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第一話 愛されていない侯爵令嬢

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「喜べ、お前の嫁ぎ先が決まった」

 お父様の書斎へと入って開口一番にそう言われた私は、特に驚きもせずに、ぼんやりとお父様の事をジッと見つめていた。

「なんだ、やっと貰い手が見つかったというのに、喜びの言葉一つも言えんのか」
「はい、嬉しいです」

 嘘だ。結婚なんてどうでもいい。だから、嬉しいなんて感情は、これっぽっちも沸き起こってこない。

 ――私の名前はフェリーチェ・エヴァンス。侯爵の爵位を持つが、昨今では領土の縮小や、優秀な魔法使いを排出できなくて没落しかけている、エヴァンス家の長女だ。

 長女といっても、私はエヴァンス家の血は流れていない。長い間子供が出来なかった両親が、家を存続させる為に孤児だった私を引き取り、育てたからだ。

 両親は私が優秀な魔法使いになる事を期待していた。私も両親の期待に応えられるように努力をした。

 しかし、私には魔法の才能があまり無く、中々な魔法が使えるようにならなかった。そのせいで、両親の私に対する当たりが悪くなっていった。

 更に、私に妹が生まれた事も相まって、両親の関心は一気に妹に向いた。

『お前のような使えない人間は、エヴァンス家の恥晒しだ。それに、私の血を引き、魔法の才もある正当な後継者である妹……ミシェルがいる今、お前はもう必要ない』

 吐き捨てるようにそう言われて、もういない人間のように扱われても、私は努力をやめなかった。

 その努力が実った結果、私はついに魔法を発動させる事が出来た。その魔法がきっかけとなって、私は更なるどん底に叩き落とされた。

 魔力には属性が存在している。それは、生まれ持ったものであり、魔法が使えるようになるまで知る事は出来ない。

 私も例に漏れず、使えた時に初めて知った。その属性とは、あまりにも希少な闇の属性だった。

 希少なものなら喜ばれても不思議ではないのだが、闇魔法は破壊や呪いといった負の側面が強い。その影響もあり、世界では忌み嫌われている属性だ。

『求めてもいない魔法の勉強をした結果、闇魔法を会得しただなんて、何を考えている!? お前は恥晒しなどではない! この……忌み子め!!』

 いない人間扱いどころか、私という人間を否定するように言われた私は、あまりにもショックで、一人で部屋で泣いた。

 その事がきっかけとなったのか……私は、自分の人生の中で、経験もした事がない事を思い出したわ。

 それが、前世の記憶と気づくのには、さほど時間がかからなかった。

 私の前世も、良いものだとは言えなかった。父は浮気が原因で家を出ていき、母は無類の酒好きで、酔っぱらったり、気に入らない事があると、私に暴力を振るったわ。家も母が豪遊してしまう為、常に貧乏だった。

 そんな環境が嫌で、私は高校を卒業と同時に家を出て働き始めた……のだが、そこがとんでもないブラック企業だった。

 数人でやるのが普通の量の仕事を一人でやらされ、なにかあったら全て私の責任。残業は当たり前で、毎日終電で誰もいないボロアパートに帰っていた。

 その結果、私は心を病んでしまい……自ら命を断った。

 これでやっと楽になれると思ったのに、なぜか私はフェリーチェという人間に転生をしてしまったの。

 どうして転生をしてしまったのかはわからない。でも、こんな人生をまた歩む事になるのなら、あのまま死んじゃった方がずっとマシだったわ。

 まあそんな事が色々と積み重なったせいで、私の心は疲弊しきってしまったというわけ。

「全く、ようやくお前のような忌み子を家から追い出す事が出来て、清々しているぞ」
「…………」
「相変わらず愛想の無い女だ。こんなでも貰おうとするなんて、相手側もよほど余裕がないのか、それとも馬鹿なのか」
「…………」
「そうだ、親として最後の仕事をしよう。それはだな、相手の事を教えてやる事だ」

 どうでもいいわ。そもそも、親だなんて軽々しく言わないでほしい。どうせ私の親だなんて、これっぽっちも思ってないくせに。

「名をアルバート・マグヴェイという。頭の悪いお前でも、知っているだろう」

 アルバート……噂話程度だけど、確かに聞いた事がある。あまり良い噂ではないけど。

「生意気にも、我が家と同じ侯爵の爵位を持つ家があるのは知っているだろう?」
「はい。しかし、アルバートという方について、あまり良い噂は聞きませんね」
「そうだ。魔法の腕は素晴らしいが、幼い頃から研究に没頭し、常日頃から引きこもり続ける不気味な男だ。そいつとの結婚が決まった」

 ……? なんでそんな人が私と結婚をしようと思ったのかしら。研究をしたいのなら、伴侶なんて必要ないはずだ。

 侯爵家同士で、何か裏で取引があったのかもしれない。この世界では、政略結婚なんて普通にある事だし。

 まあ……それもどうでもいいわ。結婚して親しい間柄になると言っても、所詮は他人。どうせ私に酷い事をするか、蔑ろにするに決まってるわ。

「今日ほど、お前の見た目がそれなりだった事に感謝した事は無い。これで、別の侯爵家とのパイプが出来たからな。何かあった時に、お前を利用して我々が有利に動ける可能性が生まれた」
「そうですか。それは何よりです」

 遠回しに興味が無いというのを示す為に、私はエメラルド色の目を逸らした。その際に、肩にかかった、少しウェーブがかかった明るい茶色の髪が目に入った。

「これで、我がエヴァンス家の名が世の中に蘇る日が一歩近づいた。汚い孤児院から引き取った私に感謝をしながら嫁ぐように」
「はい」

 感謝? 変な事を言わないでほしい。私を家族として迎え入れるんじゃなくて、全部家の為に引き取っただけの癖に。

「明日には出ていってもらうから、それまでに荷造りをしておくように。話は以上だ。私は忙しいから、さっさと消えろ」
「はい、失礼します」

 私は無表情のまま、スカートの裾を持って頭を下げてから、部屋を後にする。

 新しい生活、か……前世では親元を離れられて、ようやく自分の人生を始められるんだって、期待に胸を膨らませていたっけ。

 もう遠い過去の話のようだ。ううん、違うな……自分の事のはずなのに、知らない他人の事のように思える。

 これも転生をした影響なのかしら? それとも、そんな事を思うくらい、私の心は疲弊しているだけなのかも?

 まあ、そんなのどうでもいいわね。さっさと荷物を纏めて、部屋で本でも読んで過ごそう――
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