カコの住人たち

やすを。

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72話 現実にて⑥

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 現実にて。

 俺らは旅行から帰ると、各々の時間を過ごしていた。

 俺は、あの後から誰とも会えていなかった。

 来海は特に忙しない様子で、塾の課題に励んでいるそうだ。

 やはり目標が高い分、やるべき物も段違いの量なのだろう。

奏ちゃんは部活が忙しいようだった。

 そして、一好と俺は毎日のようにお見舞いに行っていた。

 でも、二人で時間を合わせることはしない。

 それは、それぞれに時間の使い方があるからという俺の考えで、初めは誘いの話も来たけど、俺がその話をしてから、一好が俺の価値観に合わせてくれた。

 俺は、今日も昼前に病院を訪れていた。

「様態に変化はない感じ?」

「そうだね。あき君の衰弱具合が他よりも進んでいる事も気になるけど、他には特に何も無いよ。」

 俺は、毎日のように顔を合わせる先生と、良好な関係を築けていた。

  世間話もするし、互いの近況も何となく話す仲になっていた。

「隼人君は最近見かけなかったけど、旅行でも言ってきたの?」

「ああ。前ここに来た四人と、ちょっと遠くに。」

 俺の口から院長先生の名前を出す事が、どうしてか憚られた。

 厚意にしてもらった事を口外するのは、言ってはいけない秘密を暴露するようで、罪悪感に苛まれそうな感じがした。 

 別に言う必要性も無いから、言わなくても咎められることも無い。だから俺は口にしなかった。

「いいねー。何か青春してるなって感じするよ。私は今、それどころじゃ無いほど忙しくてね。」

 若干のやつれ具合と、目の下の黒い部分を見れば何となく想像は付いた。

 ふと俺は、珍しく先生が首からぶら下げている物を見た。

「名札ってつけるんだな、先生も。」

「まあね。今日は定例会議があったから、付けていないと怒られるんだよ。」

 白とオレンジを基調としたネームプレートに、フルネームと顔写真、そして専門科が記載されていた。

「えっ、先生って。畑ヶ野って苗字なんだな。」

「そうだけど、それがどうかしたのかな?」

 俺の周りでこの名字に聞き覚えの無い人はいないはずだ。

 だって散々話し合の中で出て来たから。俺は体の感覚が、徐々に無くなっていくような気がした。

「俺の知り合いにも同じ苗字の奴がいて、敦って言うんだけど。そんな人が、身内とかにいるのかなって思ったんだけど・・・・・・。」

「……いたよ。一年くらい前に亡くなったけどね。実は、四人でお見舞いきてくれた時に、話してたのは、その子の事だったんだよ。」

 先生の声色が少し湿った事を、俺は聞き逃さなかった。

 通りで聞き覚えのある内容だった訳だ。

 勿論先生の心情面で、俺が知っていた事は皆無だったけど、『親戚の子』と言っていた話の内容に、俺は聞き馴染みがあった。

「俺と来海の親友で、そこで寝ている、真道とあきの親友でもあったんだぞ。」

 俺は、少し嬉しい気分に浸っていた。

 過去に生きた俺らの親友を知る、一人の仲間と出会った。

 それが何よりも俺の心を躍らせた。

 しかも、それは意外にも俺らの近くにいて、アツの事を大切に思っていた。

「真道君だったんだね。あのうつ病になったという少年は。それだけ敦君を好きでいてくれたんだね。」

 先生の声が、少しだけ震えていた。

 やはりこの手の話になると、先生の涙腺が緩くなるようだ。既に涙が零れていた。

「……ありがとう。私が言う事じゃないかもしれないけど……敦君の友達になってくれて……。」 

 俺らと同じように、先生にも敦という人間を失った悲しみが、心に負担として重くのしかかっていたのだと、俺はそう思った。

 真道ほどいくと、流石に病んでしまうから駄目だと思うが、先生はそれに近い喪失感を抱いているのかもしれない。俺は先生の顔を見てそう感じた。

「敦君、言ってたんだよ……。友達が出来ないかもしれないって……一生孤独なんじゃないかって……。」

 先生の声色は決して変わることが無かった。

 熱くなることも、落ち込むことも無く、ただ同じトーンで語っていた。

「でもね、敦君が高校生になって、『たくさん友達が出来た。』って笑顔で私に言ってくれたのを、今でも鮮明に覚えているよ……。あんなに晴れ晴れとした顔、今までに見たことが無かったから……。」

 先生は悲しみと嬉しさの中間で話していた。

 俺らがアツの精神的支柱になっていたのと同じように、アツも俺らの支えになっていた。

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