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第1話 こんな家出て行ってやる!

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「あ~……今回のお話も最高だったわ……」

 春の日差しに照らされ、たくさんの花の香りに包まれる温室。そこで大好きな読書をしていた私——ルイス・エクエスは、読み終えた本をパタンと閉じてから、深く息を漏らした。

 侯爵の爵位を持つエクエス家の長女として生まれた私は、家のために毎日勉強や社交界でするダンスの勉強、他にも淑女として必要な習い事をしている。

 そんな中、こうして空いた時間を見つけては、のんびりと読書をしている。色々な本を読んでいるけど、特に読むのが多いジャンルはラブロマンス。

 今日読んだのは、ラブロマンスの中で……いえ、数ある本の中で一番好きで、ずっと長い間シリーズが続いている、魅惑の王子シリーズを読んだわ。この王子様が大好きなの。

 本当はずっと読んでいたいけど、この後にとある約束があるから読んでいられない。それに、その約束の後には勉強が待っている……時間がなさ過ぎて、まとまった読書や妄想の時間が取れなくて悲しいわ。

「後十分くらいでお越しになるわね……それまでボーっとしていようかしら」

 お気に入りの懐中時計を見て時間を確認した私は、空をボーっと眺める。今日は雲一つない晴天……こんな日は、何か良い事がありそうだわ。

「私にも、いつかこの小説みたいな王子様が迎えに来るのかしら……そ、それでアゴをくいっとされながら、美しい方よ……どうか僕と結婚してくれって……それでそれで、お城で王子様とあま~い生活を送る事に……」

 空を眺めがら、私は妄想の世界に旅立った。読書の他に気軽に出来る、最高の趣味の一つが妄想なの。

「ルイスお嬢様、失礼いたします……お嬢様?」
「お城の生活にも憧れるけど、私としては静かなところに小さなお家を立てて、彼と一緒に静かに暮らすのもいいわね……」
「お嬢様!」
「ひゃい!!」

 突然現実に引き戻された私は、全身の毛が逆立ったような感覚を覚えながら、勢いよく立ち上がりながら振り返ると、そこには若い男性の使用人が立っていた。

 もう、急に声をかけたらビックリするじゃない。危うくひっくり返るところだったわ。

「どうされたんですか、そんな声を上げて」
「なんでもないわ。どうかしたの?」
「アベル様がお見えになられました。至急応接室にお越しください」

 あれ、もういらしたのね。思ったより早かったわね……予定では、あと十分くらいは来ないはずだったのに。とにかく早く行かないと!

「身だしなみはっと……うん、大丈夫ね」

 私は約束をした人が待ってると思われる部屋に入る前に、一度止まって手鏡を取り出した。

 手に持った手鏡には、肩より少し長くて少し癖っ毛で、やや暗めな金髪を後頭部あたりでしばっている、緑色の女性が映っていた。

 自分で言うのもあれだけど、顔のパーツはある程度整っているとはいえ、ありきたりな顔だなぁと思うわ。

「ルイスです、失礼します」

 控えめにノックしてから応接室に入ると、そこには私の両親と妹、そして赤い髪が特徴的な男性が、偉そうにふんぞり返るように座っていた。

「遅い。ボクを待たせるなんて何を考えているんだ?」
「申し訳ございません」

 ……なんで私が怒られてるのかしら。予定よりも勝手に早く来たのはそっちなのに。それに、その態度が人の家でやるような態度とは思えないわ!

 ……なんて文句など言えるはずもない私は、適当に謝罪を述べてから、彼の対面に座った。

「さて、さっそく本題に入ろう。ルイス・エクエス……貴様との婚約を破棄する!!」
「…………はい?」
「なんだその間抜け面は!」

 怒鳴り声の主である赤髪の男性は、私の態度が気に入らなかったのか、更に声や態度に怒りを込めて私にぶつけてきた。

 いや、そんなに怒られても……急に訳のわからない事を言われたら、こんな顔にもなるわよ。

「話が突然過ぎて何が何やら……アベル様、ご説明をしていただけませんか?」

 彼はアベル・ベルナール。私の婚約者で、エクエス家と同じ、侯爵の爵位を持つベルナール家の長男で、次期当主でもあるお方だ。

 親が決めた婚約だから、別に彼の事は好きでも何でもない。だから婚約を破棄されたところで悲しくは無いのだけれど……一方的に決められるのはちょっと腹が立つし、どうしてそんな話になったのか気になるわ。

「理由は大きく二つある。まず一つ、ボクは真実の愛を見つけたからだ!」
「真実の……愛?」
「そう! 紹介しよう、僕の真に愛するべき女性……ニーナ・エクエスだっ!」
「ごめんなさいお姉様。アベル様はお姉様よりも、私との愛を選んでくださったの!」

 意味ありげにアベル様の隣を座っていた妹——ニーナ・エクエスは、アベル様の腕に、胸元を押し付けるように抱きつきながら、勝ち誇ったように笑っていた。そんな事をされるアベル様は、鼻の下が伸び切っている。

 ああ……またニーナの悪癖が出たのね。

 ニーナは双子の妹なんだけれど、昔からとてもワガママで、私の持っているものは、どんなものに対してでも、

『お姉様ずるい、私も欲しい』

 と、すぐに欲しがる癖があった。服や本、アクセサリーといったものは、いくつ取られたかわからない。

 しかし、ニーナは地味な見た目の私に比べて、明るい金髪に碧眼の美少女で、天性の甘え上手。それに加え、私よりも勉強やダンスといった、全ての能力が上だ。だから、両親は見た目も良くて才能があるニーナだけを溺愛し、私には姉なんだから我慢をしろと言ってきた。酷い時は、ニーナが悪いのに私を悪者に仕立て上げて、体罰を与えてきた事もある。

 そんなニーナだから、きっと私の婚約者も奪うために、今みたいに色仕掛けをして、アベル様の心を奪ったのだろう。

 あれ、でもおかしいわ。ニーナにも婚約者はいるはず……その人はどうなったのかしら。

「お姉様の事だから、私の婚約者がどうなったか気になってるんでしょう?」
「そうね。お相手とも既に話がついてるの?」
「あの人、不幸な事故でお亡くなりになったの。馬車の暴走に巻き込まれて」

 え、お亡くなりに……? それは全く知らなかったわ……直接交流がない方だとはいえ、急な悲報に驚きを隠せないわ。

「もういいかね? 二つ目の理由だが……貴様、ニーナの才能に嫉妬して、数々の嫌がらせをしていたのだろう!?」
「え??」
「とぼけるな! ニーナのものを横取りするのは日常茶飯事。精神的苦痛を与え、学園ではニーナの悪口を言いふらしていたと聞いている!」

 えっと……お怒りのところ大変申し訳なのですが、それ……やられてたの私なのよね。どうして加害者と被害者が入れ替わってるのかしら……。

「私はそんな事しておりません! むしろされていたのは私の方で――」
「まだ言うか貴様! 我が妻をこれ以上侮辱するのは許さん!」
「ルイスよ、ワシは情けなくて溜息しか出んぞ。今までの罪を認めんか」

 私の左前に置かれた長椅子に座っていたお父様は、失望するかのように深く溜息を吐かれた。その隣では、お母様も呆れたような表情を浮かべている。

 お父様もお母様も、この状況でニーナの味方をするという事は、婚約破棄については認めてるって事よね。

 って事は……完全に私には味方がいないわね……。

「ニーナ、お前はもう婚約者はいない、家にとって用なしな存在だ。才能も無い……エクエス家にとって役立たずどころか、名前に傷がつく程の面汚しだ。よってお前を屋敷から追放することを決めた。これは決定事項だ」
「…………え??」

 こ、婚約破棄の次は屋敷を追放? どれだけ想定外の展開になれば気が済むのよ!

 あぁ……でも、むしろ追放された方が好都合かもしれないわ。どうせこの屋敷にいても勉強ばかりで自由が無いし、家族には酷い扱いをされるし。

「わかりました」
「あらあら、聞き訳が良くて助かるわ。最初で最後の親孝行ね」

 わざと嫌味ったらしく笑うお母様の言葉に、私は苛立ちを隠せなかった。

 最初で最後の親孝行ってなに? 私は家のために勉強をしていたし、好きでもない人との婚約も受け入れたというのに、それは全て無かった事になってるの?

 ……私がやってきた事って、なんだったのかしら……ふざけんじゃないわよ。もういいわ。こんな家族がいる家、こっちから喜んで出ていってやる!

「話は終わりですか? では私は荷造りをしなければいけないので、失礼します」
「ああ、もう一つ大事な理由があったのを忘れていた。貴様は美しいボクの隣を歩くには、あまりにも不細工だ。その点ニーナは美しい! ボクの伴侶にふさわしい!」
「まあアベル様ったら! 真実とはいえ、そんな事を言ったらお姉様が惨めで可哀想ですわ!」
「…………」

 今まで少しは交流があったから薄々気づいていたけど、今日の出来事ではっきりした。この男はバカだ。勉強が出来る出来ないという意味ではなく、人間的にバカだ。だから、ニーナの嘘に簡単に引っかかるし、謎の自信に満ち溢れてるし、色仕掛けに惑わされてるのね。

 こんなバカな男と婚約破棄が出来て、心底良かったわと思えるわ。でも、一言嫌味を言ってやらないと気が済まない。

「それじゃ、今度こそ失礼します。お二人共……お幸せに。そして少し早いですが、お父様、お母様。今日までありがとうございました。素晴らしい両親と可愛い妹のおかげで……さいっっっってい!! な人生でしたわ!」

 私は吐き捨てるように言い切ってから、応接室を後にした。何やら中でお怒りになっている声が聞こえるけど、そんなの知った事ではないわ。

 さあ、早く荷造りをして、さっさとこんな家出ていってやるわ!
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