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「桜子さんの許婚はよっぽど桜子さんに気いられたいのね、じゃなきゃ殿方がこんなカステーラなんてハイカラなもの、買えやしないわ」

床に置かれたカステーラと呼ばれる茶菓子を見つめながらころころと鈴のような愛らしい声で面白おかしく美代子が言う。
そんな美代子の言葉に思わず桜子が顔を顰めた。

「たかが茶菓子の一つや二つで何を言うんだ」

「あらやだ、知らないの桜子さんたら、本当にこういうのに疎いのね~。カステーラといったら上流階級の婦人方の間で流行ってる人気の洋菓子なのよ?そんな女性だらけのお店に、お買い物だなんて殿方にとっては相当勇気がいるものよ」

皿に取り分けられたカステーラに目をやり、そんなものなのだろうか?と桜子は首を傾げる。
許婚に会いに来る男達が手土産を持参することはさして珍しくはない。むしろ華族の間では当たり前のことである。
更に言うならば持参された手土産が何たるかで女たちは男に対してランクをつけることもあるぐらいだ。土産一つで自身の直接的な評価に繋がるなど、男達は露ほども思っていないだろう。

「ふん、自らの足で出向いたとはかぎらんだろう」

「あら、使いの者を出して買ったっていいじゃないの。カステーラを手土産に選んだ事が素晴らしいのよ」

美代子の反応や女中たちの反応を見る限りカステーラを持ってきた明仁の評価はうなぎ登りのようである。
桜子としては、散々無体を働いてきた男の評価が上がるのは実に面白くなかった。

「ふん、ならばお前があの男と婚約なり結婚なりすればいいさ」

だからこそ、つっけどんな態度で明仁を拒絶する姿勢を見せる。
そんな桜子に、意地の悪い笑みを浮かべた美代子が言う。

「ふふ、いやあね。桜子さんた、らやきもきしてらっしゃるのね。そうよね、そうだわね。桜子さんの良い人だものね。私たちが夢中になってたら面白くないわよね」

「誰がやきもきするものか!あんな無礼な男など二度と顏を合わせたくもないわ!!」

勘違いも甚だしい美代子の言葉にすぐさま否定をするが美代子はどこ吹く風といった様子である。

「あら、嘘はいけないわ桜子さん。そんな熱い証をつけといてそれは無理があるというものよ」

意味が分からずますます困惑顏を浮かべる桜子に美代子は自身の首元へと指をあてがい、その場所を軽くたたく。

「その首筋にある痕は口吸いの痕でしょう?私達ってきりお体の調子が悪いのかと思って今日はお見舞いに来たのだけれど・・・・・・まさかあの桜子さんがね、」

美代子の含みのある言い方に一瞬きょとんとした桜子だったが、すぐさま昨日の痴態の痕が体に残されているのだと悟り慌ててそれを隠す。

「っつ、な、ち・・・・・・これは違う!!そのようなものではない!!」

顔を真っ赤にして喚く桜子に説得力などなく、むしろその姿をみた美代子は何かを確信したかのように笑い転げる。
今まで黙って話を聞いていた亜湖に関しては驚きで目を見開き桜子を凝視する始末である。
思いがけない形で痴態の痕を晒すことになった桜子はいたたまれず、恥ずかしさのあまり座布団に顔うずくめる。

(あの男!!絶対に許さぬ!!そもそもあいつが蛭のように肌に口を当てるからこんなことになるのだ!!)

口吸いというものが何なのかぐらい、いくら無知な桜子だって知っている。だが、それをした後に痕が残ることまでは知らなかったのだ。そもそも、接吻とは口にするものであり、体にするなど聞いたことがない。
もう、何もかも全ては明仁のせいだと結論づけ叫びにならない呻き声をあげる。

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