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第5話 毒親と悪役令嬢への反撃

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「アイリス! なにか強い魔力を感じたのだけど、一体何をしたの!? ただでさえいるだけで迷惑なのに、これ以上迷惑をかけるつもり!?」
「お、お母様……」

 癇癪《かんしゃく》を起こしたように私に怒鳴り散らしていたお母様でしたが、隣に立つレックス様に気づいたのか、急に冷静になられました。

「おや、これは失礼。そちらの方は……」
「あなたが母君であったか! お初にお目にかかる! 俺はレックス・ディヒラーというものだ!」
「ディヒラー……って、侯爵家の!?」
「うむっ!」

 目を丸くして驚くお母様の事など一切気にしないように、レックス様は大きく胸を張られましたわ。

 庭に出てきたら、目の前に侯爵家のご子息様がいらっしゃったら、普通ビックリされますよね……お母様には普段から酷い事をされたり言われたりしていますが、今だけはお母様の味方になれそう。

「あなたがお願いしたという庭掃除に関しては、代わりに俺がしておきましたのでご安心を!」
「は、はあ……それは誠にありがとうございます」
『ちっ……何よこの男! 私の嫌がらせの邪魔するんじゃないわよ! そもそもいくら侯爵子息様とはいえ、急に来るなんて礼儀知らずも良い所だわ!』
「お母様。一応彼は昨日、私と会う約束をしておりますので」
「っ……また勝手に心を……まあいいですわ」

 いつもならすぐに私を貶したり、暴力を振るうお母様ですが、さすがにレックス様の前でそんな事をする訳にはいかないと思っておられるのか、舌打ちだけで済みましたわ。かわりにお母様の心の妖精に凄い睨まれてますが。

「何騒いでるの? 私の読書の邪魔をしないでよ」
「ディアナお姉様……」
「あら、そちらの方は?」
「……ディヒラー家のご子息様だそうよ」
「えぇ!? 侯爵家の!?」

 お母様の言葉で目を丸くしたお姉様は、即座に意識を私からレックス様へと向けた。

『まさかの侯爵子息!? 窓からバケモノ女の掃除の邪魔をしてたのは良いけど、なんか変な男が邪魔しに来たから追い返そうと思ってたのに! バラの花束を渡したところを見た感じ、アイリスに気があるのかしら。趣味わっる~……こんなバケモノ女よりも、綺麗で魔法の才能がある私の方がいいに決まってるわ! あんたはそこで指を咥えて見てなさい!』

 お姉様はわざと心の妖精を使って私に悪口を言ってから、上目遣いでレックス様を見つめつつ、少し前かがみになって甘ったるい声を出し始めましたわ。

「私、アイリスの姉のディアナっていいます」
「おお、これはこれは! 俺はレックス・ディヒラーだ! よろしく頼むぞ、ディアナ殿!」
「よろしくおねがいします。凄くカッコイイお方ですね……よろしければ、私と親密な仲になりませんか?」
『よし、やりなさいディアナ! ここでレックスを手駒にしてしまえば、行き遅れたあなたもようやく結婚できる! それに、バケモノにも悔しい思いをさせられるし、侯爵家のコネも手に入るしで、良い事尽くしよ!』

 お母様の心の妖精は、大旗を振ってディアナお姉様を応援しておりました。

 最初の部分はまだ納得できるかもしれませんが、後半の部分に関しては擁護できません……どれだけ私の事が嫌いなのでしょうか。その言葉だって、私に聞かれるのをわかって言っているでしょうし。

「はっはっはっ! すまないが俺はアイリス殿以外の女性に興味がなくてな! すまないがよそをあたってくれ!」

 ――即答でした。そのあまりにも早い回答に、ディアナお姉様もお母様も口をあんぐりと開けてしまっている。

「え、えぇ!? あの……私の方がアイリスよりも綺麗ですわよ?」
「それに娘はとても優秀な魔法の使い手ですわ! 無能な妹よりも、姉のディアナを選んだ方が、絶対に後悔しませんわ!」
「ほう、そうですか」

 いつも明るいレックス様の表情が、一瞬だけ暗くなった。それと同時に、レックス様の心の妖精も、酷く険しい顔になられましたわ。

「申し訳ないが、今回はご縁が無かったという事で! それにしても、こんな広い場所をアイリス殿一人に掃除させるとは。可愛い子には試練を与える教育方針なのかは存じ上げんが、随分と無茶をさせるお方ですな! 見立てが甘いとも言える! もう少し無い頭を使った方がよろしいかと!」
「なっ……!?」

 いつもの明るい表情に戻ったレックス様は、さらに言葉を続ける。

「それとディアナ殿、随分と陰湿でつまらない事をしておられたそうだな! そんな事に労力を使うくらいなら、そんな幼稚な事で楽しめる、陰湿で最低な自分を変える事に労力を使った方が健全かと! それが改善されたら、あなたの申し出を一秒くらいは考えてもいいですよ! まあその一秒をアイリス殿との仲を深める事に使った方が有意義でしょうが!」
「は……はぁ!? 誰が陰湿ですって!?」

 突然のレックス様の言葉に、お二人は顔を真っ赤にされておりました。心の妖精も同様なのを見た感じ、相当お怒りの様ですわ。

「はっはっはっ! これは失敬! つい口が滑ってしまいましたな! では俺はこれからアイリス殿と蜜月の時を過ごさねばならんので、失礼する! さあアイリス殿、行こうか!」
「れ、レックス様!? まだ私達はそんな関係では……って、急に引っ張らないでくださいまし! 行きますから、この花束を部屋に置かせてください!」
「ああ、わかった! では一緒に行こうではないか!」

 私は一度自室に戻ってから、テーブルの上にバラの花束を置いてから戻ると、レックス様に屋敷の門の外に停まっていた馬車に案内されました。

「レックス様、どうしてあんな事を……」
「蜜月の時の事か? いやー俺の秘めたる恋心がつい顔を覗かせてしまってな!」
「誤魔化さないでください!」

 あまり声を張らない私が大きな声を上げたからか、レックス様は少しだけ驚いたような顔をしてから、すぐに眉尻を落としました。

「すまない。迷惑だったか?」
「……いえ……なんていうか、私の味方をしてくれる方なんて、物心がついた時からいなかったので……戸惑ってるだけですわ」
「アイリス殿は随分と苦労されてきたんだな。だがもう心配はいらん! 俺はなにがあってもアイリス殿の味方だ!」

 笑顔で気丈に振る舞っているように見せるレックス様ですが、心の妖精は頭を抱えながら、忙しなく彼の周りを飛んでおりました。

『よ、よかったぁぁぁぁ! アイリス殿を苦しめる彼女達の事を見てたら、つい我慢できなくなって……頭に血が上って口が悪くなってしまった……これで嫌われたら悔やみきれん! それにしても、こんなに素晴らしいアイリス殿に嫌がらせをするとか、一体何を考えているんだ!? そうか、美しいアイリス殿に嫉妬をしているんだな! いや~美しすぎるのも罪なものだ!!』

 焦ったり自分の考えに納得したり、相変わらず忙しいお方ですわ。でも……私のために怒ってくれたんですね。そんな方、生まれて初めて……。

「それで、どこに連れていってくれるんですか?」
「う、うむ! アイリス殿の行きたい所ならどこでも構わん!」
「急にそう仰られても……そうですね、人が多い所は嫌いですから、それ以外なら」
「では、俺達が出会ったバラ園でお茶でもどうだ? 今日はパーティーもないし、静かでいいぞ!」

 あのバラ園ですか。あそこはとても綺麗な場所ですし、ほのかにバラの香りがして、個人的にとても好印象の場所。それに、人が少ないのなら、なお良いですわ。

「ではそれで」
「よし、では向かうとしよう! 屋敷に戻ってくれ!」
「かしこまりました」

 レックス様の言葉に御者が答えると、馬車はゆっくりとディヒラー家に向かって動き出しました。

 誰かとゆっくりお茶だなんて、生まれて初めての経験ですわ……これが有象無象の他人とだったら心底嫌ですけど、レックス様とですし……耳は犠牲になると思いますが、きっと楽しい時間になる。私は……そう信じています。
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