上 下
20 / 20

エピローグ 生まれた意味

しおりを挟む
 その後――私は怪我を完治させ、無事に退院した。それから間もなく、私はレックス様と結婚しました。

 結婚した事をきっかけに、私はディヒラー家のお屋敷に住むようになったのですが……ディヒラー家の方々はとてもお優しく、レックス様のご両親は娘が出来て嬉しいと仰り、妹様も姉が出来て嬉しいと仰って、私を暖かく迎え入れてくれた上、大変愛してくれております。私の心が見える魔法の事も受け入れてくれて……感謝してもしきれません。

 レックス様に似て心の妖精の声が少し大きいですが、それも愛ゆえにと思うと、とても嬉しく思いますわ。

 一方、ハーウェイ家ですが……レックス様から話を聞いて、事件を知ったディヒラー家によって罪が明るみになってしまった影響で爵位を剥奪され、国を追われてしまったようですわ。屋敷も跡形もなくなっているそうです。

 ディアナお姉様は、自警団に連れていかれてから、誰もその姿を見ていないと仰っていますし……もしかしたらそのまま牢屋に入れられてしまったのか、それとも……?

 とはいえ、家族がどうなろうと今の私には関係のない事。今の私には、世界一愛する旦那様や、お義父様にお義母様に義妹といった、大切な家族がいますから。

「アイリス、君の力でお腹の子の考えている事はわからないのか?」
「さすがに無理ですよ、レックス」

 事件からしばらくの時が経ち、ディヒラー家の跡取りの妻という大役にも慣れてきた頃――私達の部屋でのんびりしていると、レックス様……いえ、レックスは私のお腹を優しく撫でながら言いました。

 私のお腹には、新しい生命が宿っています。まだ妊娠が発覚してから時が経っていないため、生まれてくるのはまだまだ先の話ですが。

「むぅ、それは残念だ……まあ考えている事などわからなくてもいいか。とにかく無事に生まれて来てくれればそれでいい!」
「そうですわね ……ねえレックス」
「なんだ?」

 一人でウキウキしているのを邪魔するのは申し訳なく思いますが、私はどうしてもレックスに言っておきたい事がありました。

「初めて出会った日、私を選んでくれて……本当にありがとう」

 あの日、私がレックスに声をかけられなかったら……こんな幸せな日々は絶対にやって来なかった……いくら感謝をしてもし足りないし、尽くしても尽くし足りないですわ。

 それくらい、私にとってレックス・ディヒラーという存在は救いだったんですの。

「俺こそ、あの屋上で……俺と一緒にいると決めてくれて、ありがとう」
「レックス……」
「アイリス……」

 互いに名を呼びながら、私達はそのまま唇を重ねた。初めてした時から何も変わらない、触れるだけの優しいキスですが、それが何よりも愛おしいんですの。

「……あっ!」
「どうした!?」
「赤ちゃんが……動いた!」

 もう一度唇を重ねようとした瞬間、お腹の中から小さいもので押されたような感触を感じました。

 あぁ、私の中で元気に赤ちゃんが……新しい生命が育っているんだ……ちょっと痛いですけど、そんなの気にならないくらい、とっても嬉しいですわ。

「な……なんだと!? そうか……そうか! うっ……俺は猛烈に感動しているっ!!」
「もう! 急に大きな声を出されたら、私も赤ちゃんがビックリしますから!」
「なら、心の中で感激しよう! うぉぉぉぉぉ!! 早く俺も父になりたいぃぃぃぃ!! 毎日愛でたいぃぃぃぃ!!」
「出来てませんから! 口から漏れ出てますから! そもそも心で思っても、私には全部筒抜けですから!」
「それもそうだな! 俺としたことが! あっはっはっはっ!!」
「ふふふっ……もう、レックスってば。あっ、また動いた!」

 私達の声に反応したのでしょうか。お腹の赤ちゃんがさっきよりも強めに動きました。

 ふふっ、もしかしたら赤ちゃんもうるさいって言ってるのかもしれません。それとも早く出たいよ~って言ってるのでしょうか? 想像するだけで幸せな気分になりますわ。

 それにしても、私がこんな事を想像する日が来るなんて、思ってもみませんでした。なんだか不思議な気分。

「ねえレックス。今日は良いお天気ですし、バラ園でお茶しません?」
「俺は構わんが、身体は大丈夫なのか?」
「ええ。少しは動いたりお日様に当たる方がいいんですよ。お茶の準備、お願いしてもいいかしら?」
「かしこまりました。先日アイリス様のお好きな茶葉を仕入れたので、それをお持ちいたします」
「ありがとう。それは楽しみですわ。レックス、行きましょう」

 私は侍女にお願いしてから、レックスの手を引いて、思い出のバラ園へと赴く。

 うん、今日もとっても綺麗に咲いてますし、良い香りがしますわ……あら、バラ園を一望できるテーブルに、先客がいらっしゃいますわ。

「おや、父上に母上! それに我が妹よ!」
「あ、レックス兄さま! さっきまた騒いでたでしょ! 外にも丸聞こえだったよ!?」
「なんと、それはすまなかったな! はっはっはっ!!」

 レックスの妹……つまり私の義妹にあたる少女は、赤いポニーテールを揺らしながら、可愛らしく頬を膨らませております。

 言葉では怒ってるようにしておりますが、心の妖精は肩をすくめながら、

『まあレックス兄さまの事だから、またアイリス義姉さまの事で騒いでいたんだろうなぁ。相変わらずラブラブで羨まし~! ていうか、ラブラブなのを邪魔しないように外でお茶してたのに、向こうから来ちゃったら意味ないよ! あ、でもレックス兄さまとアイリス義姉さまと一緒にいられるのは嬉しいな! えへへっ』

 ――そう仰りながら、嬉しそうに笑っております。彼女はレックスと大変仲がよろしいですし、レックスに似て、とてもお優しい方だから、ちょっとうるさいくらいでは怒ったりなどしないでしょう。

 ちなみに私とも仲良くしてくれていて、一緒にお茶をしたり好きな本の話をしたり、たまに一緒に寝たりお風呂に入ったりしているんですの。

「まあまあいいじゃないか。喧嘩している訳じゃないんだし」
「そうよ~むしろレックスの声が小さくなるとか、世界の終わりよりありえないわよ~?」
「は、母上? それはどういう事ですか!?」
「あら、そういう意味よ~?」
「あ、アイリス! 母上に何か言ってやってくれ!」
「ふっ……ふふっ……ごめんなさいレックス。私もお義母様と同じ意見ですわ」
「アイリスまで!? これは参ったなぁ!」

 楽しそうに、心の底から大笑いするレックスに釣られるように、私達も笑ってしまいました。

「そうだ、アイリス義姉さま! このクッキー、私がコックと一緒に焼いたのよ! お父さまとお母さまにも美味しいって言ってもらえたの! ぜひアイリス義姉さまにも食べてほしくて!」
「まあ、ぜひいただくわ! あなたの焼いたお菓子はいつも美味しいから、今回も楽しみだわ」
「も、も~アイリス義姉さまってば、お世辞が上手なんだから~えへへ」

 ふふっ、そんなに喜んでもらえると、私まで嬉しくなっちゃいますわ。

「アイリス、ここに来てからそれなりに経ったが、暮らしには慣れたかい?」
「はいお義父様。皆様に大変良くしてもらえて、実家よりも居心地がいいくらいですわ」
「それは何よりだ。困った事があったら遠慮なく言うんだよ。私達は家族なのだから」
「そうよアイリスちゃん。身体の調子はどう? 子供を身籠ると調子が悪くなる事もあるから、私心配で~」
「今のところは大丈夫です。ありがとうございます」

 お義父様とお義母様は、実の娘じゃないのに、こうやって凄く私の事を気にかけてくれますの。

「ならよかったわ~。それにしても、こんなに可愛らしくて優しい子が家族になって凄く嬉しかったのに、また家族が増えるなんて。幸せだわ~」
「…………」

 お義母様の言葉に誰一人反対せず、笑顔で頷いてくれる皆様。心の妖精も嬉しそうに小躍りしていますし、きっと心の底から喜び、私を歓迎してくれているのでしょう。

 私……こんなに愛されてもいいんですのね……嬉しい……あ、あれ……勝手に涙が……。

「ちょ、アイリス義姉さま!? 大丈夫!?」
「は、はい……ごめんなさい……私、家族に優しくされた事がないので、皆様優しくて……改めて幸せだなって思ったら、涙が……」
「本当に今までつらかったんだね。かわいそうに……」
「アイリスちゃん、このハンカチで涙を拭きなさい。あなたに涙は似合わないわ~」
「母上の言う通りだ! さあ、俺の胸で慰めようじゃないか!」
「きゃっ! れ、レックス! 皆様の前ですから! 恥ずかしいです!」
「っと、すまない! アイリスに元気になってもらいたくて、ついな!」
「もう、レックスってば。うふふっ」

 ――この家に嫁いできてから、毎日笑ってばかりで、とても幸せです。きっとこれから先、もっと幸せになれると思います。

 ですが、きっと大変な事が待ち受けていると思います。赤ちゃんをしっかり育てる事はもちろん、侯爵家の人間として、苦労も絶えないと思います。

 そんな大変な事も、新しい家族……そしてレックスとなら、絶対に乗り越えられると信じています。

「その……レックスや皆様のおかげで、私は今とても幸せです。不束者ですが、これからも末永くよろしくお願いいたします」

 いきなりかしこまった事を言ったら変に思われてしまうかもしれません。ですが、もう一度ちゃんと言っておきたくて……私は深々と頭を下げながら言いました。

 すると、皆様は心の底から笑いながら、頷いてくださりました。

 ――ああ、ようやくわかった。

 私はこの方々や、愛するレックス……そしてこれから生まれてくる赤ちゃんと一緒に、幸せになるために生まれてきたんだと。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

悪役令嬢は反省しない!

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢リディス・アマリア・フォンテーヌは18歳の時に婚約者である王太子に婚約破棄を告げられる。その後馬車が事故に遭い、気づいたら神様を名乗る少年に16歳まで時を戻されていた。 性格を変えてまで王太子に気に入られようとは思わない。同じことを繰り返すのも馬鹿らしい。それならいっそ魔界で頂点に君臨し全ての国を支配下に置くというのが、良いかもしれない。リディスは決意する。魔界の皇子を私の美貌で虜にしてやろうと。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

初夜をボイコットされたお飾り妻は離婚後に正統派王子に溺愛される

きのと
恋愛
「お前を抱く気がしないだけだ」――初夜、新妻のアビゲイルにそう言い放ち、愛人のもとに出かけた夫ローマン。 それが虚しい結婚生活の始まりだった。借金返済のための政略結婚とはいえ、仲の良い夫婦になりたいと願っていたアビゲイルの思いは打ち砕かれる。 しかし、日々の孤独を紛らわすために再開したアクセサリー作りでジュエリーデザイナーとしての才能を開花させることに。粗暴な夫との離婚、そして第二王子エリオットと運命の出会いをするが……?

処理中です...