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第八話 袋一杯の想い

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「……? この荷物は何かしら?」

 翌日の放課後も、いつものように旧別館の教室へとやってくると、部屋の隅に大きな麻袋が五つも置いてあった。それも、中身がたくさん詰まっているのか、パンパンになっている。

 もしかして、シャフト先生が魔法薬の実験のために置いているのだろうか? うん、その可能性が一番ありそうだ。

「失礼します、アメリアです」
「あ? なんだ、今日もワシの実験の邪魔か?」
「いつも邪魔をしているつもりはありませんが」
「冗談だ。何か用か?」
「はい。隣の教室にある大きな荷物は何でしょうか?」
「荷物? さあな。朝に誰かが来てそれを置いていったのは知っているが、実験をしていたから誰かまではわからん」

 知らない? てっきりシャフト先生が持ち込んだものだと思っていたのに、知らないのは想定外だったわ。

 ……いや、それよりも……今の発言から察するに、今日も帰らないで徹夜で実験をしていたのね。もう、体に毒だからちゃんと休むようにいつも言っているのに。

「別にワシの実験の邪魔にならなければ、何を置いていっても構わん」
「相変わらず実験第一主義な考え方ですね」
「実験がワシの全てだから仕方ない。こんな学園の教師をやっているのも、実験の金を出してもらえるのと、この設備が使えるからだしな。さあ、ワシは忙しいから向こうで本でも読んでろ」

 それだけ言うと、シャフト先生は試験管を持ちながら、ぶつぶつと独り言を言い始めた。

 こうなってしまったシャフト先生は、声をかけても反応しなくなる。仕方がないから、言われた通り教室で読書か勉強でもしていよう。

「…………」

 適当な席に座り、本を読み始める。聞こえてくるのは、遠くから届いてきた生徒達の笑い声と、窓から入ってくる風の音だけ。この穏やかで静かな時が、私の至福の時間だ。

 最近はレオ様が来ていたから、静かな時間ではなくなってしまっていた。だから、こんな時間は久しぶりに感じる。

「やあ、アメリア!」

 ゆったりと読書をしていた中、勢いよく教室の扉が開かれた。

 ……穏やかな時間は、もう終わりみたいだわ。レオ様ってば、どうして毎日ここに来るのだろうか。よっぽど暇なのかしら。

 基本的に私は、いじめられているのもあって、他人と一緒にいるのが苦手な人間だけど、レオ様はなんていうか、一緒にいても不快な感じがしない。

 本当に、上手く言語化できないのだけど……この人は大丈夫だという安心感があるって言えばいいのかしら。だから、最初はなんで話しかけてくるのかと思ったけど、今では特に思わなくなった。

「今日は少し遅かったですね」
「ああ。クラスメイトに捕まってしまってね。確か……フローラ? とかいう女性が随分と話しかけて来てね。時間がかかりそうだったから、さっさと退散してきたというわけさ……ふぃ~」

 レオ様は気の抜けた溜息を漏らしながら、私の近くに椅子を置いて、それに座った。

 フローラって、レオ様のことを気にしてるのかしら? どう思おうがフローラの勝手だけど、レオ様の迷惑にならないように……あれ? 私……。

「どうかしたのかい?」
「いえ……」

 レオ様は少し例外だけど、基本的に私は他人が信用できないし、他人が苦手だ。それは、他人の心配をしないことにも繋がる。

 なのに、私はレオ様のことを考え、心配している。今までの私から考えたら、凄い変化だ。

 ……シャフト先生を心配していただろうって? 彼は私にとって、少し特別な先生だもの。心配するのは当然よ。

「そうだ、忘れていた! アメリアに見せたいものがあってね!」
「見せたいもの? もしかして、あの大荷物に関係が?」
「大正解! じゃーん!!」

 レオ様が勢いよく袋を開けると、そこには沢山の本が詰められていた。

 こ、これは凄いわね……百冊くらいはあるんじゃないかしら? さすがにここまで多いと圧巻だわ。

「一晩ではこれしか集められなかったよ。ごめんね、アメリア」
「一晩でこの数を……!? あの、お金は……」
「いらないいらない! これは俺から初めての……と、友達! に贈るプレゼントさ!」

 友達からのプレゼント……嬉しいし、とても心が弾む。こんな気持ちになったのは、幼い頃以来だろう。

 でも、こんなにたくさんもらってしまったら、さすがに申し訳ない。今度何か別の形でお返しをさせてもらいましょう。貰ったら返すのは、人として当然のことでしょう?

「ありがとうございます。とても嬉しいです」
「喜んでもらえて良かったよ。この教室の本棚はたくさん空いてるから、そこに入れればいいかなって」
「あ、でも……この教室の責任者はシャフト先生なんです。なので、彼に許可を取らないと」

 レオ様にそう提案すると、わかったと言って私の手を取り、一緒にシャフト先生の元へと向かった。

「ワシの研究の邪魔にならんなら、勝手にせい」

 良いか悪いかを聞いた矢先、本当に何秒も経たないうちに、さっきと同じような答えが返ってきた。

「そうだ、折角だし俺が持ってきた本を見てはどうですか? 気分転換や、刺激になるかもしれませんよ」
「ワシは忙しいんだ」
「まあまあ、そう言わずに。これとかどうですか?」
「わかったから本を押し付けるな、鬱陶しい」

 レオ様は、こっちに来る前に持ってきた一冊の本を、シャフト先生に押し付けた。

 ……おかしい。シャフト先生はいつも研究をしていて、なぜか私のことを気にかけてくれるけど、いつもは他の人間には一切興味が無い。

 そんな彼が、強引だったとはいえ、レオ様の提案に乗ったのが、凄く意外に感じられたわ。

「こいつは……懐かしいじゃねえか。ワシが若い頃に書いた論文じゃないか」
「ええ、本を探していた時に本当に偶然見つけて。気づいた時には買ってました」
「かーっ、人の黒歴史を発掘しやがって。恥ずかしいわ」
「恥ずかしい? これもあなたが歩んできた軌跡でしょう? 誇ることはあれど、恥じることは無いと思います」
「よく回る口だな。まあいい、それは適当に本棚に入れておきな。ワシは研究に戻る」
「わかりました」

 レオ様は教室へと戻ると、言われた通りに持ってきた本を順番に丁寧に本棚に入れていく。

 さて、それじゃあ私は自分の勉強に戻ろうかしら。今日はどの範囲の勉強を……。

「…………」
「アメリア?」

 勉強をするつもりだったのに、私は気が付いたらレオ様の手伝いをしていた。それが意外だったのか、レオ様は目を丸くしていた。

「俺が一人でやるから、君は好きなことをしていていいよ」
「二人でやった方が早いでしょう」
「アメリア……」

 レオ様の言う通り、彼一人で出来る作業なのだから、私が手伝う意味は無い。

 でも、レオ様が私のことを考えて持ってきてくれたものだし、目の前で作業をしている人を手伝わないのは……なんだかモヤモヤした。

 きっとこれが別の人だったら、何も思わずに勉強を始めていただろう。どうしてレオ様だけは他の人と違う見方を持つのか……自分のことなのに、自分が一番わかってないというのも、なんだかおかしな話だ。

「アメリアは、やっぱり優しいね」
「別に普通ですよ。あれ、この本は……」

 沢山ある本の中の一冊を手に取る。それは、最近人気のある魔法の参考書だった。

「それかい? 買いに行った店の店主が、おススメしてくれた本だよ。そっちの本は何かタイトルが少し変わってて面白そうだったから買ってきた」
「選ぶ基準が個性的ですね」
「はは、自慢じゃないけど、本なんて自分で選んだことが無いから、直感的に選んだものが多く入ってるんだ。一応魔法に関するものだけを買ってきたつもりだけど……」

 レオ様の言う通り、確かに魔法に関するものばかりだけど、その種類は多岐にわたる。魔導書もあれば論文もあるし、魔法を題材にした小説や絵本まである。

 私はいつも魔法薬学の勉強ばかりしているけど、別に他の分野の勉強をしないわけでもないし、読書自体も好きだ。せっかくの機会だし、気分転換に読むのも良いかもしれないわね。

「ありがとうございます。でも本当に良いんですか? 私、あなたにここまでしてもらう心当たりが無いのですが……」
「君が無くても、俺にはあるんだよ。いつかそれがわかる日が来ると信じてる」

 私がレオ様に返してもらうほどのことを? 考えても全然思いつかない。私の人生の中で、そんなに親しくした人なんて、数える程度しかいない。

 その中で、思い当たる人は……うん? 親しかった人……そういえば、レオ様は不自然に私の栞に興味を持っていたわね。

 ……いや、まさか……そんなはずないわよね。あの子とレオ様では、あまりにも性格や言動が違いすぎる。それに、あの子と会ったのはもっと遠い地だし、貴族の息子でもないし……。

「それに……ほら、俺達は友達だろう?」
「え、ええ……そうですね」

 しまった、考えごとをしていたら、適当な返事になってしまった。いくら私の大切な思い出だからって、起こるはずもない妄想を人の前でするのは良くないわね。

「さて、早く片付けないとね。アメリアの勉強の手助けになればと思ったことで、邪魔になっていては意味が無い」
「別に私は気にしませんよ」
「俺が気にするんだよ」

 あははっと笑うレオ様と一緒に本を片付けた私は、今日も最終下校時間までのんびりと教室で過ごしてから、二人で一緒に教室を後にした。
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