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第二話 険悪な母娘
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翌日、誰に起こされる訳でもなく、自然と窓から入る日差しによって目を覚ました私は、化粧台の前に座って髪をとかしはじめる。
「うん、寝癖も無いし、よだれの跡も無いわね。制服も大丈夫っと」
自分で洗濯をして綺麗になった制服に身を包んだ私は、厨房に向かうと、他の人達に用意されていた朝食の一部を自分で皿によそい、再び自室に戻ってきた。
根本的に、私の食事に関しては用意されていないが、いつも食事自体は多く用意されているから、私が持っていっても特に叱られたりしない。だって、私はいない者として扱われているのだから。
まあ、いない者として扱われ始めた頃は辛かったし、一人で泣いていることも多かったけど、今では何も感じなくなってしまった。
「ふぅ……」
簡単な朝食を済ませてから、事前に持ってきていた紅茶を口にすると、柔らかい花の香りが口いっぱいに広がった。
このままのんびりと紅茶を楽しみながら、読書をしたいところだけど、そろそろ出発しないと遅刻をしてしまう。
「忘れ物は無いわね。今日は新学期の初日だから、教科書とかはいらないのだけど」
学園が指定している茶色の鞄に、筆記用具と本を何冊か入れた私は、自室を出ると、丁度一人の女性が歩いているのが目に入った。
彼女の名前は、ヴィクトリア・スフォルツィ。私とシャーロットの実の母だ。真っ黒な長い髪と、切れ長の黒い目は、美しくも少々高圧的な感じだ。
「おはようございます、お母様」
「…………」
挨拶なんて帰ってこないのは重々承知だったけど、目が合ってしまった以上、無視するわけにもいかない。だから挨拶をしたのだが……帰ってきたのは、汚い物を見るような目だった。
「アメリア、あなた……いつになったら屋敷を出て行きますの?」
「朝から随分なご挨拶ですね、お母様」
開口一番に出て行く話をするなんて、我が母ながら凄い方だと思うわ。まあこれもいつものことだから、あまり気にはならないけど。
「朝からとか関係ないわ。あなたのような勉強もたいしてできない、魔法の才能も無い落ちこぼれは、この家にはいりませんの。私が優しく言っているうちに、早く出て行ってくれる?」
「いつ頃かのお約束は出来ませんが、いつかは出て行くかと。それでは私はそろそろ学園に行かないといけないので、失礼致します」
ここで話していても、時間の無駄にしかならない。そう判断した私は、お母様に背中を向けて歩き出した。
「出来損ないの分際で、偉そうに言ってるんじゃないわよ! スフォルツィ家の繁栄と、私の地位をあげるのに使えない無能なあんたなんか、さっさと私の前から消えなさい!」
背中に容赦なく浴びせられる罵声に対して、私は深々と溜息をしながら立ち去る。
いくらなんでも、あまりにも酷い言われ様だと思うかもしれないけど、これにもちゃんと理由がある。
お母様は、昔はとても貧乏で家族もいなかったそうだ。でも、その容姿をお父様に気に入られて結婚をしたという過去がある。
だからなのか、スフォルツィ家の地位を上げることや、自分の地位を上げること以外にも、お金に関しても執着がもの凄い。
その目的のために、お母様が主となって、私やシャーロットに英才教育を施し、地位の高い男性に嫁がせようとしているの。
それを達成できそうなシャーロットはとても大切にしていて、私に対しては酷く当たっているということだ。
なんとも身勝手な話よね。私もシャーロットも、家や両親のために頑張っていたのに、その根底にあったものは、ただの身勝手な思惑なのだから。
お父様が止めてくれれば良いのだけど、基本的に仕事一筋で放任主義だし、お父様にとっても、家の繁栄に繋がるから止めたりしないという悪循環だ。
シャーロットも、お母様がどんな思惑を持っていようとも、自分が愛されるのならそれで良いとか思っていそうだ。
「……まあいいわ。どうせ今に始まったことじゃないし。それに、勉強も魔法もシャーロットに劣っているのも事実だし。さて、早く出発しなきゃ」
誰にも見送られずに、徒歩で学園に向けて出発する。
屋敷の敷地の外は、広大な草原が広がっていて、歩いているだけで気持ちがいい。しかし、屋敷から学園までは、歩いて行くと結構な距離がある。大体一時間はかかるだろう。
馬車で行ければ、もっと睡眠時間や勉強の時間を確保できるのだけど、私にそんなものが用意されるはずもないから、こうして早めに屋敷を出発しているの。
「春とはいえ、朝は風が冷たいわね」
私の頬を撫でた風の冷たさに反応して、体が少し縮こまった。もうちょっと厚着をして来ればよかったかもしれないわね。
「…………」
学園に近づくにつれて、学園のある方向へ向かう馬車をよく見かけるようになった。その頃には、私がこの前に来た図書館がある、大きな町に到着していた。
そして、その町の中でも一段と大きな建物がある。そこが、私の通っている学園――アドミラル学園だ。
アドミラル学園は、私の住む大陸の中で一番大きくて有名な名門校だ。世界中から多くの支持を得ていて、遠くの地からわざわざ移り住んでまで通っている生徒も沢山いる。
通っている生徒は、主に貴族の子供やその血縁者が多い。他にも学問や魔法に精通した平民や、金持ちの商人の子供も通っているけど、あまり数は多くない。
基本的な学問の他にも、専門的な学問に加えて、魔法にもとても力を入れていて、多くの有名な人間を卒業させ、社会に輩出させた実績がある。
私もシャーロットも、アドミラル学園で優秀な人間になって、貴族の男性に嫁ぐために入学させられたのよ。
「あら、みすぼらしい人が歩いていると思ったら、お姉様じゃない!」
「シャーロット」
もう少しで学園に到着するところで、一台の馬車から見覚えのある顔がのぞいてきた。
「どうして貧乏人みたいに、歩いて登校しているの? あまりにもみすぼらしくて、思わず声をかけちゃったよ」
「事情を知ってるあなたに、それを説明しても仕方がないでしょ? それと、歩いているからって貧乏人扱いするのは、どうかと思うわよ。スフォルツィ家の令嬢なら、外ではもっと品の良い言葉を選びなさい」
「偉そうにお説教しないでくれる? はっきり言うけど、お姉様なんかにお説教されるとか、腹立たしくて仕方がないから! 早く出して」
シャーロットは大きく舌打ちを残して、私の前から去っていった。
これでも一応、私はシャーロットの姉だから、恥をかかないように伝えておこうと思ったのだけど、必要なかったみたいね。
まあいいわ。邪険に扱われるなんて、慣れたものだし。
「…………」
静かに歩みを進めて行くと、周りと比べて一回り大きな建物の前にたどり着いた。
ここがアドミラル学園。レンガで作られた校舎はとてもおしゃれで、高級感に溢れている。中庭も緑が多くて掃除も行き届いており、生徒や職員達が、快適に過ごせるように配慮されている。
さてと、教室に行きましょう……って、今日から新学期でクラス替えが行われるから、クラスの確認をしないといけないわね。
「クラスの確認は、こちらの掲示板から行ってくださいー」
多くの生徒で溢れる中庭に、いつもは無い大きな掲示板が立てられていた。
えっと……私のクラスは、2-4みたいね。シャーロットは別のクラスになったみたいだ。一緒だと面倒なことになりそうだし、別で安心だわ。
生徒達の談笑の声で賑やかな廊下を進み、目的の2-4の教室の前に立ち、扉を開ける。すると、新しいクラスメイト達の視線が、一瞬だけ私の方へと向けられる。
でも、それは本当に一瞬で……彼らはすぐに気まずそうに私から視線を逸らすと、談笑へと戻っていった。
「えっと、私の席は……」
教室の黒板に貼られた座席表を見て確認してから、自分の席へと向かう。
すると、そこにはなぜか多くのゴミによって汚された、私の席があった。
「うん、寝癖も無いし、よだれの跡も無いわね。制服も大丈夫っと」
自分で洗濯をして綺麗になった制服に身を包んだ私は、厨房に向かうと、他の人達に用意されていた朝食の一部を自分で皿によそい、再び自室に戻ってきた。
根本的に、私の食事に関しては用意されていないが、いつも食事自体は多く用意されているから、私が持っていっても特に叱られたりしない。だって、私はいない者として扱われているのだから。
まあ、いない者として扱われ始めた頃は辛かったし、一人で泣いていることも多かったけど、今では何も感じなくなってしまった。
「ふぅ……」
簡単な朝食を済ませてから、事前に持ってきていた紅茶を口にすると、柔らかい花の香りが口いっぱいに広がった。
このままのんびりと紅茶を楽しみながら、読書をしたいところだけど、そろそろ出発しないと遅刻をしてしまう。
「忘れ物は無いわね。今日は新学期の初日だから、教科書とかはいらないのだけど」
学園が指定している茶色の鞄に、筆記用具と本を何冊か入れた私は、自室を出ると、丁度一人の女性が歩いているのが目に入った。
彼女の名前は、ヴィクトリア・スフォルツィ。私とシャーロットの実の母だ。真っ黒な長い髪と、切れ長の黒い目は、美しくも少々高圧的な感じだ。
「おはようございます、お母様」
「…………」
挨拶なんて帰ってこないのは重々承知だったけど、目が合ってしまった以上、無視するわけにもいかない。だから挨拶をしたのだが……帰ってきたのは、汚い物を見るような目だった。
「アメリア、あなた……いつになったら屋敷を出て行きますの?」
「朝から随分なご挨拶ですね、お母様」
開口一番に出て行く話をするなんて、我が母ながら凄い方だと思うわ。まあこれもいつものことだから、あまり気にはならないけど。
「朝からとか関係ないわ。あなたのような勉強もたいしてできない、魔法の才能も無い落ちこぼれは、この家にはいりませんの。私が優しく言っているうちに、早く出て行ってくれる?」
「いつ頃かのお約束は出来ませんが、いつかは出て行くかと。それでは私はそろそろ学園に行かないといけないので、失礼致します」
ここで話していても、時間の無駄にしかならない。そう判断した私は、お母様に背中を向けて歩き出した。
「出来損ないの分際で、偉そうに言ってるんじゃないわよ! スフォルツィ家の繁栄と、私の地位をあげるのに使えない無能なあんたなんか、さっさと私の前から消えなさい!」
背中に容赦なく浴びせられる罵声に対して、私は深々と溜息をしながら立ち去る。
いくらなんでも、あまりにも酷い言われ様だと思うかもしれないけど、これにもちゃんと理由がある。
お母様は、昔はとても貧乏で家族もいなかったそうだ。でも、その容姿をお父様に気に入られて結婚をしたという過去がある。
だからなのか、スフォルツィ家の地位を上げることや、自分の地位を上げること以外にも、お金に関しても執着がもの凄い。
その目的のために、お母様が主となって、私やシャーロットに英才教育を施し、地位の高い男性に嫁がせようとしているの。
それを達成できそうなシャーロットはとても大切にしていて、私に対しては酷く当たっているということだ。
なんとも身勝手な話よね。私もシャーロットも、家や両親のために頑張っていたのに、その根底にあったものは、ただの身勝手な思惑なのだから。
お父様が止めてくれれば良いのだけど、基本的に仕事一筋で放任主義だし、お父様にとっても、家の繁栄に繋がるから止めたりしないという悪循環だ。
シャーロットも、お母様がどんな思惑を持っていようとも、自分が愛されるのならそれで良いとか思っていそうだ。
「……まあいいわ。どうせ今に始まったことじゃないし。それに、勉強も魔法もシャーロットに劣っているのも事実だし。さて、早く出発しなきゃ」
誰にも見送られずに、徒歩で学園に向けて出発する。
屋敷の敷地の外は、広大な草原が広がっていて、歩いているだけで気持ちがいい。しかし、屋敷から学園までは、歩いて行くと結構な距離がある。大体一時間はかかるだろう。
馬車で行ければ、もっと睡眠時間や勉強の時間を確保できるのだけど、私にそんなものが用意されるはずもないから、こうして早めに屋敷を出発しているの。
「春とはいえ、朝は風が冷たいわね」
私の頬を撫でた風の冷たさに反応して、体が少し縮こまった。もうちょっと厚着をして来ればよかったかもしれないわね。
「…………」
学園に近づくにつれて、学園のある方向へ向かう馬車をよく見かけるようになった。その頃には、私がこの前に来た図書館がある、大きな町に到着していた。
そして、その町の中でも一段と大きな建物がある。そこが、私の通っている学園――アドミラル学園だ。
アドミラル学園は、私の住む大陸の中で一番大きくて有名な名門校だ。世界中から多くの支持を得ていて、遠くの地からわざわざ移り住んでまで通っている生徒も沢山いる。
通っている生徒は、主に貴族の子供やその血縁者が多い。他にも学問や魔法に精通した平民や、金持ちの商人の子供も通っているけど、あまり数は多くない。
基本的な学問の他にも、専門的な学問に加えて、魔法にもとても力を入れていて、多くの有名な人間を卒業させ、社会に輩出させた実績がある。
私もシャーロットも、アドミラル学園で優秀な人間になって、貴族の男性に嫁ぐために入学させられたのよ。
「あら、みすぼらしい人が歩いていると思ったら、お姉様じゃない!」
「シャーロット」
もう少しで学園に到着するところで、一台の馬車から見覚えのある顔がのぞいてきた。
「どうして貧乏人みたいに、歩いて登校しているの? あまりにもみすぼらしくて、思わず声をかけちゃったよ」
「事情を知ってるあなたに、それを説明しても仕方がないでしょ? それと、歩いているからって貧乏人扱いするのは、どうかと思うわよ。スフォルツィ家の令嬢なら、外ではもっと品の良い言葉を選びなさい」
「偉そうにお説教しないでくれる? はっきり言うけど、お姉様なんかにお説教されるとか、腹立たしくて仕方がないから! 早く出して」
シャーロットは大きく舌打ちを残して、私の前から去っていった。
これでも一応、私はシャーロットの姉だから、恥をかかないように伝えておこうと思ったのだけど、必要なかったみたいね。
まあいいわ。邪険に扱われるなんて、慣れたものだし。
「…………」
静かに歩みを進めて行くと、周りと比べて一回り大きな建物の前にたどり着いた。
ここがアドミラル学園。レンガで作られた校舎はとてもおしゃれで、高級感に溢れている。中庭も緑が多くて掃除も行き届いており、生徒や職員達が、快適に過ごせるように配慮されている。
さてと、教室に行きましょう……って、今日から新学期でクラス替えが行われるから、クラスの確認をしないといけないわね。
「クラスの確認は、こちらの掲示板から行ってくださいー」
多くの生徒で溢れる中庭に、いつもは無い大きな掲示板が立てられていた。
えっと……私のクラスは、2-4みたいね。シャーロットは別のクラスになったみたいだ。一緒だと面倒なことになりそうだし、別で安心だわ。
生徒達の談笑の声で賑やかな廊下を進み、目的の2-4の教室の前に立ち、扉を開ける。すると、新しいクラスメイト達の視線が、一瞬だけ私の方へと向けられる。
でも、それは本当に一瞬で……彼らはすぐに気まずそうに私から視線を逸らすと、談笑へと戻っていった。
「えっと、私の席は……」
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