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エピローグ

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「ありがとうございました~!」

 マルク様の一件から半年後、私は再建された酒場でお帰りになるお客さんに頭を下げた。

 つい最近再開した店には、いつも来てくれる常連のお客さんに加えて、他にも沢山のお客さんが来てくれるようになった。

 その理由だけど、あの事件を境に、どこからかマスターの正体が、侯爵家の当主であるヴォルフ様だというのがバレてしまい、侯爵家の当主がしている店とか面白そうだから、ちょっと行ってみようと思う人が沢山来たの。

 結果的に、ヴォルフ様は吹っ切れて変装しなくなったり、確かな料理の腕とお酒がお客さんの心を掴んだおかげで、開店すると沢山のお客さんが来るようになった。

 もちろん、大変な事もあった。席が常に満席が当たり前になったせいで、私一人ではホールの仕事を回せなくなったし、前に聞いた通り、他の貴族からは良くない声が沢山上がった。

 それでも、今もこうして営業をし、沢山のお客さんに愛されている。

「セーラちゃん、注文いいか~!」
「あ、今行きます~!」
「エリカさん、こっちも!」
「かしこまりました。すぐに伺います」

 常連さんの呼び出しに駆け付ける途中、私と同じエプロンドレスを着たエリカさんが、別のお客さんの元に向かっていく。

 ……え、なんでエリカさんがいるのかって? 実は、さすがに沢山のお客さんを私一人で応対するのは無理だろうと判断したヴォルフ様が、新しい従業員としてエリカさんを雇ったの。

 エリカさんって本当に凄いんだよ。仕事をすぐ覚えちゃったし、私なんかより全然仕事が早い。正直、私はいらないんじゃないかって思った事は、一度や二度ではない。

 けど、私は絶対に辞めるつもりはない。ここで沢山働いて、少しでもヴォルフ様に恩返しをする為にもね。

「ヴォルフ様、三番卓の注文です!」
「うん、わかった。それと、これを七番卓に持っていってくれるかい?」
「わかりました!」

 沢山の料理を準備しているヴォルフ様から、完成した料理を受け取る。

 なんていうか、いまだに厨房にヴォルフ様がいるのに違和感を感じる。ずっとあの強面のマスターがいたから、仕方ない事かもしれないけど。

「お、お待たせしました~」
「ありがとよセーラちゃん!」

 七番卓に座っていた、常連さん達に料理を提供すると、笑顔で受け取ってくれた。彼らは、ヴォルフ様がマルク様に連れていかれた時に、一緒にいた人達だ。

「それにしても、セーラちゃんも三日後には奥さんになるんだよなぁ」
「えへへ……そうですね」

 小柄な男性がしみじみという中、私は左手の薬指で光る銀の指輪を撫でる。

 実は、三日後に私はヴォルフ様と結婚式を挙げる。結婚式といっても、大規模なものじゃなく、招待状を出した人だけでやる、小規模な式の予定だ。

 侯爵家の当主の結婚式なら、もっと沢山の貴族を招待して、盛大にするものだと思っていたのだけど――

『セーラは以前、大勢の貴族の前で馬鹿にされた経験があるだろう? それをわざわざ言いに来る、頭の悪い貴族もいるだろう。それがわかっていて、わざわざ晴れ舞台を台無しにする必要ないからね。だから、知っている人だけで行う小規模のものにする予定だよ』

 と、ヴォルフ様が私に説明をしてくれた時、本当にこの人は私の事をいつも考えてくれているんだなって思って、ちょっと泣きそうになった。

「それで、当日は来れそうですか……?」
「当然仕事は休みにしてきたぜ! オイラ達のセーラちゃんとマスターに招待されたんだから、当然だぜ!」
「あ、ありがとうございます……!」

 実は彼らには、私達から招待状を出している。この店をたくさん利用してくれた恩もあるし、彼らに至っては、あの一件でお世話なったし、迷惑もかけてしまったからね。

 もちろん、他の常連さんにも声をかけて、参加したいって人には招待状を出してるし、それ以外だと国王様やフェラート様、ミナ様やミニエーラ家の当主様にも招待状を送っている。

 ……よくよく考えると、王様と王子様に加えて、海の向こうにいる方を招待している時点で、小規模な結婚式と言えるのだろうか?

 って、そんな事を考えてないで、仕事に集中しなきゃ! 今日も焦らず、でも急いで……頑張るぞっ!


 ****


 結婚式の当日、私は控室に置かれていた姿見の前で、自分の姿を眺めながら、ぼんやりとしていた。

 ずっと貧乏で辛くて、ようやく幸せになれると思ったら、実は騙されていて……私なんか幸せになれないって思ってたのに、今はこんな綺麗な純白のウェディングドレスを着せてもらえてるなんて、信じられない。

「せ、セーラさん……私、これで大丈夫でしょうか? ヴォルフ様に恥をかかせたりしないですよね?」
「大丈夫ですよ。とてもお綺麗でございます」

 もう何度目になるかわからない確認だというのに、準備を手伝ってくれたエリカさんは、嫌な顔一つせずに答えてくれた。

「セーラ様。新郎のヴォルフ様がお見えです」
「え、ヴォルフ様?」

 結婚式を手伝ってくれている係の人が、ヴォルフ様と一緒に入ってきた。

 ヴォルフ様は白のタキシードでパッチリと決めていて……控えめに言って、カッコよすぎて眩暈すら覚えるくらいだ。

「セーラ……」
「ヴォルフ様……」

 ヴォルフ様のカッコよさに見惚れていると、ヴォルフ様は突然手で顔を覆いながら、私から視線を逸らした。

 も、もしかして……そんな顔を逸らすくらい、私の姿が気に入らなかったとか……?

「……すまない、今の僕には君を直視するのは難しい」
「そ、そんなに酷いですか……!?」
「違う! あまりにも綺麗すぎて、思わず天使か妖精かと思ってしまったんだ! そんな綺麗なセーラなんて、あまりにも反則だよ!」
「え、あの……そ、その……あ、ありがとうございましゅ……」
「ヴォルフ様、この大事な日に紛らわしい事を仰らないでください」

 ……全然私の思っていたものと違う……真逆の反応と言ってもいいよ……は、恥ずかしいのと嬉しいので、体が熱い……はうぅ……。

「えっと、ヴォルフ様も……凄くお似合いで、カッコいいです……」
「あ、ありがとう……」

 あ、あれ? 浮かれすぎて、凄い事を言っちゃった気がする! でも私の本当の気持ちだし……あぅぅぅ……!

「それで、ヴォルフ様は何か御用があってお越しになられたのではありませんか?」
「ああ、ちょっと二人きりで話をしたくてね」
「かしこまりました。では私達は席を外しますね」

 エリカさんと係の人達は、お辞儀を残して部屋を去っていった。

 こんな状態で残されても、何を話せばいいかわからないよ! 私にもっと恋愛の経験があれば、少しは気の利いた事が言えたのに!

「その……御用ってなんですか?」
「いや、実は用なんて無いんだ。ただセーラと二人きりになりたかったんだよ」
「……えへへ、そうなんですね。私もヴォルフ様と一緒にいたかったので、嬉しいです」
「なら良かった。それにしても……うん、やはり僕の見立ては間違ってなかった。そのウェディングドレス、良く似合っている」

 このウェディングドレス、ヴォルフ様が選んでくれたの? なんか、こんな事が前にも……そうだ、私がライル家でお世話になり始めた日に、ドレスを着せてもらった時だ。

 さほど時が経っているわけではないのに、なんだかとても遠い過去のような気がする。それくらい、ヴォルフ様と出会ってから、濃密な日々を送ったという事だろう。

「あの……ヴォルフ様」
「なんだい?」
「私……今までたくさん迷惑をかけてしまいました。きっとこれからも、沢山迷惑をかけちゃうと思います」
「そんな事は……」
「いえ、きっとそうです。でも……私は世界で一番、ヴォルフ様が大好きです。だから……その、これからも――」

 これからも、お傍にいたいと言い切る前に、ヴォルフ様は私の肩に触れ、そのまま優しく抱きしめてくれた。

「そんなの、言われなくてもずっと傍にいてほしいよ」
「はい……私なんかを好きになってくれて、ありがとうございます」
「僕こそ、ありがとう」
「ヴォルフ様、セーラ様。そろそろ式が始まる時間だそうですので、ご準備を」

 ヴォルフ様と二人で幸せを噛みしめていると、部屋の外からエリカさんの声が聞こえてきた。

 もうちょっとだけ、こうしていたかったけど、それはこれから先に沢山出来るよね。早く行かなくちゃ!

「こちらでございます」

 私とヴォルフ様は、係の人の案内についていくと、大きな扉の前へと案内された。中からは、ゆったりした音楽が微かに聞こえて来て、とても心地が良い。

「さあ、行こうか。僕達の明るい未来へ」
「はい……!」

 私がヴォルフ様の腕にそっと手を回すと、係の人が式場の入口を開けてくれた。すると、参加してくれた人達が、私達を祝福の嵐で出迎えてくれた。

 あの日、マルク様や沢山の人に馬鹿にされ、笑われた時とは違う……そこは幸せという名の、暖かな光に包まれていた――
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