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第十四話 いざ調査へ

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「さて、まずはどうしましょうか?」
「ひとまず、村人の方で汚染されているかを確認しましょう。私もご一緒いたしますわ」
「いえ、俺一人で行きますから、リーゼ嬢はお休みになっていてください」
「それでは、なんのためにここまで来たのかわからないじゃありませんか。私のことはご心配なさらず」

 安心させるためにフッと笑ってみせてから、私はアルベール様を連れて、人が住んでいるところを探すと、村人を三人見つけることが出来た。

 その三人は、少しだけ瘴気に侵され始めていたので、聖女の力で治してあげた。その際に、アルベール様が私のことは口外しないようにと念を押しをしてから、事情を聞き始めた。

 聖女である私の素性を、明かされないように配慮してくれたのね。やっぱりアルベール様は、根本的な部分はとても優しい方だ。たまに暴走してしまうけど。

「この霧……これをどうにかしないと始まらないわね」
「お待たせしました。住人に聞いたら、魚を獲って食べたら少し調子が悪くなったそうです」

 村人の方とお話をしていたアルベール様が、簡潔に聞いた内容を私に話してくれた。

 魚……ということは、元凶は川にあるのかしら……。

「アルベール様、村長様が仰っていた、瘴気の被害が深刻と言われていた森には、川はありますよね?」
「川? ええ、勿論。森の奥地から流れてきていますよ」
「なるほど、では目的地はそこにしましょう。きっと瘴気に関わっている何かがあるはずです」
「なんと……さすがはリーゼ嬢! こんなに簡単に今後の方針を固めてしまうだなんて、軍師も顔を真っ青にして逃げるくらいですね!」
「それで逃げる軍師は、人選ミスかと思いますわよ!?」

 もう、今はこんないつもの調子で話をしている場合じゃない。とりあえず川の上流に行けば、何か見つけられるだろう。もし何もなかったら、その時に考えれば良い。

 そう思い、アルベール様と共に川に向かって歩き出す。なぜか手を繋いだ状態で進んでいるんだけど……きっと私を守ってくれるためよね?

「川はもうすぐです。足元が悪いので、お気をつけて」
「はい……きゃっ!」

 言われて間もないというのに、私は木の根っこに足を引っかけて転びそうになった。しかし、アルベール様が咄嗟に支えてくれたから、転ばずに済んだ。

「大丈夫ですか?」
「はい……ごめんな、さ……」

 顔を上げて謝罪をしようとすると、そこには私を心配するアルベール様のお顔が、とても近い距離にあった。それを認識した私の胸は、自分でも驚くほど高鳴っていた。

「あ、あの……」
「そんなに顔を赤くして、どうかしましたか? やはりどこか怪我を!?」
「大丈夫ですわ! 至って健康そのものです!」
「ならどうして顔が赤く……そうか!」

 ま、不味いわ。アルベール様の顔が近くて照れてしまったのが、バレてしまった!? そんなのがバレたら……は、恥ずかしすぎて死んでしまうわ!

「急に転びそうになって、力が入ったからですね!」
「え?」
「いやぁ、普通そうですよね! 俺も物を落としそうになった時とか、体に力が入りますよ!」
「そ、そうですわね……あはは」

 ……アルベール様、言いたいことはわかりますが、さすがに力を入れただけで一瞬で顔が赤くなるのは、無理があると思いますわ……。

 まあなんにせよ、何とか恥ずかしい思いをしないで済んだのは確かだ。

 でも……なにかしら。この変なモヤモヤした気持ちは。これも瘴気のせい……ではないとは思うのだけど。

「あ、川の音が聞こえてきましたね!」
「はい、もうすぐ到着しますよ」

 誤魔化すように大きな声を上げながら、アルベール様の手を引っ張ってさらに進むと、そこには大きな川が静かに流れていた。

 見た目はとても穏やかで綺麗な場所だけど……立っているだけで、気分が悪くなってくる。現に私は、その場で座り込んでしまった。

「リーゼ嬢! 急にどうかされましたか!?」
「この川……とても嫌な感じが、ひしひしと伝わってきます」
「嫌な感じ……?」

 アルベール様にはわからないようで、特に変わった様子は見られない。

「これを追っていけば……この一件の元凶が見つかるはずですわ。行きましょう」
「しかし、そんな苦しそうで……近づいたらもっと苦しいのでは!?」
「大丈夫です。瘴気から守ってくれる、結界を張りますから」

 私は、胸の前で両手を組む。すると、足元から現れた光の粒子がフワフワと辺りを漂い始める。それから間もなく、その光は私達を優しく包んでくれた。

「ふぅ……これで結界は完了しましたが……はぁ……少し休憩をいただいてもよろしいですか?」
「ええ、勿論です。リーゼ嬢のことは俺が守ります!」

 アルベール様は、自分の腰元につけた剣の鞘を撫でる。その姿はとても頼もしく、見ているだけで私に安心感と……不思議な高揚を与えてくれた。

「しかし、時間が無いのもまた事実……そうだ、俺がリーゼ嬢を運びます!」
「えっ?」
「そうと決まれば善は急げです! 俺の首に手を回してください! 俺があなたを安全に目的地まで送りますので!」
「……えっと?」

 運んでくださるのは、確かに時間の無駄を減らせる。でも、それなら普通は肩を貸したり、おんぶで運ぶわよね? なんで私の方を向きながら、両手を大きく広げているのだろう?

「あの……肩を貸すかおんぶですよね?」
「いえ、俺があなたを抱えて運ぶのですが?」
「それ、もしかしなくてもお姫様だっこですわよね!? なんでそんな発想になるんですの!?」
「何かおかしなことでも? 俺にとって、あなたはお姫様のようなものですから」
「お、お姫様って……」

 そんなこと、お世辞でも言われたことがないから、なんて返せばいいかわからない。それに、恥ずかしすぎて体が燃えてしまいそうだ。

「……ふ、ふんっ! その心意気は褒めて差し上げてもいいですが、お姫様だなんて過小評価すぎませんこと? 私を神のように崇めなさい!」
「…………」

 はっ……し、しまった! 恥ずかしさを誤魔化すために、社交界で演じていた時の言葉が出てしまった……! なにが神よ、私はどれだけ馬鹿なの!?

「あ、その……今のは……」
「確かにあなたの言う通りだ! 俺にとって、あなたは女神だ!」
「う、受け入れられた!?」

 まさか、こんな馬鹿な発言を受け入れていただけるのは、想定外だった……さすがアルベール様、懐が深いというか、なんというか……。

「……はっ!?」
「え、どうかされましたか?」
「これでは何かあった時に、剣を使うことが出来ないではないか!」
「……確かにそうですわね……」

 どの方法を採用したとしても、私を支えるせいで、両手は塞がってしまう。これでは何かあった時に、剣を使うことは不可能だろう。

 もう、こんなことに二人して気づかないなんて……もっとしっかりしないといけないわね。

「くっ……仕方がない、今回はおんぶで妥協しましょう。抱えるよりも、幾分かは動きやすいですからね。なにかあった時は全力で逃げますから、その時はしっかり捕まっていてください」
「わかりました。いらない手間をかけさせてしまって、申し訳ないです」
「とんでもない! むしろ、我々の問題に手を貸してくれてありがとうございます!」

 にこやかに笑うアルベール様は、私を背負った状態で、ゆっくりと川の上流に向かって歩みを進める。

 私に負担がかからないようにしているのか、極力道が悪くなっているところは避けてくれるし、揺れないように配慮をしてくれているのもわかる。本当に優しい方だわ。

「……うっ……」
「リーゼ嬢、大丈夫ですか?」
「はい……気配がとても強くなってまいりました」
「この先に、元凶が……少し急ぎます!」

 気分が悪くなるのを必死に耐えながら、アルベール様と共にさらに上流に進んで行くと、紫色の霧は更に濃くなり、瘴気の気配もとても強いものになってきた。

「ここまで来ると、俺でも霧が見えますね……」
「普通の方にも見える程、瘴気が濃いということでしょう。それに……霧だけではなく、自然にも影響が出ているようです」

 今までは穏やかな森の光景が広がっていたのに、この辺りは木が枯れ果て、死んでしまった動物や魚の姿が、至る所に見受けられる。瘴気が無かったとしても、とても苦しくなる場所だ。

「アルベール様、お体は大丈夫ですか?」
「俺は今のところ問題無いです。リーゼ嬢こそ顔色が優れませんが……」
「少々疲れているだけですわ。それよりも……あそこを見てください」

 私達の先には、川の源流と思われる場所があった。穏やかに流れているが、瘴気のせいで禍々しさを感じるその場所には……大人の男性くらいの大きさの、紫色の塊が鎮座していた――
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