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中尉 1

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少し早い夕餉を侯爵低で終えた明仁は早々に屋敷を後にし、四方を大きな柵で囲まれ、外からは中の様子が確認出来ないほど生い茂る木々に囲まれた敷地へと足を踏み入れていた。

見張りの門番兵が明仁へと敬礼を向ける。

それに片手で応え広大な敷地へと歩みを進めれば、ほどなくしてコンクリート式の建物が姿を表す。堂々と聳え立つソコは限られたものしか足を踏み込むことが許されていない大日本帝国陸軍本第四基地である。



「よう色男。今からご出勤か?」


建物に続く階段に差し掛かったとき、明仁の背に野太い声がかかる。
後ろを振り向けば割腹の良い大柄な男が人懐っこい笑みを浮かべていた。
声をかけてきたのは上官の水島大尉である。


「水島大尉。お疲れ様です。大尉にも出勤命令が?」


形式に倣ならい大尉に敬礼を向け道を開ける。


「ああ、よせよせ。俺とお前の仲だ、正式な場以外での敬礼なんぞいらんわ。かたっ苦しいのは好かん。俺は下の奴らの訓練帰りだ。そのついでに呼びされたんだよ。」



軍人らしく丸刈りにされた坊主頭を掻きながら大尉は明仁の隣を通りすぎ、建物へと続く階段を上がっていく。
明仁も大尉の後ろへと続く。


「そう言われましても、下の者に示しが付きませんゆえ。・・・・・・夜営訓練に参加とは大尉も物好きでいらっしゃる。」



日暮れに行われる訓練は夜営と呼ばれ、暗闇に目を慣れさせるのが目的である。っが、まだ日も沈み切っていない今は夜営に備えた寝床作りの準備に追われている頃だ。夜営訓練は確かに基本的な訓練ではあるが、上官の立場である大尉が戦場で寝床の準備をすることは早々ない。それは一等兵や二等兵と呼ばれる兵隊が行うのが当たり前だからである。中尉である明仁も然りだ。日が沈んでからの訓練に顔を出すならともかく、寝床を作る訓練に参加するなど普通はありえないのだが、大尉はさほど気にする素振りも見せずに軍服についた土埃を払う。


「たまには現場に出ねぇと体が鈍る。机に向かうだけが上官の仕事じゃねぇからな。」


「下手にあなたのような上官が訓練に参加すれば、下の者が気を遣いましょう。部下を無駄に疲弊させないのも上官の務めですよ。」


水島大尉は他の上官に比べ気さくで部下からの信頼も厚い。
だが、やはり訓練ともなると話は別である。上官がいるだけでいつも以上に力が入るものだ。


「お前は嫌なことを言うね。そこら辺はちゃあんと気を遣ってるさ。上着さえ脱いじまえば、俺がどの階級か分かる奴はそういねぇからな。」


なるほど、と明仁は頷く。
大尉や中尉ともなれば一等兵たちと関わりを持つことはほとんどない。顔を合わせる機会と言えば全体の合同練習や階級の特進式ぐらいだろうか。
昼休憩の合間に大尉が兵隊達と賭け事をしているのを度々目にしていたが、言われてみればその時も彼は上着を羽織ってはいなかった。
兵隊達は彼が何者なのか知らされず、己の中で自分たちと同じ階級なしと思ったに違いない。
そうでなければ、あんな風に昼間から上官の前で堂々と賭け事をできるはずがない。


「・・・・・・そういやぁ、先日兵隊たちが話してるのを聞いたんだが、お前婚約したんだってな。どこの令嬢だ」


ふいに問いかけられた言葉に明仁は一瞬思案した後、口を開いた。


「婚約とは些か語弊が・・・・・・私が正式に東京に着任した折に許嫁殿に挨拶に伺ったのですよ。大尉は東京の生まれでしたね。公爵の爵位を賜っておられる花篭家はご存知でしょうか?そこのご息女です。」


「花篭・・・・・・敏正殿のご息女か!これまたいいとこの娘さんじゃないか。敏正殿とも何度か言葉を交わしたことがあるが、あれは曲者だな。いいじゃないか、あの家のご息女なら申し分なかろう。敏正殿には何かと軍が世話になることもある。そうかそうか、年ごろの娘さんがいるとは聞いていたがお前と縁談が決まったか。海軍の連中に横取りされず何よりだ。」


明仁の口から出た名前に大尉が満足げに頷く。
軍に必要な物資を貿易で調達することもある敏正は上官の面々ともそれなりの面識があるのだろう。
それは陸軍に限らず、海軍とも交流を持っていたに違いない。
明仁は特に陸軍だの海軍だのと対抗心を燃やしたことは無かったが、少し目を向けるとあちこちで事あるごとに優劣を競いあっているのだ。
正直な話、陸軍は地形の戦術に長け、海軍は海上の戦術に長けているのだから比べようがないだろうと思うのだが、それを口に出すのは憚られた。
明仁の許嫁の件も大方、海軍と睨み合う連中が権勢のつもりで話を大きくしたに違いない。
そのとばっちりを喰らうのが目に見えている明仁にとっては迷惑極まりない話である。


「でっ、どうなんだ?」


「どうとは?」


脈略のない言葉に明仁が思わず聞き返す。


「とぼけんなよ。決まってんだろ、寝屋での相性だよ。男にとってそこは一番大事だろう。ああ、顔も別嬪にこしたことはないな。」


本来なら許婚だろうと未婚の女性と関係を持つことは御法度とされている。名家の生娘なら尚更である。
だが、そんな事を気にも留めていない様子の大尉はさも当たり前かのように話をふる。
下賤に笑う大尉に目をやりながら明仁は数刻前の出来事を思い起こす。


「相性も何も、まだ男の相手が出来るような歳ではないのですよ。顔の作りはそれなりでしたがね」


数刻前に見た少女は、多少の肉付きはあったものの男を受け入れるには未熟だった。
胸を弄られただけで強気な姿勢を崩し涙を浮かべる姿はどこにでもいる年相応のか弱い少女であるように思えた。
それにも関わらず、瞳に涙を浮かべた顔は充分に女の顔をしているのだからタチが悪い。
そんな少女に思いがけず欲情し自身の欲望をぶつけてしまったのだが、男の陰経を見たこともない少女にどうこう出来るはずもなく、結果、彼女の頭を押さえつけ多少乱暴に扱ってしまったことは少なからず悪いと思っている。
普通の生娘だったならば、声を荒げ泣きじゃくってもおかしくない行為をされたはずなのだが、彼女は違った。
去り際に渾身の憎しみを込めて見舞われた平手打ちは、あまりにも爽快で明仁がしばらく放心してしまうほどであった。
その行いが明仁の中で更に強い執着を生んだことをあの少女は知る由もないだろう。
幸いこれからは一つ屋根の下で共に過ごすのだ。
ゆっくり時間をかけて開発していけばいいと、明仁の中で獰猛な熱が顔を上げる。


「男の相手が出来ねぇって、体が弱いのか?許婚殿はいくつだ」


明仁の言葉に何を思ったか大尉が顔を顰める。


「確か、今年で十四の歳だったと。病もちではないですよ。至って健康体です。」


見合いの席から何度か顔を合わせた少女を思い描き、病弱と言葉が一番似合わんなと明仁は心の中で頬くそ笑む。


「十四なら十分孕めるだろ。病もちでもないんなら、早く子どもをこさえるに越したことはねえぞ。あちらさんともずっと睨めっこが続いてる状況だ。いつ、何が起こるか分からん」


茶化すような顔をから一転し、真剣な顔つきになる大尉に明仁も小さく頷く。
日本は満州の領土を巡りロシアと睨み合いをしてたのだが、その状況は年々緊迫しておりいつ戦火が落とされてもおかしくない状況なのである。
戦争になれば明仁も徴兵されるだろう。
その前に世継ぎを作っておけと大尉は言っているのである。


「そうしたいのは山々なのですがね、なにぶん許婚殿は華奢でして。私としてはもう少し肉付きが良くなるまで待とうかと思ったのですが、」


「そんなもん抱けば自然と良くなるもんだ。女ってのは男が思ってる以上に成長が早いからな。」

そんなものだろうかと明仁は少し思案するが、女遊びに長けている大尉が言うのならそうなのだろうと自身を納得させる。


「まぁ、今夜はその許婚とはタイプの違う女を選べばいいさ」


人の悪い笑みを向ける大尉に怪訝な顔を向ける。


「お前、本当に何も知らされてねぇのな。そりゃあそうか。お前真面目だもんな。」


「何にが言いたいのですか大尉。」


煮え切らない言葉に先を促す。

「察しが悪いな。女だよ女。お前の婚約祝いを兼ねて、華町に繰り出すんだとよ。今日の出勤命令ってのはその呼び出しだ。少佐たちもいるから逃げらんねぞ。上官お抱えの銀座の一等品だ。楽しもうじゃないか」

思いがけない大尉の言葉に明仁の歩みが止まりかけるが、


「それは楽しみですね」


直ぐに動揺を隠し笑みを浮かべる。

長い夜が始まろうとしていた。




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