上 下
21 / 45

第二十一話 絶対に許せない!

しおりを挟む
 気がつくと、私は真っ暗な空間に立っていた。どこを見ても黒しかないせいで、右も左も、そもそも立っているのかすらわからない。

 どうして私はこんな所にいるのだろうか? 確か私は、お父さんに会いに行って、それで邪魔者扱いされて……ヴォルフ様とレイラさんに慰めてもらって……。

「……私、お父さんに捨てられちゃったんだなぁ……」

 あの時のお父さんの拒絶の言葉は、鮮明に頭に焼き付いている。耳を塞いでも、目を閉じても、あの時の光景が……言葉が蘇ってくる。

「どうして……なんでこうなるの……? お母さん、助けてよぉ……」

 お母さん。その単語を出した瞬間に、辺りの黒は一瞬にしてかき消えた。その代わりに、私は見覚えのある場所に立っていた。

「あれ、ここ……私の家?」

 見覚えがあるはずだ。だってそこは、見慣れたボロボロの家だったのだから。

 しかし、そこにはいるはずがない人がいた。それは……ベッドの上で苦しそうに息を乱すお母さんと、それを心配そうに見ている幼い私の姿があった。

 これ……もしかして私の過去? それにこの光景……忘れたくても絶対に忘れられない、あの日の記憶だ。

『……最後の時間を、あの人と……そしてあなたと……三人で過ごしたかった……』
『やだ、そんな事言わないでよ! お母さん!』

 そう、この光景は……お母さんが亡くなった日だ。貧乏なせいでまともに薬も変えず、お母さんはどんどんと弱っていって……この日に天に旅立った。

『ごめんね……ごめんねセーラ……こんな駄目なお母さんで……』
『駄目なんかじゃないよ! お母さんは、世界で一番大好きなお母さんだよ!』

 ああ、そうだ。私はお母さんが大好きだ。調子が悪いのに私やお父さんの心配ばかりをするし、たまに調子が良いと、自分の事なんて後回しで私達の事をやってしまう……そんな優しいお母さんが、大好きだ。

『あぁ……本当にあなたは優しい子だわ……セーラ……私の自慢の子……どうか、幸せ、に……』
『お母さん? お母さん! 目を開けてよ! いやぁぁぁぁぁ!!!!』

 ……私の必死の叫びも、結局お母さんにはもう届かなかった。私は……現実を受け入れられず、ただ冷たくなっていくお母さんの前で、泣くじゃ来る事しか出来なかった。

 お母さんは、ずっと私とお父さんの事を心配し、自分のせいで苦労を掛けていると心を痛めていた。そんなお母さん……あの人は裏切った。

 そんなの……そんなの……あんまりだよぉ……!!


 ****


「うぅん……」

 あれ、私……さっきまで自分の過去を見ていたのに、いつの間にか知らない天井を見上げてる……どうして……?

「ううん、知らないなんて事はないか……宿屋の天井だ」

 そっか、私……夢から目覚めたんだ。まさかあんな夢を見てしまうなんて……ただでさえ悲しい気持ちで眠ったのに、更に悲しくなってしまった。

「なんか重い……え、ヴォルフ様?」

 体が変に重いと思ったら、上半身だけベッドに乗せた状態で、ヴォルフ様が寝息を立てていた。

 い、一体何がどうしてこうなってるの? 昨日は確かに一緒にいたけど、ヴォルフ様がどうしてまだここにいるの??

「ヴォ、ヴォルフ様。こんな所で寝ていたら風邪を引きますよ!」
「あ、あれ……僕、寝てしまっていたかい?」
「はい。ごめんなさい、気持ちよく寝ているところを起こしてしまって……」
「いや、僕こそすまなかった。朝日が昇るまでは意識があったんだが……」
「え、ずっと一緒にいてくれたんですか!?」
「当然だろう? 今のセーラを放っておくなんて出来ないさ」

 本当にこの人は、どれだけ優しいのだろうか。いつも思ってるけど、私は所詮偽物の婚約者だというのに、この人はどうして優しくしてくれるの?

 ……そんなに優しくされちゃうと、いけないとわかってるのに……意味が無いとわかってるのに、好きになっちゃうよ。

「セーラ、起きて早々ですまないが、君に聞きたい事があるんだ」
「私に? なんでしょう……私に答えられる事だといいんですけど……」
「セーラは、これからどうしたい?」
「えっ……?」
「君のお父上は、君を裏切った。その事実を知った君は……どうしたい? お父上を説得する? それとも帰って泣き寝入りをする?」
「私は……」

 ……お父さんは、私とお母さんを裏切った。それだけじゃない……私の事を、もう家族じゃないように扱った。そんな人を……私は……。

「……今日、夢を見たんです。お母さんが亡くなる前に……お父さんに会いたかったって言ってる夢です。お母さんは、ずっとお父さんを信じていたのに……それを裏切った! 私は……お父さんが許せないです!」
「そっか……僕もね、彼には腑が煮えくり返っていてね。彼に相応の罰を与えるつもりだ」
「罰……」
「セーラに酷い事をしたからね……彼を許す事が出来なさそうなんだ」

 こんなに怒った顔をするヴォルフ様を見るのは初めてだ。それくらい、私の為に怒ってくれているんだ……。

「さあ、そうと決まれば出かけられるように準備をしておこう。今、エリカがお父上と一緒にいた女性について調べてもらってるんだ」
「それは、どうしてですか?」
「昨晩の彼女の様子からして、お父上が既婚だというのを知らなかったようだ。それに、お父上を信じられていない様子だった。だから、事情を話せば一緒に動いてくれるかもしれないだろう?」

 なるほど、言われてみれば確かに隣にいた女の人は、私を見てビックリしていたような感じだったもんね。

「ただいま戻りました」
「噂をすればだね。おかえり、どうだった?」
「はい、彼女が何者なのか判明いたしました。彼女は――」

 エリカさんが調べてきてくれた情報を聞いた私は、正直少しビックリした。でも、出会いなんてどこに転がってるかわからないのだから、そういう人と親密な関係になってもおかしくないよね。

「なるほど、少々予想外だったが……何とかなりそうだね。それじゃあ僕は一旦部屋に戻って準備をしてくるよ」
「わかりました。また後で……」
「セーラ様、身支度のお手伝いはお任せください」

 情報収集から戻ってきたばかりなのに、私の為に手伝ってくれるエリカさんに感謝を伝えてながら、私は身支度を終えた。

 その後、ヴォルフ様と合流をして、とある場所を目指して歩きだした。

 その場所とは……この町全体を仕切っている、男爵の爵位を持つ方々が住む屋敷だった――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです) hotランキング1位入りしました。ありがとうございます

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸
恋愛
 成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。  何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。  そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。

【完結】婚約破棄はいいのですが、平凡(?)な私を巻き込まないでください!

白キツネ
恋愛
実力主義であるクリスティア王国で、学園の卒業パーティーに中、突然第一王子である、アレン・クリスティアから婚約破棄を言い渡される。 婚約者ではないのに、です。 それに、いじめた記憶も一切ありません。 私にはちゃんと婚約者がいるんです。巻き込まないでください。 第一王子に何故か振られた女が、本来の婚約者と幸せになるお話。 カクヨムにも掲載しております。

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。

こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。 彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。 皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。 だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。 何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。 どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。 絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。 聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──…… ※在り来りなご都合主義設定です ※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です ※つまりは行き当たりばったり ※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください 4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!

処理中です...