43 / 85
43話 結局、結末はバレるらしい
しおりを挟む
パチン。
鳴り響く乾いた音。
それは僕の右頬から発せられたものだった。
「今までどこで何してたの‼ 風に当たってくるって言ってから、一日姿見せないってどんな神経してんのよ‼」
紗南は赤くなった目を擦りながら、僕を全力で叱った。いつかのあきと同じ顔をしていた。
「…………これ。」
僕は紗南の声を無視した。無視をせざるを得なかった。
それは僕がどう足掻いても白旗を上げる未来が見えたからだ。
それから、僕は三枚の紙きれをポケットから取り出し紗南に見せた。
「これがどうしたの?」
僕は無言で紗南に提示し続けた。
「だから、どうしたの?」
怒りの色がだんだんと強くなっていく。でも僕にはこうする他に何もできなかった。
「……僕は、もうこの世からいなくなりたい。だから、これを使って早く脱出してよ。見た感じこれで最後っぽいからさ。」
素直に言うしか僕にはできなかった。
「こんなもの、要らないよ‼」
受け取った紗南はすぐさま後方に投げ飛ばした。開く窓から吹き込む風によって紙きれが流されていった。
「なっ…………。紙が……。」
僕は紙きれを追いかけて、足がもつれたのか、勢いよく転んでしまった。
「真道ってさ。私たちより、そんな紙きれの方が大事なんだね。」
「…………。」
凄い剣幕で怒る紗南に、僕は返す言葉も無く俯いていた。
「真道、君は一体何を考えてるの?」
紗南は、怒っている訳でも呆れている訳でもなく、恐らく純粋な問いかけをしただけだった。
「……二人に脱出してもらいたい。ただそれだけ。」
「何で、そんな考えに至ったの?」
質問攻めを続ける紗南の顔は、どこか寂しげな表情にも見えた。
「…………誰かの役に立ちたかったんだよ。」
「んじゃ、君の願いは叶いそうにないね。」
きっぱりとそう言い捨てた。
そして紗南は、同時に僕の望みをいとも簡単に捨ててしまった。
そこで僕は思わず顔を上げた。
「な、なんで? 何が足りないんだよ。言ってくれよ、何でもするからさ。な、お願い……。」
言うと紗南は僕の両肩を掴むと、僕の顔を一点に見つめて言った。
一日前に出した僕の声量よりも更に大きな声で、僕の全てを否定した。
「そんなお前のエゴなんか要らねえよ‼ お前なんかいなくたって、私たちでどうにかなった。少し頭がいいからって調子乗んなよ‼」
「そんなつもりじゃ……。」
「私が、司令官が、いつどこで、こんな事をしろと頼んだ? 答えられないだろ、頼んでねえんだから。いいか、お前のやったことは全部、自分自身のためにやった事なんだよ‼」
僕は紗南の気迫に圧倒されて、何も言い返せないでいた。しかし、僕にだって言いたい事は山ほどあった。
「僕自身のためにやった事? 欲求を満たすためだけにやった事? 笑わせんなよ‼ そんなんで僕がここまでの事出来ると思ってんのか?」
「出来んじゃねえのか? 自分の欲を満たすためなら、人間なんだって出来るからな‼」
「ああ。僕はもう死ぬだけだからな。別になんだっていいんだよ。」
さっきまでの勢いを殺して、僕は平然とそう告げた。張り合うのも馬鹿らしいとすら思った。
「私は、その考えが一番気に食わねえんだよ‼ 私たちのために死ぬ? 自殺の理由に勝手に組み込んでんじゃねえよ‼ そんな事されたって、誰が喜ぶんだよ。」
勢いに乗った紗南は怒鳴り続けた。
「あきを死なせて、やさぐれてるのかもしれねえけど、お前が自殺する事で、あきがどう思うとか考えたことあるか?」
「ねえよ。ある訳ないだろそんなの。」
「じゃあ考えてみろよ。あいつがどう思うのかって。」
これから紗南が始めようとしているのは、綺麗事の羅列。
そんなものをやさぐれた人間が聞いて、どう思うのか。
そんなもの僕ですら見当が付く。僕はそれに該当はしないが、ただ然るべき事をしたかった。
「何だよそれ。」
そして僕は紗南の両手を振り解いた。
「どうせ、死んで欲しくないとか言い出すんだろ。でもさ、それってお前のエゴだよな。」
「何言ってるんだ…………。お前……。」
「正常だよ僕は。異常なのは君の方なんじゃないか? だってあきは、もう死んだ。それで僕はこの世界に残ってしまった。それは僕が望んだ事じゃない。」
そう、僕は二人で歩む世界を望んだ。一人で歩く世界なんか、もう嫌だから。
「今からあきの元に行くなんて気持ち悪い話はしない。ただ、あきのいない世界が嫌なだけ。だからこの世界からリタイヤしたいんだよ。」
あれだけ勢いのあった紗南も呆気に取られた顔をしている。
「狂ってるよ……。」
「……かもな。」
「お前は、私たちの知る真道じゃない……。」
「紗南が、どんな僕を知っているかは分からないけど、僕は僕だから。」
頭が良くて、頼りになって、優しくて、どこか馬鹿っぽい。
そんな僕を想像しているのだろう。
でもそれは赤の他人だ。
「今までの僕も春原真道だし、この僕も春原真道なんだ。紗南は少々夢を見すぎなんじゃないか?」
何も言い返せないでいた紗南に、僕は再び紙を差し出した。
ここまで続けざまにショックを与えれば、大人しく受け取ってくれるだろう。
「だから、早く現実に戻ってくれ。こんな世界に生きてたって、僕は楽しくもなんともないから。」
「……嫌だ。」
「えっ?」
「……嫌だ、絶対に。」
「何で? 何で、こんなどうしようもなく腹が立つ人間に、そこまでできるんだよ。」
涙で顔一面がぐっしょりの紗南は、顔上げて再び真剣な眼差しで僕を見た。
そこには確固たる意志があった。
「……嘘、なんでしょ?」
「嘘?」
「嘘なんでしょ? そのキャラ。」
「嘘も何も、正真正銘の春原真道だけど。」
「……そういうキャラを演じていれば、素直に受け取ってくれると思ったんでしょ? あきの事、死ぬほど好きで、死なせたことを死ぬほど後悔してることも本当。でも私たちの事も、好きでしょ?」
僕は黙って下を向く。何かを言葉にした時に、僕の目元からうっかり出てしまいそうだから。
「……好きだから、私たちだけでもって考えたんでしょ? 好きだから、突き放しきれなかったんでしょ? 好きだから、そうやって何も言わないんでしょ? 早く言っちゃおうよ、本音ってやつをさ。」
「何……言ってんだよ……。そんな器用なこと僕に出来るはずが……。」
僕の言葉を遮るようにして紗南は、ぼくを諭すように言った。
「本当に嫌な人なら、自分で『腹が立つ人』なんて言わないしさ。頑張ってキャラ作り上げたのが、もろに出てるから。」
鳴り響く乾いた音。
それは僕の右頬から発せられたものだった。
「今までどこで何してたの‼ 風に当たってくるって言ってから、一日姿見せないってどんな神経してんのよ‼」
紗南は赤くなった目を擦りながら、僕を全力で叱った。いつかのあきと同じ顔をしていた。
「…………これ。」
僕は紗南の声を無視した。無視をせざるを得なかった。
それは僕がどう足掻いても白旗を上げる未来が見えたからだ。
それから、僕は三枚の紙きれをポケットから取り出し紗南に見せた。
「これがどうしたの?」
僕は無言で紗南に提示し続けた。
「だから、どうしたの?」
怒りの色がだんだんと強くなっていく。でも僕にはこうする他に何もできなかった。
「……僕は、もうこの世からいなくなりたい。だから、これを使って早く脱出してよ。見た感じこれで最後っぽいからさ。」
素直に言うしか僕にはできなかった。
「こんなもの、要らないよ‼」
受け取った紗南はすぐさま後方に投げ飛ばした。開く窓から吹き込む風によって紙きれが流されていった。
「なっ…………。紙が……。」
僕は紙きれを追いかけて、足がもつれたのか、勢いよく転んでしまった。
「真道ってさ。私たちより、そんな紙きれの方が大事なんだね。」
「…………。」
凄い剣幕で怒る紗南に、僕は返す言葉も無く俯いていた。
「真道、君は一体何を考えてるの?」
紗南は、怒っている訳でも呆れている訳でもなく、恐らく純粋な問いかけをしただけだった。
「……二人に脱出してもらいたい。ただそれだけ。」
「何で、そんな考えに至ったの?」
質問攻めを続ける紗南の顔は、どこか寂しげな表情にも見えた。
「…………誰かの役に立ちたかったんだよ。」
「んじゃ、君の願いは叶いそうにないね。」
きっぱりとそう言い捨てた。
そして紗南は、同時に僕の望みをいとも簡単に捨ててしまった。
そこで僕は思わず顔を上げた。
「な、なんで? 何が足りないんだよ。言ってくれよ、何でもするからさ。な、お願い……。」
言うと紗南は僕の両肩を掴むと、僕の顔を一点に見つめて言った。
一日前に出した僕の声量よりも更に大きな声で、僕の全てを否定した。
「そんなお前のエゴなんか要らねえよ‼ お前なんかいなくたって、私たちでどうにかなった。少し頭がいいからって調子乗んなよ‼」
「そんなつもりじゃ……。」
「私が、司令官が、いつどこで、こんな事をしろと頼んだ? 答えられないだろ、頼んでねえんだから。いいか、お前のやったことは全部、自分自身のためにやった事なんだよ‼」
僕は紗南の気迫に圧倒されて、何も言い返せないでいた。しかし、僕にだって言いたい事は山ほどあった。
「僕自身のためにやった事? 欲求を満たすためだけにやった事? 笑わせんなよ‼ そんなんで僕がここまでの事出来ると思ってんのか?」
「出来んじゃねえのか? 自分の欲を満たすためなら、人間なんだって出来るからな‼」
「ああ。僕はもう死ぬだけだからな。別になんだっていいんだよ。」
さっきまでの勢いを殺して、僕は平然とそう告げた。張り合うのも馬鹿らしいとすら思った。
「私は、その考えが一番気に食わねえんだよ‼ 私たちのために死ぬ? 自殺の理由に勝手に組み込んでんじゃねえよ‼ そんな事されたって、誰が喜ぶんだよ。」
勢いに乗った紗南は怒鳴り続けた。
「あきを死なせて、やさぐれてるのかもしれねえけど、お前が自殺する事で、あきがどう思うとか考えたことあるか?」
「ねえよ。ある訳ないだろそんなの。」
「じゃあ考えてみろよ。あいつがどう思うのかって。」
これから紗南が始めようとしているのは、綺麗事の羅列。
そんなものをやさぐれた人間が聞いて、どう思うのか。
そんなもの僕ですら見当が付く。僕はそれに該当はしないが、ただ然るべき事をしたかった。
「何だよそれ。」
そして僕は紗南の両手を振り解いた。
「どうせ、死んで欲しくないとか言い出すんだろ。でもさ、それってお前のエゴだよな。」
「何言ってるんだ…………。お前……。」
「正常だよ僕は。異常なのは君の方なんじゃないか? だってあきは、もう死んだ。それで僕はこの世界に残ってしまった。それは僕が望んだ事じゃない。」
そう、僕は二人で歩む世界を望んだ。一人で歩く世界なんか、もう嫌だから。
「今からあきの元に行くなんて気持ち悪い話はしない。ただ、あきのいない世界が嫌なだけ。だからこの世界からリタイヤしたいんだよ。」
あれだけ勢いのあった紗南も呆気に取られた顔をしている。
「狂ってるよ……。」
「……かもな。」
「お前は、私たちの知る真道じゃない……。」
「紗南が、どんな僕を知っているかは分からないけど、僕は僕だから。」
頭が良くて、頼りになって、優しくて、どこか馬鹿っぽい。
そんな僕を想像しているのだろう。
でもそれは赤の他人だ。
「今までの僕も春原真道だし、この僕も春原真道なんだ。紗南は少々夢を見すぎなんじゃないか?」
何も言い返せないでいた紗南に、僕は再び紙を差し出した。
ここまで続けざまにショックを与えれば、大人しく受け取ってくれるだろう。
「だから、早く現実に戻ってくれ。こんな世界に生きてたって、僕は楽しくもなんともないから。」
「……嫌だ。」
「えっ?」
「……嫌だ、絶対に。」
「何で? 何で、こんなどうしようもなく腹が立つ人間に、そこまでできるんだよ。」
涙で顔一面がぐっしょりの紗南は、顔上げて再び真剣な眼差しで僕を見た。
そこには確固たる意志があった。
「……嘘、なんでしょ?」
「嘘?」
「嘘なんでしょ? そのキャラ。」
「嘘も何も、正真正銘の春原真道だけど。」
「……そういうキャラを演じていれば、素直に受け取ってくれると思ったんでしょ? あきの事、死ぬほど好きで、死なせたことを死ぬほど後悔してることも本当。でも私たちの事も、好きでしょ?」
僕は黙って下を向く。何かを言葉にした時に、僕の目元からうっかり出てしまいそうだから。
「……好きだから、私たちだけでもって考えたんでしょ? 好きだから、突き放しきれなかったんでしょ? 好きだから、そうやって何も言わないんでしょ? 早く言っちゃおうよ、本音ってやつをさ。」
「何……言ってんだよ……。そんな器用なこと僕に出来るはずが……。」
僕の言葉を遮るようにして紗南は、ぼくを諭すように言った。
「本当に嫌な人なら、自分で『腹が立つ人』なんて言わないしさ。頑張ってキャラ作り上げたのが、もろに出てるから。」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
どうして隣の家で僕の妻が喘いでいるんですか?
ヘロディア
恋愛
壁が薄いマンションに住んでいる主人公と妻。彼らは新婚で、ヤりたいこともできない状態にあった。
しかし、隣の家から喘ぎ声が聞こえてきて、自分たちが我慢せずともよいのではと思い始め、実行に移そうとする。
しかし、何故か隣の家からは妻の喘ぎ声が聞こえてきて…
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる