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第二十六話 目の前で苦しんでいるのに……

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 倒れている民の元に行くと、その民に覆い被さるように、一人の女の子が横たわっていた。

「え……お姉ちゃん、誰?」
「私は聖女よ。この辺りの調査と、逃げ遅れた人を探しているの」
「聖女様!? お願い、ママを助けて!」

 ママ? ということは、この倒れている大人の方が、この子のお母様ということね。

 息は……まだあるけど、瘴気の浸食具合がかなり悪い。これでは、聖女の力を使っても、完治するかは賭けになるだろう。

 女の子の方も、同じ様なアザがある。このまま放っておけば、きっと同じ状態になるわね……。

「リー……ごほん。お嬢様、失礼を承知ですが……よろしいですか?」
「なに?」
「あなたの力は、使うと強い疲労に襲われます。その状態で彼女達に力を使えば、助かるかもしれませんが、調査が難しくなります。そのことをご考慮してください」

 私の力……確かにここで使えば、この母娘は助かるかもしれない。でも、この一帯の瘴気をなんとかしているわけじゃないし、親子もまた瘴気に侵されるかもしれない。

 そして、力を使えば、私は一気に疲弊する――か。きっと心を鬼にして、進むのが正解なのだろうけど……そんなの、出来るわけないじゃない。

「……治すわ」
「おいおい、大丈夫か? あたしが一人でやるから、無理すんなって」
「大丈夫かではありませんわ。やるのです。だって、私はお荷物になるためにここまで来たのではなく、祖国と民を助けるために来たのですから」
「はっ! その心意気、嫌いじゃないねぇ! よし、あんたはこの子を、あたしが母親を浄化する!」
「わかりました!」

 私は不安そうな女の子を抱きしめて、少しでも安心させようとした。結果は……ほんの少しだけ安心してくれた気がする。

「大丈夫、お姉ちゃんに任せて。ちょっぴり眩しいから、目を閉じておいてね」

 優しい声色で伝えると、素直に私の言うことを聞いた女の子は、顔がシワシワになるくらい、ギュッと目を瞑った。

「聖女の力よ、彼の者を浄化したまえ!」
「ひゃあ!? なんかムズムズする!」

 初めての浄化に驚いた女の子が逃げないように、さらに両手に力を入れる。

 大丈夫だよ、すぐ元気にしてあげるから。だから、もう少しだけ我慢してね。

「目を開けていいわよ」
「……あれ、アザが無い! それに苦しくない!」
「お姉ちゃんが治したからね。あなたのお母様も、今治療しているところだから、それまでお姉ちゃんと一緒に待ってようね」
「うん。お母さん、元気になって……!」

 自分の体が治ったことよりも、お母様の心配をする女の子は、両手を組んで必死のお祈りをしていた。

 この子を見ていると、私が幼かった頃を思い出す。病気で苦しむお母様が治るように、毎日枕元で必死に祈っていたわ。

 結局、お母様の体が完治することは無かった。お母様がいなくなってとても悲しかったけど、祈っていなければ、あの時に祈っていれば変わっていたかもと、今も後悔していたかもしれないわね。

「……よし」
「治ったの!?」
「わりぃな嬢ちゃん、まだ完全には治ってない。それくらい、嬢ちゃんと比べて、母ちゃんの体は悪くなっている」
「そ、そんな……」
「でも心配すんな! ちょっと時間はかかるけど、また元気になるからよ!」

 ガレス様は大きく胸を張りながら、自信たっぷりに女の子に告げる。その頼もしさは、見ている人に安心感を与えるものだった。

「お、おい! あそこに聖女様がいるぞ!!」
「誰かの声が……皆様、お気をつけてくださいませ」

 確かに私達以外の声が聞こえてきた。それは、私達に救いの手を求める民達だった。

 どうやらこの母娘以外にも、まだ逃げ遅れた人がいたみたいだ。みんな瘴気のアザがあり、とても苦しそうにしている。

「聖女様、俺のお袋が今にも死にそうなんだ! 助けてくれ!」
「うちは兄と妹が……」
「あたしの子供を助けておくれ! もう一歩も動けなくなっちまって……!」

 民達は、それぞれの大切な人を助けてくれと、私達に懇願してくる。

 ……自分達だって、瘴気で苦しいはずなのに……大切な人を優先するなんて……とても立派だ。簡単に出来ることじゃない。

 困っている彼らを放っておけないわ。人数が多いから大変そうだけど、最低でもさっきの町まで行けるくらいには治してあげなきゃ!

「あー……わかったよ! おい、あたしがここに残って、こいつらを治して動けるようにしてから、一旦こいつらとさっきの町に戻る。だから、調査は任せるぞ!」
「えっ……そんな、私も手伝いますわ!?」
「なんだよ、心配性だな。あたしは大丈夫だ! 必ず元凶を見つけて、ぶっ飛ばしてこいよ!!」
「聖女様、彼女の言う通りにしましょう。俺達の目的は、民の救出の他にも、元凶をどうにかすることです。ここで全員が足を止めてはいけません」
「……わかり、ました」
「うっし! 任せたぜ!」

 ガレス様は私の背中を叩いて活を入れてから、私達を見送ってくれた。

 任せると言ってしまった手前、引き返すわけにはいかないのはわかっているけど……凄く不安だわ。

「お嬢様、ご心配は不要です。彼女は心身共にお強い方です。きっと彼らを安全な場所まで連れて行き、治してくれるでしょう」
「俺も同感です」
「アルベール様、クラリス……そうよね。私達は必ず原因を見つけて……あのような人達を出さないように頑張りましょう!」
「ああ!」
「承りましたわ」

 ガレス様の勇ましく、そして慈悲深い生き様を見ていたら、自分が色々と不安に思っていたことが、途端に恥ずかしくなってきた。それと同時に、心の奥底で何かが熱く燃えているような感覚を覚えた。

「おや……リーゼ嬢、その手は……?」
「もう、名前で呼ばないでと……手?」

 ふと両手を見てみると、聖女の力を使った時に出てくる光が、私の両手を包んでいた。

 なにかしら、これ……私は聖女の力は使っていないのに、どうして光が出ているの? また力が制御できていないのかしら……それに、いつもより光が強いような?

「力が漏れ出てるということでしょうか? お嬢様、体調に変化はございますか?」
「大丈夫よ。あ、消えた……なんだったのかしら」
「俺には聖女の知識が無いから、皆目見当もつかないが……疲れていないのなら良かった」
「心配してくれて、ありがとうございます。では行きましょう!」

 未だ深い瘴気の霧に包まれている城の方を見ながら、私は気合を入れなおして再出発をする。

 ガレス様、必ず良い知らせを持って帰ってきますから、待っててください!
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