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第五十一話 一件落着

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「なにやってんだお前は」

 最後の最後に間抜けなことをしてしまったと思っていた私だったが、完全に倒れ切る前に不自然に体が宙で止まった。ついでに首が変に締まって、ちょっと苦しい。

 何が起こったのか確認すると、私の後ろにシャフト先生が立っていた。どうやら倒れる私の襟を引っ張り上げて、薬品との接触を避けてくれたんだわ。

「助けてくれて、ありがとうございます」
「おう、そろそろ時間切れだから見に来たら、丁度良かった。確認してやっから、座って休んでろ」
「いいんですか?」
「適材適所だ。丁度実験が暇になってな」
「ありがとうございます……それでその、そろそろ放してくれると……首が締まって……」
「あん? それくらい我慢しろや」

 なんとも横暴な態度を取りつつも、シャフト先生は私を開放してくれた。

 助けてくれたのはとても感謝しているけど、せめて手とか腕を掴むとかにしてほしかったと思うのは欲張りなのかしら。後ろから襟をグイッてやるなんて……。

「ふむ、これは……なるほどな」
「だ、ダメ……です、か……?」

 シャフト先生は、私の作った薬を観察しながら、ぽつりと言葉を漏らした。

 これでちゃんと出来ていなかったら、もう時間が無い。それに、私の魔力も休憩で戻った分も含めて、全て使い切ってしまった。恐らく、次を作るにはしばらくの休息が必要なるだろう。

 お願い……見た目は上手く出来てるんだから、ちゃんと中身も完成してて!

「お前はワシの期待に応えた。ギリギリ合格だな」
「それって……」
「ああ。ちゃんと完成している」

 シャフト先生の完成しているという言葉を聞いて、完全に全身から力が抜けた私は、椅子に座っているのも出来なくなり、その場で床に大の字で倒れてしまった。

「なにしてるんだ、みっともない。ちゃんと座ってろ」
「そ、そうなんですけど……体に力が入らなくて……あの、本当に……? 私に、出来たんですか……?」
「ああ」

 改めて聞いても、返ってくるのは望んでいたものだった。本当に私、出来たんだ……!

「後はワシの方で処置をするから、帰って休んでおけ」
「いえ……最後までお付き合いさせてください」
「その体たらくでよく言えたもんだ。途中で泣き言を言ったら叩きだすからな」

 そう言うと、シャフト先生は私を優しくおんぶをしてくれた――なんてことはなく、なんと私を片手で担ぎ上げて、教室を後にした。

 いやいやいや、ちょっと待って! この運び方って、完全に大柄な男性がタルを片手で運ぶ持ち方よね!? シャフト先生にそんな筋力があったのにも驚きだけど、それよりも、もう少し運び方があると思うの!


 ****


 なんとかレオ様がいる保健室まで到着出来た私は、シャフト先生から降ろされながら、深々と溜息を漏らした。

 なんていうか……凄く疲れた。いや、向こうにいた時から疲れてはいたんだけど……それとは別の疲れというか……明け方だから、生徒がいなかったのが救いだったわ。

「あ、アメリアちゃん!?」
「え、ローガン様にレイカ様!?」

 保健室にやってくると、ずっと看病をしてくれていたセシル様の他に、ローガン様とレイカ様もいらっしゃった。他にも数人の使用人がいて、みんなレオ様の心配をしていた。

 うぅ……誰にも見られて無くて良かったと思ったら、想定外の人達に見られてしまった……もうお嫁にいけない……。

「ちょっと、私達の大切な娘をなんて運び方をしていらっしゃるの!? 事と次第によっては、絶対に許しませんことよ!!」
「よせレイカ。何か事情があるのだろう」
「ああ。こいつが疲労で動けなくなっているのに、ついてくると言い出したから、連れてきた。ワシは片手が不自由なもんで、こんな運び方になっちまったが」

 二人の前でも、いつもの姿勢を全く崩さないシャフト先生は、私を降ろして椅子に座らせた。

 ……この場を乗り切るために、適当な嘘をついてるわね。片手が不自由だなんて話、一切聞いたことが無いもの。

 でも、怒るレイカ様を納得させるには、ある意味手っ取り早い方法なのかもしれない。

「事情はセシル殿から聞いている。何も出来ない不甲斐ない私達の代わりに……息子を助けてほしい」
「もちろんです。そのために薬を作ってきました」
「アメリア、お前が薬を飲ませてやれ」
「え、私がですか?」
「そうだ。お前が作った薬なんだから、最後まで責任をもって終わらせろ。手くらいは動くだろ?」
「それくらいなら……」

 私はシャフト先生に支えてもらいながら、持ってきた薬をレオ様の口元に持っていった。

 レオ様、凄く苦しそう……大丈夫ですよ、この薬ですぐによくなるはずですから。

「うっ……ごほっ!!」
「えっ!? レオ様!?」

 薬を飲んだレオ様は、さっきよりも苦しそうな表情を浮かべながら、強く咳き込んだ。それだけじゃなく、口からは血も出始めていた。

 ど、どういうことなの!? もしかして、私の薬は失敗していたというの!?

「薬に反応した毒が、最後の抵抗を見せているだけだ。ものによっては、こういう反応が出るのは、お前も勉強してんだろ」
「あっ……た、確かにそうでした……ごめんなさい、動揺しちゃって」
「まあわからんでもないがな。口と鼻に血が溜まらないようにしながら、薬をゆっくり与え続けろ」
「はいっ」

 目の前で苦しんでいる姿を見ると、これで本当に合っているのか不安になるけど、シャフト先生に言われた通りに薬を飲ませ続ける。

 飲ませてから、しばらくは咳き込んだりしていたけど、次第に落ち着いてきて――そのまま深い眠りについていた。

「さっきまで苦しそうだったレオの顔が、こんなに穏やかに……もう大丈夫なんですの?」
「……シャフト先生?」
「ああ。飲ませた薬で体内の毒が無害になった。あとは気長に傷の手当てをすれば、また騒がしくなるだろう」
「っ……!? 良かった……本当に良かった……!」

 もう大丈夫とわかったみんなの喜びの雄たけびが、静かだった保健室を超えて外にまで響き渡った。

 良かった……幼かったあの頃とは違って、目の前で苦しんでいる人を助けられたんだ……!

「アメリアちゃん、本当にありがとう!!」
「レイカ様! 私、出来ました……!」
「本当にありがとう、アメリア」

 感極まって涙を流すレイカ様と、確かに微笑んで喜ぶローガン様、そして喜んで抱き合ったり涙を流す使用人達を見ていたら、本当にもう大丈夫なんだと実感できて……同時に一番の疲労感に襲われて。

 ……私はそのまま、意識を手放した。
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