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第十九話 生活能力ゼロ?

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 あたしのイメージでは、もっと綺麗に整理整頓されていて、部屋の真ん中に研究に使う、大きなツボがあって……みたいなものをイメージしてたのに、現実は随分とかけ離れていた。

 まるで、子供がおもちゃ箱をひっくり返して、そのまま放置しているかのような……そんな感じで散らかっている。

「好きな所に座ってくれ」
「好きな所と言われても……」

 とりあえず動こうにも、乱雑に置かれた本に阻まれて、これ以上先に行くことは困難を極めている。
 無理やり動こうと思えば、無理ではないけど……確実に何か踏みつけて、破ったり壊したりするよね……。

「とりあえず、道を作らなきゃ」

 あたしは、整理の邪魔にならないように、服の裾を上げると、丁寧に、かつ迅速に本をまとめていく。
 前世の一人暮らしの時から、掃除は得意だったし、弟妹ともよく一緒にしていたから、これくらいは簡単にできる。

 ……二人の事を思い出したら、なんだか凄く寂しい気分になってきちゃった……二人共、大丈夫かな……ううん、弱気になってても解決しない! 前向きに生きなきゃ!

「いきなり掃除とは、仕事熱心だな。感心する」
「あ、あたしもまさか、こんなに熱心に思われるようなことをするとは、思ってもみませんでしたよ」

 アラン様みたいな、冷静沈着なカッコいい男性は、整理整頓なんて簡単にしてしまうと、勝手に思い込んでたのがダメだったね。
 誰だって苦手な事はあるんだから、決めつけは良くないね。反省。

「こんなに散らかってたら、研究の妨げになりませんか?」
「この方が、探すのに手がかからないからな」

 それ、片付けられない人の常套句なような気がするんだけど? どう考えても、綺麗に整頓されてる方が、効率は上がると思うよ。
 ……もしかして、これもあたしが勝手に決めつけてる感じ? 世の中には、本当にこういう方が良い人がいるのかな?

「こんな部屋で、いつも研究に勤しんでいるんですか?」
「そうだ。何か問題でも?」
「問題しかありませんよ!」

 こんなにだらしない……じゃなくて、ちょっと抜けた感じの生活感を見せられると、普段の食事生活も気になってくる。
 日々の食事と睡眠は、仕事の効率を上げてくれる大切なものだ。それを疎かにしたら、悪い影響が出てくる。

 えっ、階段から落ちて死んだあたしが言っても、説得力が無い? ご、ごもっともすぎて、何も言い返せない……。
 でも、たとえあたしに特大のブーメランが返ってきたとしても、アラン様の助手兼専属の使用人として、アラン様には今の生活は良くないことだと、ちゃんと知らせないと!

「アラン様、ちなみに普段から、ごはんってどうしてるんですか?」
「君も知っている通り、イヴァンの店で済ませている。彼の料理は幼い頃から食べているせいか、どうしても忘れられなくてな。それに、定期的に食べないと調子が出ないんだ。本当は毎日通いたいが、それでは研究が疎かになってしまうのが悩みだ」
「それ以外は?」
「適当だな。食べない時もあれば、研究のキリが良い時に、キッチンから果物を少々拝借したりしている。イヴァンがいた時は、もう少しちゃんと食べていたが、今はそんな感じだ」

 想像以上に悪い食生活だったー!? しかも、イヴァンさんの料理だって、いつも同じものしか頼んでないし! これ、相当栄養が偏ってるんじゃないの!?

「いやいやいや、ちゃんと三食食べないとダメですって!」
「三食食べなくても、人間は死なない」
「子供みたいなへ理屈を言わないでくださいっ!」

 な、なんというか……あたしが思っていた以上に、アラン様の生活はガタガタかも……これじゃあ、専属の使用人がいないとダメなのも頷ける。

「とりあえず、まずは掃除から始めましょう!」
「いや、実験の手伝いをだな……」
「駄目です、こんな部屋で実験なんてしたら、足をぶつけたり転んだりするかもしれません! それに、汚れているところでの仕事なんて、全然捗らないんですよ!」
「俺は一度もそんなことは――」
「とにかく、本棚にどんどん戻していきますからね!」

 少し渋い顔をしているアラン様を尻目に、本を次々に大きな本棚へと戻していく。
 もちろん、次に読む時に少しでもわかりやすくするために、前世でいうところの、この世界の五十音順に並べている。
 この世界の文字は日本語じゃないから、性格に言うと五十音順と呼ぶのは不適切なんだけど、意味合いとしては近い感じだね。

「驚いたな、短時間でこんなに綺麗にするとは。酒場の仕事も手際が良かったが、掃除はそれ以上の手際だな」
「これでも家事全般は得意でして! えっへん!」

 あれだけ散らかり放題だった部屋が、今はとても綺麗になったのを前にして、まったく主張していない胸を大きく張りながら、少しだけ鼻を高くする。

「よし、次はごはんですね!」
「違う、実験だ」
「ちゃんと栄養を取れば、頭に栄養が行って、行き詰っている研究もきっと進みますよ!」
「そうだろうか? 食事の時間を研究に費やした方が、有意義だと思うが」
「……む~……」
「……わかったから、そんな目で見るな。食事が終わったら、今度こそ実験だからな」
「はい、わかりました! それじゃあ、ちょっと行ってきますね~!」
「行くってどこに……おい、ミシェル!」

 アラン様の静止する声なんて気にも留めず、急いで部屋を後にする。

 今日の研究を円滑に進めてもらうためにも、おいしいごはんを作ってあげなきゃ……って、しまった!

「色々と衝撃的なことが起こり過ぎて、あれを渡すのをすっかり忘れてた……!」

 あたしは急いで屋敷を飛び出し、自分の部屋に戻ってくると、持ってきた荷物の中から小さな箱を取り出し、また走りだす。

「ふう、思い出せてよかった」

 急いだおかげか、数分でアラン様の部屋に戻ってこれた。まさかこんな早くに戻ってくると思ってなかったのか、アラン様が少し目を丸くしていた。

「どうした?」
「大切なことを忘れていたんです!」
「大切なこと?」

 怪訝な表情を浮かべるアラン様に、持ってきた小箱を差し出す。すると、アラン様は同じ表情のまま、小首を傾げた。

「これは?」
「この前助けてもらったお礼です!」
「お礼……わざわざそんな気を使う必要は無い。それに、俺は礼が欲しくてやったわけじゃないからな」
「ちゃんとお礼をしないと、あたしの気が済まないんです!」
「…………わかった。ありがたく頂戴しよう。開けてみてもいいか?」
「はいっ」

 アラン様は、丁寧に箱の包装を剥がし、箱を開けると、そこにあったのは小さな羽ペンだった。

「この羽ペン、魔力に反応してインクが出るようになってるんです! これなら、わざわざインクを別に用意する必要が無い優れモノなんです! ほら、研究するのに何か書いたりするでしょう? これなら、研究の効率が良くなるし、かさばって邪魔にならなさそうって思って!」

 受け取ったアラン様の表情は、いつも通り感情を読みにくい。
でも、あたしは見逃さなかった。そう……アラン様の口角が、僅かに上がっていることに。

「こほんっ……改めてになりますけど、助けてくれて、本当にありがとうございました! そのお礼というわけじゃありませんけど、アラン様から与えられた仕事、しっかり果たさせてもらいます!」
「ああ、なら早速――」
「今度こそ食事の準備です!」
「じ、実験を……」
「いってきまーす!」

 本日二度目の、アラン様の部屋から飛び出しをしたのはよかったけど、すぐに足を止めることになってしまった。

「……しまった、キッチンの場所を聞くのを忘れちゃった……ああもう、あたしの馬鹿っ!」

 我ながら、なんとも間抜けだなと思う。とりあえず、近くで働いている使用人の人に聞いてみよう……。




「まったく……律義に礼までして……俺のことを気にしてくれるのは嬉しいが、もう少し落ち着きを……いや、嬉しい……? 相手はあのワガママ令嬢で、何をするかわからない相手なのに……そんな彼女の言動が、嬉しい……??」
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