上 下
11 / 45

第十一話 大繁盛で目が回ります!

しおりを挟む
「姉ちゃ~ん、こっちに注文きてくれよ~」
「た、ただいま~!」

 いつの間にか、あれよあれよとお客さんがやって来て……私がここで勤め始めてから、初めての満席になった。

 それは大変喜ばしい事だけど、当然注文の量は増えるし、提供の数も増える。お皿も片付けなきゃいけないし、片付けたお皿を洗うのもしないといけない。

 結果……私は既に少しパニックになっていた。

「セーラちゃん、これは俺達のじゃないぜ?」
「あ、それウチの~」
「え、ああああ!? ごめんなさい!!」
「気にすんなって! 落ち着いてけよ!」
「人多いもんねぇ。応援してるよ~」
「うう、ありがとうございます」

 お客さんの優しさに感動しながら、ちゃんとした所に給仕を終えた私は一度厨房へと戻ってきた。

「セーラ」
「は、はい……ごめんなさい、間違えちゃって……」
「ミスは誰でもある。だから……慌てるな、急げ」
「それって同じじゃないですか?」
「全然違う。慌てるのは、周りが見えてない。急ぐのは、周りが見えてる状態で手早く動く事だ。あくまで持論だがな」

 言葉として理解するのは容易いけど、それを実践するのはかなり至難の業だろう。

 でも、それを意識するだけでも、少しはミスをしなくなりそうだ。慌てない、慌てない……でも急ぐ……急ぐ……よしっ。

「店員さーん、注文したいんだけどー?」
「客が呼んでる。行ってこい」
「はい、行ってきます!」

 私は元気よくマスターに返事をしてから、勢いよく厨房を後にした。

 自信なんて無いけど、私がやらなかったらお店は回らないんだ。頑張れ私……!


 ****


「ふにゃ……」

 最後のお客さんの会計を終え、今日の接客が完全に終わった私は、ホールの椅子に腰をかけながら、変な声を漏らした。

 や、やっと終わった……いつもの五倍は働いた気がする……常に満席状態だったし、お客さんも結構入れ替わりが激しかったし……。

「……そういえば、どうしてマスターは急に新メニューを開発したり、期間限定で値下げをしたんだろう……?」

 今までマスターは、常連さんを大事にするためか、特に変わった事をしてこなかった。だから私も、このまま変わらないと思っていた。

 だから、マスターが新しい事に踏み出した事が、正直驚きだった。マスターの料理やお酒の味が広まる事は、とても喜ばしい事だけどね。

「セーラ、今日はご苦労だった。後は俺がやっておくから、先に帰れ」
「そんな、私も後片付けをします!」
「いや、俺の想像よりも忙しくなった。だから、お前も疲れてるだろう?」
「それを言うなら、マスターだって疲れてるじゃないですか……ずっと厨房で仕事してましたし」

 厨房というのは、想像以上に忙しいし、なにより凄く暑い。目の前でずっと火を使っているんだから、当たり前といえば当たり前だ。

 そんな中で、絶え間なく来る注文に応えて料理をするのは、とんでもなく疲弊するに違いない。

「……セーラ……わかった。一緒に皿洗いを頼む」
「わかりました!」

 私はテーブルの上に置かれたままのお皿や樽ジョッキを厨房に戻すと、丁寧に皿洗いを始める。

 これが洗い終わったら、迎えに来てくれているライル家の人に一声かけないと。いつも迎えに来てもらってるのに、変にいつもより待たせて心配をかけるのは、あまりにも申し訳なさすぎるもんね。

 そうだ。せっかくマスターとゆっくり話せる時間だし、さっき思った事を聞いてみよう。

「マスター」
「なんだ」
「どうして急にいつもと違う事をしたんですか? 新メニューとか、値下げとか……」
「……セーラは知らなくても良い事だ」
「そ、そうなんですか……」

 うっ、聞かない方が良かったかな……ちょっと返事に困ってそうだったし……。

「……皿洗いの途中で済まないが、忘れないうちに今日の給料を渡しておく」
「あ、ありがとうございます……って、えぇ!?」

 マスターから受けとった麻袋は、中のお金に押されてパンパンになっていた。

 あ、明らかに多すぎる! いつもの倍……いや、下手したら三倍以上は入ってる!

「あの、量がおかしくないですか!?」
「なにがだ? 今日はいつもより忙しかったんだ。当然だろう」
「それにしたって……!」
「俺はちゃんと働いた人間に、正当な報酬を渡しているだけだ。お前が受け取らないと、俺が困る」
「うぅ……」

 駄目だ、これは何を言っても聞き入れてもらえそうもない。そう思った私は、差し出された麻袋を受け取った。

「まだ数日間は忙しくなると思うが、よろしく頼む」
「は、はい」

 そっか、新メニューはこれからも続いていくし、値引きもまだ続くのだから、忙しくなる可能性は高い。

 正直、倒れたりしないか不安だけど、弱音は吐いていられない。マスターの大切なお店を繁盛させるためにも、もっと頑張らないと!

「よーっし、お皿をピカピカにして、次のお客さんが気持ちよく使ってもらえるようにしなきゃ……!」
「気合を入れるのはいいが……」
「……あっ……!」

 変に力が入り過ぎてしまったせいか、私の手からするりと落ちた皿は、流しに勢いよく落ちてしまい……見事に割れてしまった。

「あ、あの……ご、ごめんなさい……私、いきなり迷惑を……」
「気にするな。手を切ってはいないか?」
「大丈夫です……」
「そうか。俺が片付けるから、退いてくれ」
「ごめんなさい……」

 ……私、なにやってるの? お店の為にとか思った矢先に、いきなり迷惑をかけるとか、話にならない。自分の間抜けっぷりが恨めしい……。

「……いたっ」
「ど、どうしたんですか!?」
「いや、少し指を切っただけだ」
「見せてください!」

 特に気にする素振りを見せないマスターの手を無理やり引っ張ると、その指からは赤い一筋の液体が流れていた。

「私のせいで……すぐに手当てをしますから!」
「そこまでする必要は無い。放っておけば治る」
「駄目です! えっと、手当の道具は確か倉庫に……」

 ああもう、私がドジで間抜けなせいで、マスターに怪我までさせて……本当に私ってば、マスターにもヴォルフ様にも……ううん、沢山の人に迷惑をかけっぱなしだ……。

 こんなんじゃ駄目だ。もっと成長しないと、もっと沢山の迷惑をかけてしまう。

 でも、どうやって成長をすればいいのだろう……そもそも、何かする事でドジとか間抜けを治す事って出来るのだろうか……?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

隣国に売られるように渡った王女

まるねこ
恋愛
幼いころから王妃の命令で勉強ばかりしていたリヴィア。乳母に支えられながら成長し、ある日、父である国王陛下から呼び出しがあった。 「リヴィア、お前は長年王女として過ごしているが未だ婚約者がいなかったな。良い嫁ぎ先を選んでおいた」と。 リヴィアの不遇はいつまで続くのか。 Copyright©︎2024-まるねこ

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

へぇ。美的感覚が違うんですか。なら私は結婚しなくてすみそうですね。え?求婚ですか?ご遠慮します

如月花恋
ファンタジー
この世界では女性はつり目などのキツい印象の方がいいらしい 全くもって分からない 転生した私にはその美的感覚が分からないよ

辺境伯令嬢、婚約破棄されたから戦場を駆ける。そしてなぜか敵国の皇太子と結婚した。

うめまつ
恋愛
黄色みの強い金髪に赤みのかかった琥珀の瞳。目付きは鋭く狼を彷彿とさせる顔立ちと女性にしては背が高く、細くしなやかとは言えがっしりと鍛えた体つき。次期王妃に相応しくないと婚約破棄された。だけど大人しく泣く令嬢ではない。見かけ通りの肉食獣は火の粉を払うために牙をむく。 ※設定は緩め、女の子の戦闘が書きたかったので行き当たりばったりです。

警察官数名を把握

すずりはさくらの本棚
現代文学
--- 警察官数名を把握 朝方、私が道端に倒れていると、近所の人々が集まってくる様子が見受けられました。しかし、彼らは私の状態に驚くこともなく、ただその場に立ち尽くしているだけでした。私自身、倒れることに慣れているためか、誰一人として声をかけてくることもなく、その無関心さが心に響きました。その一方で、周囲の様子を観察することにしました。 その時、小さな子供を連れている親子らしき二人組が、私の視界に入りました。男性は舌打ちをしながら子供と共にその場にいたのですが、どこか違和感を覚えました。「この二人は本当に親子なのだろうか?」という疑問が頭をよぎりました。まるで芝居の一場面のように見えたその親子に、私は疑念を抱かざるを得ませんでした。 さらに、近くを通りかかった見知らぬ男性が私を起き上がらせてくれましたが、彼もまたこの地域では見かけたことのない顔でした。この付近では私が倒れていても、通常、誰も助けてくれることはありません。そんな状況の中で、二人の男性が「大丈夫ですか?」と声をかけてきたことは非常に珍しいことでした。この言葉に違和感を覚えながらも、私は彼らの行動を冷静に分析しました。 その結果、私には一つの推論が浮かびました。彼らは刑事であり、私を監視しているのではないかという考えです。私が倒れているこの状況を利用して、彼らの正体を見極めようと試みました。すると、私の予感は当たっていたようで、二人の男性が刑事であることが判明しました。 その後、私はお昼過ぎと夕方にも外に出ましたが、彼らの姿を再び確認することはできませんでした。それでも、私の中には確信が残りました。彼らは刑事であり、私を見張っているということです。 右肋骨に二、三本の損傷があり、さらに肉離れも起こしているため、しばらくは安静が必要です。しかし、このような状況に今後も警戒しながら、日常を送る覚悟を持つ必要があると感じています。 ---

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

処理中です...