上 下
9 / 18

イケ☆ハレ9

しおりを挟む
 四阿の中心には、タイルで装飾された小さな噴水があった。コポコポと湧き続ける水は確かに涼しげだが、水が貴重なこの国では有り得ないくらいに贅沢な使い方だと思ってしまう。

「何をボーっと突っ立っておる?お前が座らねば、使用人はいつまで経っても仕事ができん」
「っと、ああ、悪い」

 俺は噴水から目を離し、ジャラール皇帝陛下の向かいに座る。
 すると、すかさず使用人たちが、薄い黄色の液体で満たされたティーカップと、小さなサイコロ状の物体が乗った皿をテーブルの上に並べた。

「これは?」

 俺が皿の上を指差しながら尋ねると、ジャラール皇帝陛下が少し驚いたような視線を向けてきた。

「食べたことがないか?甘い蜜を煮詰めて固めたものに、炒った豆が入っている菓子だ」
「へえ……こっちの黄色い水は?茶か?」
「これはこの時期に咲く『砂漠蓮』の花弁で淹れた茶だな。甘い風味の割に苦味が強いゆえ、砂糖を入れて飲むことが多い」

 俺は見よう見まねで、何とかっていう花のお茶に砂糖を混ぜた。……これ、いくら苦いからって言っても入れ過ぎじゃねえ?
 物凄く甘いんじゃないかと心配になったが、ジャラール皇帝陛下が平然とした顔で飲んでいるのを見て、俺も覚悟を決め、口をつける。

「うえ、甘ぇ……!」
「……そうか?これくらいが飲み慣れた味だが」
「こんな甘い飲みもん、飲んだことねえよ」
「ふむ……であれば、こっちの豆菓子はお前の口に合わんかもしれんな。砂漠蓮の茶なんかよりも、余程甘いぞ」

 そう言われると、逆に好奇心が湧き上がってきてしまう。これ以上に甘いって、どんな菓子なんだろう?
 ひょいっと指で摘みあげ、口の中に放り込んでみた。噛みしめた途端、くどいくらいの甘さが口の中にジュワっと広がる。

「……っ!!」
「だから言っただろう。お前の口には合わん、と」

 あまりの甘さに声すら上げられない俺を呆れた目で眺めたジャラール皇帝陛下は、平然とした顔で同じ豆菓子を食べている。
 信じらんねえ……お貴族さまってのは、いっつもこんな甘いもんばっか食ってるんだろうか?
 にわかに、これからの食生活が不安になってくる。普段の食事までは甘くないといいんだが……。

「アリ、次からはこやつの好みに合わせて茶菓子を用意してやれ」
「はい、陛下」

 俺の好みに合わせて貰えるのはありがたいが……ジャラール皇帝陛下が、これからもここへ茶を飲みにくるつもりっぽいのが気にかかる。
 俺は、気が利いた話どころか、お貴族さまが使うような畏まった話し方すら出来ないのに、そんな俺と話していて不快に思わないんだろうか?
 それとも――そんなに、俺の身体が魅力的なのだろうか。
 俺はゾワッと寒気を感じた気がして、コッソリ自らの腕を摩った。でも、ジャラール皇帝陛下がこの水晶宮を訪れるのは、結局、それが目的なんだもんな……?
 ゴクリ、甘ったるい味の唾を飲み込む。

「……あの……ジャラール皇帝陛下は……、」
「む?」

 モッチャモッチャと豆菓子を咀嚼していたジャラール皇帝陛下が、俺の呼びかけに反応して視線を向けてきた。こんな甘いだけの菓子を食べていても、イケメンはイケメンだ。相変わらず、鋭い眼差しがイカしてやがる。

 俺……この人に、抱かれちゃうんかな?

 いくらイケメンでも、同じ男だし……俺たち、そんなに体格も変わんねえのに……。

 ――なんか……怖い、かも。

「……どうした、そのように思いつめた顔をして」

 その問いかけは、意外なくらいに穏やかな声音だった。それに背中を押されたような気分になって、俺は思い切って口を開く。

「……アンタ……これから、俺を抱くのか?」

 沈黙が落ちた。
 俺は、何となくジャラール皇帝陛下の顔を見ていられなくなって、顔を俯けた。そうして俯いていても、こちらの様子を伺う強い眼差しの存在を、ありありと感じてしまう。それくらい強い視線だった。

「……んだよ、何とか言ってくれよ」

 堪らず、俺は弱り切った声を絞り出す。すると、ジャラール皇帝陛下がフ、と小さく息を吐き出すのが聞こえた。

「いや……お前には、しばらく手は出さない……つもりだったのだが」
「へっ?」

 その言い回しの奇妙さに、つい顔を上げてしまう。その次の瞬間、バチっと音のしそうな勢いで視線が交差して、俺は視線を外せなくなった。
 ――視線を逸らした瞬間、目の前の獣に命を刈り取られてしまう。そんな、恐怖を感じて――。

 しかし、獣はその牙をこちらへ向けてくることはなく、ただ、穏やかに唇の端を持ち上げた。その初めて見る笑顔に、俺の目が釘付けになってしまう。
 ……イケメンとしての格の違いを見せつけられた気分だぜ。

「……お前が、存外、嫌がっていないようだから気が変わった。今日はさすがにこのまま帰るが、また、良き日にここを訪れよう」

 ジャラール皇帝陛下は俺から視線を外すと、素知らぬ顔でティーカップに口を付け始める。
 そんな、言いたいことは全て言い切ったみたいな顔をされても、こっちは何一つ理解できていないんだが……。
 俺が、何を嫌がってないって?良き日って、何のことだ?

「なあ、何だよ、それ。どういう意味だ?」

 俺が頭の上にハテナを飛ばしながら素直に問いかけると、ジャラール皇帝陛下は再び目を細め、ハア、とあからさまな溜息を吐き出した。そんなめんどくさそうな顔をされても、理解できなかったもんは、しょうがねえだろ。
 そのまま黙って待っていると、ジャラール皇帝陛下は、もう少しだけ俺にも分かりやすい答えをくれた。

「……今日は見逃がしてやるので、次に余がここへ来るまでに、余を受け入れられるよう身体を慣らしておけ。――と、言っておるのだ」
「慣らし……、って、えぇ!?」

 つまり、アレだよな?……後ろのアレを、拡張というかっ……そういうことだろ……!?
 俺はガタッと椅子を鳴らしながら、腰を浮かせる。

「俺が自分でするのかよ!?」

 ……我ながら、ツッコむのはそこじゃないだろうと思うような質問だったが、咄嗟に出てきた言葉がそれだったのだから、仕方ない。
 目を白黒させている俺を尻目に、ジャラール皇帝陛下は涼しげな顔でティーカップを傾けている。

「自分でするのが不満なら、使用人に任せればよかろう。ハレムの使用人であれば、それくらいの心得はあるはずだ」
「っっ!んなもん、人に任せられるかよ!!」
「……何だ、ワガママな奴だな」
「っ、お前にだけは、言われたくねえ……!」

 俺が怒鳴ると、ジャラール皇帝陛下はキョトンと首を捻った。

「……それは、余がワガママだと言いたいのか」
「そうに決まってんだろ!このワガママ暴君やろう」

 そこまで口に出してしまってから、ハッとして手で口を覆う。……まずい、言い過ぎたか?
 ソロソロと視線を上げてジャラール皇帝陛下の顔色を窺ってみたが、少なくとも、気分を害している感じではなかった。ただ……なんだか、変な顔をしている。

「そうか……、余が、ワガママか」
「……なんだよ、そんな、初めて言われたみたいな顔しやがって」
「いや、そのようなことを言われたのは初めてだ」

 ……それって、周りの奴らが皆、ずっと気を遣って言わなかっただけじゃねえの?
 俺はまたもや、思った通りに口走ってしまう。すると、ジャラール皇帝陛下は、どこか遠くの方を見つめながら静かに頷いた。

「……そうだな。そうかもしれぬ」

 ――その時、ジャラール皇帝陛下が何を考えていたか、俺には全く分からない。ただ、その顔がすごく寂しそうに見えたせいで、俺は何も言えなくなってしまった。

 結局、この日はこれ以上手を出されることもなく、ジャラール皇帝陛下はティーカップの中身を律儀に一杯分飲み干してから、この水晶宮を去っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

買われた悪役令息は攻略対象に異常なくらい愛でられてます

瑳来
BL
元は純日本人の俺は不慮な事故にあい死んでしまった。そんな俺の第2の人生は死ぬ前に姉がやっていた乙女ゲームの悪役令息だった。悪役令息の役割を全うしていた俺はついに天罰がくらい捕らえられて人身売買のオークションに出品されていた。 そこで俺を落札したのは俺を破滅へと追い込んだ王家の第1王子でありゲームの攻略対象だった。 そんな落ちぶれた俺と俺を買った何考えてるかわかんない王子との生活がはじまった。

烏木の使いと守護騎士の誓いを破るなんてとんでもない

時雨
BL
いつもの通勤中に猫を助ける為に車道に飛び出し車に轢かれて死んでしまったオレは、気が付けば見知らぬ異世界の道の真ん中に大の字で寝ていた。 通りがかりの騎士風のコスプレをしたお兄さんに偶然助けてもらうが、言葉は全く通じない様子。 黒い髪も瞳もこの世界では珍しいらしいが、なんとか目立たず安心して暮らせる場所を探しつつ、助けてくれた騎士へ恩返しもしたい。 騎士が失踪した大切な女性を捜している道中と知り、手伝いたい……けど、この”恩返し”という名の”人捜し”結構ハードモードじゃない? ◇ブロマンス寄りのふんわりBLです。メインCPは騎士×転移主人公です。 ◇異世界転移・騎士・西洋風ファンタジーと好きな物を詰め込んでいます。

姉貴のBL本に転生(?)したっぽいんだけどオメガバースって何っ!?

黒咲ゆかり
BL
主人公の少年は、 姉の持っていたBL本を誤って読んでしまう。 読み始めた時はまさか中身がそんなものだと思わなかった彼は、行為のシーンを見てしまった。 部屋に入ってきた姉に赤面を見られ、さらに動揺した彼は近くのコンビニへ走り出し、 途中で交通事故にあってしまう。 目を覚ますと…彼は、先程まで読んでいた本の主人公、平塚 誠<ひらつか まこと> になってしまっていた?! そこは、 物語のシナリオを演じなければ崩壊してしまう世界。 男とあんなコトやこんなコトをする趣味はないけど………………。 ‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦ こんにちは!作者ですっ(`・ω・´)ゞ なるべく、誤字や脱字など無いように気をつけていますが、あった場合は御手数ですが 報告いただければ幸いです!(*´`) ぜひ、楽しんでってくださいっ (* . .)))ペコッ

残虐悪徳一族に転生した

白鳩 唯斗
BL
 前世で読んでいた小説の世界。  男主人公とヒロインを阻む、悪徳一族に転生してしまった。  第三皇子として新たな生を受けた主人公は、残虐な兄弟や、悪政を敷く皇帝から生き残る為に、残虐な人物を演じる。  そんな中、主人公は皇城に訪れた男主人公に遭遇する。  ガッツリBLでは無く、愛情よりも友情に近いかもしれません。 *残虐な描写があります。

同室の奴が俺好みだったので喰おうと思ったら逆に俺が喰われた…泣

彩ノ華
BL
高校から寮生活をすることになった主人公(チャラ男)が同室の子(めちゃ美人)を喰べようとしたら逆に喰われた話。 主人公は見た目チャラ男で中身陰キャ童貞。 とにかくはやく童貞卒業したい ゲイではないけどこいつなら余裕で抱ける♡…ってなって手を出そうとします。 美人攻め×偽チャラ男受け *←エロいのにはこれをつけます

双子攻略が難解すぎてもうやりたくない

はー
BL
※監禁、調教、ストーカーなどの表現があります。 22歳で死んでしまった俺はどうやら乙女ゲームの世界にストーカーとして転生したらしい。 脱ストーカーして少し遠くから傍観していたはずなのにこの双子は何で絡んでくるんだ!! ストーカーされてた双子×ストーカー辞めたストーカー(転生者)の話 ⭐︎登場人物⭐︎ 元ストーカーくん(転生者)佐藤翔  主人公 一宮桜  攻略対象1 東雲春馬  攻略対象2 早乙女夏樹  攻略対象3 如月雪成(双子兄)  攻略対象4 如月雪 (双子弟)  元ストーカーくんの兄   佐藤明

嫌われ悪役令息に転生したけど手遅れでした。

ゆゆり
BL
俺、成海 流唯 (なるみ るい)は今流行りの異世界転生をするも転生先の悪役令息はもう断罪された後。せめて断罪中とかじゃない⁉︎  騎士団長×悪役令息 処女作で作者が学生なこともあり、投稿頻度が乏しいです。誤字脱字など等がたくさんあると思いますが、あたたかいめで見てくださればなと思います!物語はそんなに長くする予定ではないです。

悪役令息、主人公に媚びを売る

枝豆
BL
前世の記憶からこの世界が小説の中だと知るウィリアム しかも自分はこの世界の主人公をいじめて最終的に殺される悪役令息だった。前世の記憶が戻った時には既に手遅れ このままでは殺されてしまう!こうしてウィリアムが閃いた策は主人公にひたすら媚びを売ることだった n番煎じです。小説を書くのは初めてな故暖かな目で読んで貰えると嬉しいです 主人公がゲスい 最初の方は攻めはわんころ 主人公最近あんま媚び売ってません。 主人公のゲスさは健在です。 不定期更新 感想があると喜びます 誤字脱字とはおともだち

処理中です...