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第三十九話 優しき導き

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「誰……?」

 私しかないはずなのに、とても優しい声が聞こえた私は、ゆっくりと目を開けて顔を上げると、そこには一人の女性が立っていた。

「……えっ……?」

 ここには私しかいなかったのに、突然目の前に人が現れるのもおかしな話だが、そんな事など気にならないくらい、私は目の前の人に驚きを隠せなかった。

 だって……だって! そこにいるのは……!

『セーラ。私の可愛いセーラ。あなたなら大丈夫。さあ、立って』
「なんで……ま、待って……!」

 その人は私に声をかけてから、階段を降りていく。それを、私は重い足取りで追いかける。

 なんで、一体何が起きているというの? 訳がわからないけど、追いかけなきゃというのだけはわかる!

『こっちよ、セーラ。ゆっくりでいいからね……』
「はぁ……はぁ……」

 無くなったと思っていた力を振り絞り、なんとか立ち上がったのは良かったけど、やっぱり体が重い。一歩踏み出すだけでも、すごい重労働だ。

「ぜぇ……ぜぇ……」
『無理はしないで。ゆっくり深呼吸をして』
「……すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」
『その調子よ。さあ、一歩で良いから踏み出して……セーラなら出来るわ』
「……うん……うん……!」

 少しだけ私の前を歩く女性に勇気づけられて、私は確実に一歩、また一歩と足を進めていく。

 途中で、何度も膝が折れそうになったけど、その度に彼女が私を励ましてくれた。優しくしてくれた。それは……もう永遠に感じられないと思っていた温もりだ。

『見える? あそこが目指す場所。そして大切な人達がいる所よ』
「あの扉が……」

 ついにたどり着いた地下牢の最深部には、またしても重々しい扉が、静かに私を出迎えた。

 この先に、ヴォルフ様とエリカさんが捕まっている。この扉を開ければ、二人の生死を確認できる。

 ……やっぱり怖い。ここまで来たというのに、足がすくむ。自分の弱さが……情けない。

『セーラ。あなたは優しい子』
「……優しくないよ。ただの弱虫だよ」
『いいえ。セーラは彼らが大切だから、嫌な事があったらどうしようと思ってしまっているの。自分が傷つくよりも、彼らが傷つく事を恐れ、悲しんでいるわ』

 ……ああ、そうだ。私は別に自分がどうなろうと関係ない。私のような駄目な人間のせいで、誰かに迷惑をかけるのが、凄く嫌なの。

『その優しさに、ほんの少しの勇気を加えてあげて』
「勇気……?」
『そう。私の可愛い、そして自慢のセーラ。あなたなら、必ず出来るわ』

 一瞬で私の後ろに回り込んだ彼女は、そのまま階段を上がってどこかに行こうとした。

 こんな形とはいえ、再会できたんだ! 話したい事は、山のようにあるのに……!

「待って、どこに行くの……!?」
『あるべき場所へと帰るだけよ』
「えっ……やだ……やだぁ……話したい事、沢山あるの! それに、一緒にしたい事も……!」
『大丈夫、あなたはもう一人じゃないでしょう?』
「うぅ、でも……でもぉ……!」
『もう、大きくなっても泣き虫は変わらないわね。大丈夫、大丈夫……ずっと空の上で、あなたを見守ってるわ』

 私が最後に見た時と同じ微笑みを残して、彼女は私の前から消えていった。それは文字通り、一瞬で。

 今のは、幻だったのだろうか? それとも、本当に私を心配して、見に来てくれたのかもしれないし、全くの別物が、演技をしていたのかもしれない。

 ……私にはわからない。でもね……。

「……助けてくれて、ありがとう。まだ沢山心配をかけちゃうと思うけど……私、頑張るよ。だから……見守ってて」

 大切な人に導かれて、ようやくここまで来る事が出来た。本当に私は駄目な子だけど……頑張るから!

「すぅ……はぁ……よし」

 この先に、きっと兵士がいるはず。怪しまれないように、息をしっかり整えて、少しでも気持ちを落ち着けてから、私は扉を開けた。

「……ふぁ~……ようやく交代か!」
「お、遅れて申し訳ありません!」

 扉を開けると、そこには静かに鎮座する錆びた鉄格子と、呑気に座って居眠りをしていた兵士の姿があった。

 こんな暗くて不気味な場所に、閉じ込められているなんて……!

「ここの警備って暇だし、暗いから眠くて眠くて……さて、今日は王子の誕生日のパーティーだし、張り切って警備して昇進するぞ~! あ、鍵は机の上にあるからな!」

 ここまで必死に来た私ですら拍子抜けするくらい、兵士はお気楽な事を言いながら、足取り軽やかに地上へ戻っていった。

 あんな感じで警備をして大丈夫なのかとも思ったけど、それより今は二人が無事かの確認と、いつでも出してあげられるように鍵を手に入れないと。

「鍵を持って……あっ……!」

 いくつかある牢屋の中を順番に見て行くと、一番奥の狭い牢屋の中に、二人が壁にもたれて座っていた。

「よかった……無事だった……!」

 二人の無事を確認した私は、牢屋の前でストンっと座り込んでしまった。ここまで無理をしてきて、無事がわかって力が抜けてしまったのだろう。

「え……? その声は……いや、まさかね。ここにセーラがいるはずないか」
「お気を確かに。必ず脱出の機会はあるはずですわ」
「ヴォルフ様! エリカさん!」

 被っていた兜を脱ぎ捨てて二人の名前を呼ぶと、まるでこの世のものではない物を見たかのように、二人は驚きの表情を浮かべていた。

「せ、セーラなのか……?」
「ど……どうしてこのような場所に? もしかして、揃いも揃って、私達は幻でも見ているのでしょうか?」
「は、ははっ……僕がセーラを本物か幻か見分けられないはずもない! まさか君が来てくれるなんて……!」

 ヴォルフ様とエリカさんは、牢屋の隙間から手を伸ばして、私の体にそっと触れる。その温もりが、二人はまだ生きているというのを、強く実感させてくれた。

「よ、よがっだ……ほんどうに……よがっだぁ……」

 二人が無事に生きていてくれたのが嬉しくて、私は子供のように泣いてしまった。それを、二人がとても優しい笑顔で慰めてくれたのが、凄く嬉しかった。

 ……二人共、服も体も泥だらけで、細かい傷が多くついている。それを見ただけで、私は言いようのない悲しみと、マルク様への怒りが、ふつふつと湧いてくるのを感じた。

「でも、どうやってここまで来れたのですか? それに、その恰好は?」
「ぐすっ……話すと長くなるんですけど……ラドバル様と一緒に助けに来たんです」
「父上が!?」
「はい。今は今回の件で、国王様とお話をしに行っています。その間、私は二人の安否の確認と、なにかあった時に二人をすぐに逃がせるように来たんです。本当はすぐに出してあげたいんですけど……それだと騒ぎになってしまうから、自分が来るまで待っててとも言っていました」
「そうだったんだね。後で父上にも感謝と謝罪をしなければ……セーラ、本当にありがとう」
「ありがとうございます、セーラ様」

 お礼を言われる資格なんて、私にはきっと無い。だって、元はといえば私がマルク様に騙されて、捨てられたのが発端なのだから。

 ……いや、後悔も謝罪も後でいくらでも出来る。今の私に出来るのは、他の人にバレないようにここにいて、二人を守る事だよね!
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