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第三十話 マスターの真実と告白

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「おや、なにか人混みが出来ておりますな」
「そうですね……」

 今日もいつもの様に仕事に行く為に、馬車で送ってもらっていたのだけど、店の近くで人だかりが出来ていた。これでは馬車が通れない。

「その、ここからは歩いて行きます」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です。送ってくれてありがとうございました」
「とんでもございません。では行ってらっしゃいませ」

 ここまで連れて来てくれた御者の男性にお礼をしてから、私は店に行くと……思わず呆然としてしまった。

 だって……この前まであった酒場が、燃えて炭の山になってしまっていたのだから。

「え、なにこれ……何かの冗談? それとも夢? あっ……もしかしたら、先に来ているマスターが巻き込まれているかも!?」

 私は裏口ではなく、ぐるっと回って正面に行くと、そこには沢山の人が見に来ている中、呆然と変わり果てた店を見ていたマスターの姿と、寄り添うように立つ、あの常連さんの姿があった。

「あ、あの……」
「セーラ……」
「……これって……」
「ああ……あの男の報復、だろう……僕は……王子に逆らったのだから、報復されてもおかしくないのはわかっていた。それでも、僕は彼がセーラをいじめるが許せなかった。僕のした事に、後悔はない。でも……でも! こんな仕打ちはあんまりじゃないか!?」
「ま、マスター……?」

 私の前で、悔しそうに蹲っているのは、確かにマスターだ。でも、この声に話し方……マスターじゃない。別の人の話し方だ。それも、とても聞き覚えがある声……。

「一度どこかで休憩しましょう。良い場所は無いでしょうか?」
「あ、それなら私が住んでた家が……」
「あそこですね。一度行った事があるのでわかります。行きましょう」

 常連さんが行った事がある? そんなのおかしいよ、私の家には誰かが来るなんて事はほとんど無いんだし……え、やだ怖い! いつの間に知らない人が入ってたりしないよね!?

 怖いけど、だからといってマスターにこの辛い景色を見せるのは、あまりにも酷だよね。早く連れていこう。


 ****


 無事に私の住んでいた家に来ると、ちゃんと家はそこにあった。取り壊されてたらどうしようかと思ったよ。

「どうぞ。ボロボロですけど……」
「ありがとうございます」
「……ありがとう」

 私は、常連さんとマスターを連れて家に入った。この二人と行動するのも変だけど、誰かが家に居るのも変な感じだ。

「あの……ちょっと聞きたい事が……マスターの話し方に、似ている方がいて……」
「ああ、やはり気付かれてしまいましたか。そろそろ真実を伝える時という事ですね。セーラ様、ちょっと後ろ向いててください」

 常連さんに言われて後ろを向くと、後ろからガサガサ音が聞こえてきた。それからしばらく待っていたら、肩を優しく叩かれて……ゆっくりと振り返ると、そこには……ヴォルフ様とエリカさんがいた。

「え、えっと……ど、どういうことですか??」
「単刀直入に言おう……じゃないね。どうもマスターの話し方をすると、戻すのが大変だ」
「ヴォルフ様は、マスター……?」
「正解。それと、毎回リンゴジュースをくれる常連客は――」
「私、エリカでした」
「えぇ!? だってあの人は男性で……えぇ!?」

 ……衝撃的すぎて、言葉にならない。まさかマスターと常連さんが、二人と同一人物だったなんて、全く思わなかった。

「どうやって……二人とも全然見た目が……そっか! エリカさんのお化粧!」
「ご名答です。ここまで行くと、化粧というより、変装ですわね」
「全然わからなかったです……あの、なんで変装なんてして店を……」

 素朴な疑問を投げかけると、ヴォルフ様はそうだよねと笑い、そして深く溜息を漏らした。

「僕が料理好きなのは知ってるよね?」
「はい」
「いつか自分の店を開きたい……それが夢だった。しかし、貴族が店を開くのは、中々大変なんだ」
「どうしてですか? お金とかは大丈夫ですよね?」
「侯爵家の人間が、飲食店なんておかしいだろと、無駄に噛みつく愚かな連中がおりまして」

 そんな人達が……でもおかしいよ。やってはいけないっていうルールがあるならわかるけど、そういうわけでもないのに、怒られるなんて……!

「どうにか開店できるようにする為、エリカの技術力を頼る事にした。そして出来上がったのが、マスターと言う人間だ。声はある程度低く出来るし、言葉使いも変えていた。気づかなかっただろう?」
「っ……」

 私は首を何度も縦に振って、肯定の意を表した。

 ヴォルフ様にも、マスターにも何度も会っているというのに、全然気が付かないなんて、私はやっぱり馬鹿なのかもしれない。

「僕は、変装をして店を開く事にしたんだ。もちろん父上からの許可は貰ったよ。ただ、変装したエリカの護衛付きだけどね」
「それが、いつも同じものを頼んで、リンゴジュースを私に奢ってくれた人なんですね」
「その通りでございます。あんなにオドオドして、注文を取るのすら危うかったあなたが、少しずつ成長する姿は、とても良いものでしたわ」

 そっか……エリカさんは、この家で私と初めましてを交わす前から、ずっと私の事を見守ってくれていたんだね。

「調理器具や食材の仕入れルート、そして極上の酒を提供する為、生産している人と綿密に話をして、酒を降ろしてもらえるように手配した。そんな感じで準備は整い、夢のオープンまであと少し。だが問題が発生したんだ」
「従業員、ですか?」
「その通り。何人か面接した中で、一番真面目そうだった君を採用した」

 私もそれはよく覚えている。当時していた仕事がクビになってしまい、どうしようかと思いながら求人を見ていたら、オープンスタッフ急募ってあったんだ。それをダメ元で受けたら、受かったんだ。

「もしかして、私の好みとか知っていたのは、マスターの時の知識……?」
「ああ、その通りだよ」

 なるほど。好きな本とか、食べ物以外にも、なんで知ってるんだろう? って思う要素は沢山あった。でも、それらはこのマスターがヴォルフ様だからだったんだね。

「……そっか、エリカさんが初めてここに来た時に、この家を知っていたのも、マスターとしてのヴォルフ様が知っていたから!」
「ご名答でございますわ」

 こうして色々謎が解けてくる中、最大の謎が生まれてきた。

「ヴォルフ様は、マスターとして、私の事を元々知っていた。という事は、あのパーティーで悲しい目に合った私を見て、知っている私ならスムーズにいけると思って、偽物の婚約者を……?」
「それは違う。僕は……僕は……」

 そこまで言って、ヴォルフ様は止まってしまった。視線が定まってないし、顔も変に赤くなっている。

「ヴォルフ様。今伝えないで、いつ伝えるのですか」
「うぅ……そうだね。このままでは誤解を生んだままになる」

 ヴォルフ様は、とても真面目な顔で私の事をジッと見ると、そのまま勢いよく頭を下げた。

「すまない! 僕は君を騙していた!」
「騙して……そっか、ヴォルフ様も……」
「そうじゃない! あの偽物の婚約者……あれが嘘なんだ!」

 偽物が嘘? え……ど、どういう事なの……?

「本当は、君と本物の婚約者になりたい。でも、君は僕の事を知らない状態で、いきなり申し込んだら迷惑と思ったから、偽物から始めようとしたんだ。けど、僕が伝える時にへまをやらかしすぎて、咄嗟にエリカに、双方にメリットがあるように仕向けてもらったんだ」

 え、えっと……待って待って。じゃあヴォルフ様は、本当に私と婚約をしたかったって事……!?

「ヴォルフ様が、変な所で弱腰になってしまっておりましたが、ヴォルフ様はセーラ様の――」
「その先は……自分で、言う。すー……はー……僕は、セーラが心の底から好きなんだ」
「ヴォルフ様……」

 覚悟を決めたような顔をしたヴォルフ様は、ゆっくりと語り始めた。

「最初は内気でドジな子だって印象だったけど、失敗しても立ち上がり、ぎこちなくとも笑顔で接客するその真面目さ。客に感謝された時に、控えめに喜ぶ笑顔。僕には君の全てが輝いて見えた。そして、僕は恋に落ちたんだ。だが……時期が悪かった」
「どういう事ですか?」
「その時には既に、君の婚約が決まっていたんだ。だから、僕は初恋を諦め、君の幸せを望んだ……それなのに!」

 ずっと落ち着いて話していたヴォルフ様が、突然怒り狂ったかのように、机に思い切り拳を振り下ろした。

「あいつは……あの馬鹿王子は、僕の大好きなセーラを、大勢の前で馬鹿にした! 深く傷つけた! それが、本当に許せなかった! それを見た時、傷ついた君を一秒でも早く助けたいと思ったんだ!」

 ……そうだったんだ。だからヴォルフ様は、すぐに私の元にエリカさんを送って、屋敷に連れて来てくれたんだね。

「それで、助けるのと同時に、気持ちを伝えて……結婚して、幸せにしてあげられる機会だったというのに、僕は弱腰の一手を取ってしまった……それが偽物の婚約者だ。でも、それももうおしまい。どうか僕と……本物の婚約者になってくれませんか?」

 あまりにも突然の告白、そしてプロポーズに、驚きを隠せない。

 隠せないけど、嬉しいのに変わりはない。私だって、ヴォルフ様の事が好きになっちゃったけど、偽物の婚約者はいつか終わる。こんな気持ちを持っちゃ駄目って思ってたから……。

 ……だから、私はすぐに答えた。

 満面の笑顔で、よろしくお願いしますと。
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