー、シンシア様……この狐と、なにかご関係がおありなのでしょうか?」

「あなた達には関係ないことですから、いらない心配をする必要はありません! それよりも、早くこの女狐を屈服させますわよ!」

 シンシア様が魔法でいつも鍛錬で使っている剣を出し、それを地面に突き刺す。すると、私の足元に真っ赤な魔法陣が出現した。

「ふふっ、この魔法は、特にあなたが大好きでしたわよね? これをすると、いつも泣いて喜んでいましたっけ?」

「っ……! ふ、ふんっ! やるなら早くしてください! 私は絶対に屈しませんから!」

 勝ちを確信したように笑うシンシア様とファン達に向かって、私は強がることしか出来なかった。

 悔しいことに私の力では、この状況を打破する術はない。何とか耐えて、耐え抜いて……エルヴィン様が私を見つけてくれるのを待つしかない。

 大丈夫、私は屋敷でされた多くの酷い仕打ちに、ずっと耐えてきたじゃないか。あの時の時間に比べればこれくらい、なんてことはないはずだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

ごめんなさい、お姉様の旦那様と結婚します

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
しがない伯爵令嬢のエーファには、三つ歳の離れた姉がいる。姉のブリュンヒルデは、女神と比喩される程美しく完璧な女性だった。端麗な顔立ちに陶器の様に白い肌。ミルクティー色のふわふわな長い髪。立ち居振る舞い、勉学、ダンスから演奏と全てが完璧で、非の打ち所がない。正に淑女の鑑と呼ぶに相応しく誰もが憧れ一目置くそんな人だ。  一方で妹のエーファは、一言で言えば普通。容姿も頭も、芸術的センスもなく秀でたものはない。無論両親は、エーファが物心ついた時から姉を溺愛しエーファには全く関心はなかった。周囲も姉とエーファを比較しては笑いの種にしていた。  そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。

釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません

しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。 曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。 ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。 対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。 そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。 おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。 「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」 時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。 ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。 ゆっくり更新予定です(*´ω`*) 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

王宮で虐げられた令嬢は追放され、真実の愛を知る~あなた方はもう家族ではありません~

葵 すみれ
恋愛
「お姉さま、ずるい! どうしてお姉さまばっかり!」 男爵家の庶子であるセシールは、王女付きの侍女として選ばれる。 ところが、実際には王女や他の侍女たちに虐げられ、庭園の片隅で泣く毎日。 それでも家族のためだと耐えていたのに、何故か太り出して醜くなり、豚と罵られるように。 とうとう侍女の座を妹に奪われ、嘲笑われながら城を追い出されてしまう。 あんなに尽くした家族からも捨てられ、セシールは街をさまよう。 力尽きそうになったセシールの前に現れたのは、かつて一度だけ会った生意気な少年の成長した姿だった。 そして健康と美しさを取り戻したセシールのもとに、かつての家族の変わり果てた姿が…… ※小説家になろうにも掲載しています

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。 アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。 断るに断れない状況での婚姻の申し込み。 仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。 優しい人。 貞節と名高い人。 一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。 細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。 私も愛しております。 そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。 「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」 そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。 優しかったアナタは幻ですか? どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

処理中です...