カコの住人たち

やすを。

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43話 結局、結末はバレるらしい

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 パチン。

 鳴り響く乾いた音。

 それは僕の右頬から発せられたものだった。

「今までどこで何してたの‼ 風に当たってくるって言ってから、一日姿見せないってどんな神経してんのよ‼」

 紗南は赤くなった目を擦りながら、僕を全力で叱った。いつかのあきと同じ顔をしていた。

「…………これ。」

 僕は紗南の声を無視した。無視をせざるを得なかった。

 それは僕がどう足掻いても白旗を上げる未来が見えたからだ。

 それから、僕は三枚の紙きれをポケットから取り出し紗南に見せた。

「これがどうしたの?」

 僕は無言で紗南に提示し続けた。

「だから、どうしたの?」

 怒りの色がだんだんと強くなっていく。でも僕にはこうする他に何もできなかった。

「……僕は、もうこの世からいなくなりたい。だから、これを使って早く脱出してよ。見た感じこれで最後っぽいからさ。」

 素直に言うしか僕にはできなかった。

「こんなもの、要らないよ‼」

 受け取った紗南はすぐさま後方に投げ飛ばした。開く窓から吹き込む風によって紙きれが流されていった。

「なっ…………。紙が……。」

 僕は紙きれを追いかけて、足がもつれたのか、勢いよく転んでしまった。

「真道ってさ。私たちより、そんな紙きれの方が大事なんだね。」

「…………。」

 凄い剣幕で怒る紗南に、僕は返す言葉も無く俯いていた。

「真道、君は一体何を考えてるの?」

 紗南は、怒っている訳でも呆れている訳でもなく、恐らく純粋な問いかけをしただけだった。

「……二人に脱出してもらいたい。ただそれだけ。」

「何で、そんな考えに至ったの?」

 質問攻めを続ける紗南の顔は、どこか寂しげな表情にも見えた。

「…………誰かの役に立ちたかったんだよ。」

「んじゃ、君の願いは叶いそうにないね。」

 きっぱりとそう言い捨てた。

 そして紗南は、同時に僕の望みをいとも簡単に捨ててしまった。

 そこで僕は思わず顔を上げた。

「な、なんで? 何が足りないんだよ。言ってくれよ、何でもするからさ。な、お願い……。」

 言うと紗南は僕の両肩を掴むと、僕の顔を一点に見つめて言った。

 一日前に出した僕の声量よりも更に大きな声で、僕の全てを否定した。

「そんなお前のエゴなんか要らねえよ‼ お前なんかいなくたって、私たちでどうにかなった。少し頭がいいからって調子乗んなよ‼」 

「そんなつもりじゃ……。」

「私が、司令官が、いつどこで、こんな事をしろと頼んだ? 答えられないだろ、頼んでねえんだから。いいか、お前のやったことは全部、自分自身のためにやった事なんだよ‼」

  僕は紗南の気迫に圧倒されて、何も言い返せないでいた。しかし、僕にだって言いたい事は山ほどあった。

「僕自身のためにやった事? 欲求を満たすためだけにやった事? 笑わせんなよ‼ そんなんで僕がここまでの事出来ると思ってんのか?」

「出来んじゃねえのか? 自分の欲を満たすためなら、人間なんだって出来るからな‼」

「ああ。僕はもう死ぬだけだからな。別になんだっていいんだよ。」

 さっきまでの勢いを殺して、僕は平然とそう告げた。張り合うのも馬鹿らしいとすら思った。

「私は、その考えが一番気に食わねえんだよ‼ 私たちのために死ぬ? 自殺の理由に勝手に組み込んでんじゃねえよ‼ そんな事されたって、誰が喜ぶんだよ。」

 勢いに乗った紗南は怒鳴り続けた。

「あきを死なせて、やさぐれてるのかもしれねえけど、お前が自殺する事で、あきがどう思うとか考えたことあるか?」

「ねえよ。ある訳ないだろそんなの。」

「じゃあ考えてみろよ。あいつがどう思うのかって。」

 これから紗南が始めようとしているのは、綺麗事の羅列。

 そんなものをやさぐれた人間が聞いて、どう思うのか。

 そんなもの僕ですら見当が付く。僕はそれに該当はしないが、ただ然るべき事をしたかった。

「何だよそれ。」

 そして僕は紗南の両手を振り解いた。

「どうせ、死んで欲しくないとか言い出すんだろ。でもさ、それってお前のエゴだよな。」

「何言ってるんだ…………。お前……。」

「正常だよ僕は。異常なのは君の方なんじゃないか? だってあきは、もう死んだ。それで僕はこの世界に残ってしまった。それは僕が望んだ事じゃない。」

 そう、僕は二人で歩む世界を望んだ。一人で歩く世界なんか、もう嫌だから。

「今からあきの元に行くなんて気持ち悪い話はしない。ただ、あきのいない世界が嫌なだけ。だからこの世界からリタイヤしたいんだよ。」

 あれだけ勢いのあった紗南も呆気に取られた顔をしている。

「狂ってるよ……。」

「……かもな。」

「お前は、私たちの知る真道じゃない……。」

「紗南が、どんな僕を知っているかは分からないけど、僕は僕だから。」

 頭が良くて、頼りになって、優しくて、どこか馬鹿っぽい。

 そんな僕を想像しているのだろう。

 でもそれは赤の他人だ。

「今までの僕も春原真道だし、この僕も春原真道なんだ。紗南は少々夢を見すぎなんじゃないか?」

 何も言い返せないでいた紗南に、僕は再び紙を差し出した。

 ここまで続けざまにショックを与えれば、大人しく受け取ってくれるだろう。

「だから、早く現実に戻ってくれ。こんな世界に生きてたって、僕は楽しくもなんともないから。」

「……嫌だ。」

「えっ?」

「……嫌だ、絶対に。」

「何で? 何で、こんなどうしようもなく腹が立つ人間に、そこまでできるんだよ。」

 涙で顔一面がぐっしょりの紗南は、顔上げて再び真剣な眼差しで僕を見た。

 そこには確固たる意志があった。

「……嘘、なんでしょ?」

「嘘?」

「嘘なんでしょ? そのキャラ。」

「嘘も何も、正真正銘の春原真道だけど。」

「……そういうキャラを演じていれば、素直に受け取ってくれると思ったんでしょ? あきの事、死ぬほど好きで、死なせたことを死ぬほど後悔してることも本当。でも私たちの事も、好きでしょ?」

 僕は黙って下を向く。何かを言葉にした時に、僕の目元からうっかり出てしまいそうだから。

「……好きだから、私たちだけでもって考えたんでしょ? 好きだから、突き放しきれなかったんでしょ? 好きだから、そうやって何も言わないんでしょ? 早く言っちゃおうよ、本音ってやつをさ。」

「何……言ってんだよ……。そんな器用なこと僕に出来るはずが……。」

 僕の言葉を遮るようにして紗南は、ぼくを諭すように言った。

「本当に嫌な人なら、自分で『腹が立つ人』なんて言わないしさ。頑張ってキャラ作り上げたのが、もろに出てるから。」

 
 
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