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第二話 一人ぼっちの私と、ボロボロのハンカチ
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パーティー会場から逃げるように出ていった私には、当然帰りの馬車など用意されてるわけもなく……暗くて人通りが少なくなった道を歩いて帰宅した。
マルク様に迷惑をかけないようにと、今日の為に無理して買ったドレスのせいで歩きにくく、家に着くまでかなりの時間を費やしてしまった。
「ただいま……」
誰もいない真っ暗な家の中に、私の声が虚しく響く。
ここが私の家。プロスペリ国の城下町の外れにある、貧民街に住んでいる。家は壁の至る所に穴が開き、雨が降れば雨漏りが酷い。隙間風が入ってくるのも日常茶飯事だ。
……はっきり言って、人が住めるような家ではないけど、引っ越そうにも、私はお金が無い。働いて稼いではいるが、日々の生活で殆ど消えてしまっている。
「お父さん……お母さん……」
私はポケットから、先程マルク様に拾われたハンカチを取り出しながら、小さく呟く。ハンカチは汚れて茶色くなってしまっていて、お世辞にも綺麗とは言えない。
このハンカチは、炭鉱の街に出稼ぎに行ったきり、音信不通になったお父さんと、病気で亡くなったお母さんが、私の誕生日にプレゼントしてくれた形見だ。
……もうハンカチとして使えないと言ってもいいくらいボロボロだけど、絶対に捨てる事は出来ない。
「私……マルク様に捨てられちゃったよ……ううん、最初から結婚する気なんて無かったんだから、捨てられたっていうのは……おかしい、かな……えへへ……」
無意識にハンカチを握る手に込める力を強めながら、虚しく笑い声を響かせる。すると、また涙が溢れてきた。
「わ、私……ずっと、騙され……う、うぅ……ぐすっ……」
誰かに認められて、幸せになれると思っていた。マルク様の事は好きではなかったけど、それでも嬉しかった。それなのに……こんな仕打ちなんて、あんまりだ。
「起きてても辛いだけだし……もう……寝よう……」
慣れないパーティーなんかに行って疲れてしまった私は、ギシギシと音を立てるクローゼットにドレスをしまってから、部屋着に着替えて横になった。
もちろんすぐに寝る事なんて出来るわけもなく……私はずっと一人ぼっちですすり泣いて過ごした。
****
「……うぅ……」
……一人で泣いていたら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
帰ってきたのが遅かったのと、なかなか寝付けなかったせいか、外は既にお日様が高く昇っているどころか、既に少し傾いてしまっている。
「今日は仕事だから……そろそろ準備しなきゃ……」
私は疲れて重いままの体を何とか起こすと、所々割れてしまっている鏡で身支度をする。
……なんだろう、マルク様と、その婚約者の女性を見たからなのだろうか。自分の姿を見るのが、凄く嫌だ……。
この変に白くて長い髪も、少し垂れた大きな緑色の目も、痩せてて貧相で小柄な体も、全部好きじゃない。
「早く着替えなきゃ」
部屋着をクローゼットに戻し、ドレスとは別に入っていたエプロンドレスに着替える。この服もボロボロだけど、動きやすさでこれに勝るものは無い。
「それじゃ……行ってきます」
誰からも返事が返ってくるはずもないのはわかってるけど、昔からの癖でいってきますを言った私は、慣れない靴でお城から帰ってきたせいで痛む足を引きずりながら、なんとか職場へと到着できた。
そこは、いろんな飲食店が並ぶ場所にある、小さな酒場。私はここで仕事をして、生計を立てるのと共に、ある目的の為に、コツコツお金を貯めている。
「お、おはようございます」
「ああ、おはよう」
裏口から酒場に入ると、厨房で料理の仕込みをしている一人の男性がいた。
彼はこの店のマスターだ。身長は私より頭一つ分くらい大きく、目の大きな傷と、ツルツルの頭が特徴的な人だ。
正直、凄く怖い見た目だとは思う。でも、以前勤めていた仕事をクビになり、色々な所を面接しても落とされ続けていた私の事を雇ってくれた。口数は少ないけど、いつも私を気にかけてくれる、とても優しい人だ。
「元気無いな」
「え、そんな事……私、暗いから……いつもこんなですよ」
「これを食べろ」
マスターはそう言うと、大きなお鍋からスープをよそって私に手渡してくれた。
「……ありがとうございます。ごくっ……ごくっ……」
「美味いか」
「はい。マスターのスープ、野菜がたくさん入ってて……優しい味がするので、大好きです」
「そうか。もっと飲むといい」
「で、でも……お客さんの分が……」
「足りなければ作る。お前は、何も気にせずに甘えておけ」
「は、はい……」
気遣ってくれて嬉しい反面、申し訳なさも感じながら、私はスープを全て平らげてしまった。
マスターの料理は、彼の優しさが反映されているのか、基本的にとても優しい味付けだから、いくらでも食べられちゃうし、何度食べてもまた食べたくなる魅力がある。
「美味しかったです。ちょっとだけ……元気出ました」
「そうか」
「その……昨日、婚約者の家族のパーティーだったんです。そこで……婚約者に騙されてるって知って……捨てられて……」
「そうか。そんな最低な男は、さっさと忘れろ。セーラには、笑顔の方が似合う」
「マスター……ありがとうございます」
深々と頭を下げてお礼をしてから、私はホールの方へと向かう。まだお客様は入っていないから、ガランとしているけど……すぐに賑やかになる。
ちなみに私の仕事は、注文を取ったり、完成した料理をテーブルに運んだり、会計をしたりと、やる事が多い。これを一人でやる。お客さんがいなくなったら皿を片付け、皿洗いもやらないといけない。
「はぁ……今日、大丈夫かな……」
あんな事があってから間もないせいで、まだ気持ちの整理がついてない。こんな状態で、接客なんて……ううん、やらないとマスターに迷惑がかかっちゃう。
それに、ちゃんと仕事しないと、お金がもらえない。生活費を稼いで、余った分は貯金して……こんな所で落ち込んでても仕方ない……仕方、ない……うぅ。
「……もうっ! 頑張れ、セーラ! セーラなら出来る!」
また落ち込みかけた気持ちを、無理やり鼓舞したのとほぼ同時に、一人のお客さんが入ってきた――
マルク様に迷惑をかけないようにと、今日の為に無理して買ったドレスのせいで歩きにくく、家に着くまでかなりの時間を費やしてしまった。
「ただいま……」
誰もいない真っ暗な家の中に、私の声が虚しく響く。
ここが私の家。プロスペリ国の城下町の外れにある、貧民街に住んでいる。家は壁の至る所に穴が開き、雨が降れば雨漏りが酷い。隙間風が入ってくるのも日常茶飯事だ。
……はっきり言って、人が住めるような家ではないけど、引っ越そうにも、私はお金が無い。働いて稼いではいるが、日々の生活で殆ど消えてしまっている。
「お父さん……お母さん……」
私はポケットから、先程マルク様に拾われたハンカチを取り出しながら、小さく呟く。ハンカチは汚れて茶色くなってしまっていて、お世辞にも綺麗とは言えない。
このハンカチは、炭鉱の街に出稼ぎに行ったきり、音信不通になったお父さんと、病気で亡くなったお母さんが、私の誕生日にプレゼントしてくれた形見だ。
……もうハンカチとして使えないと言ってもいいくらいボロボロだけど、絶対に捨てる事は出来ない。
「私……マルク様に捨てられちゃったよ……ううん、最初から結婚する気なんて無かったんだから、捨てられたっていうのは……おかしい、かな……えへへ……」
無意識にハンカチを握る手に込める力を強めながら、虚しく笑い声を響かせる。すると、また涙が溢れてきた。
「わ、私……ずっと、騙され……う、うぅ……ぐすっ……」
誰かに認められて、幸せになれると思っていた。マルク様の事は好きではなかったけど、それでも嬉しかった。それなのに……こんな仕打ちなんて、あんまりだ。
「起きてても辛いだけだし……もう……寝よう……」
慣れないパーティーなんかに行って疲れてしまった私は、ギシギシと音を立てるクローゼットにドレスをしまってから、部屋着に着替えて横になった。
もちろんすぐに寝る事なんて出来るわけもなく……私はずっと一人ぼっちですすり泣いて過ごした。
****
「……うぅ……」
……一人で泣いていたら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
帰ってきたのが遅かったのと、なかなか寝付けなかったせいか、外は既にお日様が高く昇っているどころか、既に少し傾いてしまっている。
「今日は仕事だから……そろそろ準備しなきゃ……」
私は疲れて重いままの体を何とか起こすと、所々割れてしまっている鏡で身支度をする。
……なんだろう、マルク様と、その婚約者の女性を見たからなのだろうか。自分の姿を見るのが、凄く嫌だ……。
この変に白くて長い髪も、少し垂れた大きな緑色の目も、痩せてて貧相で小柄な体も、全部好きじゃない。
「早く着替えなきゃ」
部屋着をクローゼットに戻し、ドレスとは別に入っていたエプロンドレスに着替える。この服もボロボロだけど、動きやすさでこれに勝るものは無い。
「それじゃ……行ってきます」
誰からも返事が返ってくるはずもないのはわかってるけど、昔からの癖でいってきますを言った私は、慣れない靴でお城から帰ってきたせいで痛む足を引きずりながら、なんとか職場へと到着できた。
そこは、いろんな飲食店が並ぶ場所にある、小さな酒場。私はここで仕事をして、生計を立てるのと共に、ある目的の為に、コツコツお金を貯めている。
「お、おはようございます」
「ああ、おはよう」
裏口から酒場に入ると、厨房で料理の仕込みをしている一人の男性がいた。
彼はこの店のマスターだ。身長は私より頭一つ分くらい大きく、目の大きな傷と、ツルツルの頭が特徴的な人だ。
正直、凄く怖い見た目だとは思う。でも、以前勤めていた仕事をクビになり、色々な所を面接しても落とされ続けていた私の事を雇ってくれた。口数は少ないけど、いつも私を気にかけてくれる、とても優しい人だ。
「元気無いな」
「え、そんな事……私、暗いから……いつもこんなですよ」
「これを食べろ」
マスターはそう言うと、大きなお鍋からスープをよそって私に手渡してくれた。
「……ありがとうございます。ごくっ……ごくっ……」
「美味いか」
「はい。マスターのスープ、野菜がたくさん入ってて……優しい味がするので、大好きです」
「そうか。もっと飲むといい」
「で、でも……お客さんの分が……」
「足りなければ作る。お前は、何も気にせずに甘えておけ」
「は、はい……」
気遣ってくれて嬉しい反面、申し訳なさも感じながら、私はスープを全て平らげてしまった。
マスターの料理は、彼の優しさが反映されているのか、基本的にとても優しい味付けだから、いくらでも食べられちゃうし、何度食べてもまた食べたくなる魅力がある。
「美味しかったです。ちょっとだけ……元気出ました」
「そうか」
「その……昨日、婚約者の家族のパーティーだったんです。そこで……婚約者に騙されてるって知って……捨てられて……」
「そうか。そんな最低な男は、さっさと忘れろ。セーラには、笑顔の方が似合う」
「マスター……ありがとうございます」
深々と頭を下げてお礼をしてから、私はホールの方へと向かう。まだお客様は入っていないから、ガランとしているけど……すぐに賑やかになる。
ちなみに私の仕事は、注文を取ったり、完成した料理をテーブルに運んだり、会計をしたりと、やる事が多い。これを一人でやる。お客さんがいなくなったら皿を片付け、皿洗いもやらないといけない。
「はぁ……今日、大丈夫かな……」
あんな事があってから間もないせいで、まだ気持ちの整理がついてない。こんな状態で、接客なんて……ううん、やらないとマスターに迷惑がかかっちゃう。
それに、ちゃんと仕事しないと、お金がもらえない。生活費を稼いで、余った分は貯金して……こんな所で落ち込んでても仕方ない……仕方、ない……うぅ。
「……もうっ! 頑張れ、セーラ! セーラなら出来る!」
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