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41話 目覚め、距離を取る
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暗闇だった。
目の前すら何があるのか分からない。
自分が目を開けているという感覚さえ持てないまま、深海を漂っているような気分を味わっていた。
何時間ここにいて、僕は何のためにここに存在していて。
そんな当たり前に出来ていた理由付けが、不可能になっていた。
もう、いっそこのまま奥深くに沈んでも僕は何も思わない。というか思えなかった。
僕自身がこの場所から抜け出すための力も無ければ、技術も無い。単純に、無力すぎだ。
今まで、道を踏み外しても正してくれる先生のような人、努力を応援してくれる応援団長のような人、困った時に手を貸してくれる友達が身近にいて、いつでも僕を助けてくれた。
そしてそんな優しさの塊のような人たちに、僕は甘え続けていた。
でももう甘えは許されない。
二人を死に追いやってしまった僕にそんな権利があるとは思えなかった。
余計な言葉を掛けて怒らせて、自分の心が弱いせいで同情させて。
そんなクズ野郎の最後は、それがお似合いなのだろう。
残酷で、一番苦しい方法で処刑されるのが、自分的に一番納得できる形だった。
それが今、体現できていると思うと、なんだか心が軽くなってきた。
僕は再び瞼を閉じて、心も体もすべてを脱出に捧げ、何もかもを投げ出した。
でも、現実はそう甘くなかったようだ。
「……なんで、まだ生きてるんだよ。」
創造者はまだこの苦痛を感じて生きろ、と言っているようで体の調子に何ら変化は無かった。
「真道か。よかった目が覚めたんだな。」
「司令官が、気絶させたくせに何言ってんの……。」
二人の声色と温度がどこか懐かしい。でも自然と参加したいとは思わなかった。
「…………泣け。」
微かな声は唐突に僕の耳に届いた。その声を聞き逃さなかった。
右手で、目を覆うような形をとっているからか、聴覚が敏感なのかもしれない。
覆い隠す目元から、濡れていく感触と悲しげな温かさを感じた。
とめどなく流れる想いの片鱗を、僕は制御することが出来なかった。
「……今は、好きなだけ泣け、……堪えるな。抗うな。感じるな。無心で、本能の赴くままに感情を爆発させろ。」
司令官はしゃがみ込むと、僕の胸に手を乗せて、穏やかに言った。
彼は気遣いで言ってくれているのだろう。僕もそれは分かっていた。分かっていたけど、その優しさを素直に受け入れられない自分がいた。
「……黙れよ‼ 無責任な事言うな‼ 関係ないからって何言っても良いと思うなよ……‼」
僕は彼の発言が無責任すぎると感じてしまった。
何も知らない上に、いっちょ前にカッコつけて、それっぽい事を傷心の僕に声を掛ける。
優しさだと分かっていても、無意識に跳ね返してしまった。
「お、おう……。」
司令官は、僕の勢いに圧倒されたらしい。
肩身を狭めて、声もしおらしくなっていた。
ごめん、二人がこの状況に困惑しているのは、分かっているんだよ。
こんな僕を見てこなかったから、扱いに手間取っているんだと思うんだ。
だからこそ、今は何も言葉を掛けないで欲しい。
傷ついた心に沁みるような優しい言葉を貰っても、攻撃するしか、今の僕には出来そうになかったんだもの。
そうやって心の中で理由付けをするけれど、やはり言葉に出した罪悪感がぬぐえない。
しかも必要以上の声量で発した怒鳴り声は、二人の心に傷を付けてしまうのに、充分な効力があったと思う。
「…………ごめん、風に当たってくる。」
僕は消えるような声で言った。僕は極力距離を取りたかった。
会話を重ねるほどに、僕は言葉の刃を彼らに振りかざしてしまうのが、目に見えていた。
「……うん。」
紗南の気力の無い相槌に胸を痛ませながら、僕は足早にあの場所に行った。
「……あき。」
この場所に来ると、二人で過ごす毎日を思い出してしまう。
昇降口前の階段、そこはもう僕と彼女の『思い出の場所』という定義に変わっていた。
日陰でも汗ばむくらいの気温と日光量があるこの世界。
それでも、涼しい風は吹いているし、夜には過ごしやすい気温まで低下する時間帯も訪れる。
今日で十八日目。ノルマ的に言うと、今日を入れてあと三日。
心もすでに粉砕されて、立っているのがやっとだった。
ここで僕の現状について考えてみる。
僕に抗う力が残っているのか?
いや、もうタンクは空だ。
じゃあ、やけくそで自分の体を顧みず、無理をする覚悟はあるか?
無理なんてしなくても、そんな体力余裕だ。
まあ、体力なんて無くても、こんな自分が役に立つなら何でもするけどね……。
僕が生きるより、あの二人が現実世界に戻って、ちゃんと過去と向き合って、それで一人前の大人になって欲しいと思っている。
そのためにこれから僕は働こう。そうしたら僕が生きていた意味が少し見つかるのかもしれない。僕はそう思った。
僕は記憶だけが、ほとんど完全な状態だった。
もう何となく全貌も見え始めている。
これを遺憾なく発揮して、二人のために尽くそうと誓った。
さあ二人のため、僕の全力を出そう。
僕自身が彼らに出来る最高の恩返しを始めようではないか。
僕はそんな決心を固めて、僕は二人に気付かれぬよう、二人の視界に入りづらい出口を考えて、そこから出て行った。
目の前すら何があるのか分からない。
自分が目を開けているという感覚さえ持てないまま、深海を漂っているような気分を味わっていた。
何時間ここにいて、僕は何のためにここに存在していて。
そんな当たり前に出来ていた理由付けが、不可能になっていた。
もう、いっそこのまま奥深くに沈んでも僕は何も思わない。というか思えなかった。
僕自身がこの場所から抜け出すための力も無ければ、技術も無い。単純に、無力すぎだ。
今まで、道を踏み外しても正してくれる先生のような人、努力を応援してくれる応援団長のような人、困った時に手を貸してくれる友達が身近にいて、いつでも僕を助けてくれた。
そしてそんな優しさの塊のような人たちに、僕は甘え続けていた。
でももう甘えは許されない。
二人を死に追いやってしまった僕にそんな権利があるとは思えなかった。
余計な言葉を掛けて怒らせて、自分の心が弱いせいで同情させて。
そんなクズ野郎の最後は、それがお似合いなのだろう。
残酷で、一番苦しい方法で処刑されるのが、自分的に一番納得できる形だった。
それが今、体現できていると思うと、なんだか心が軽くなってきた。
僕は再び瞼を閉じて、心も体もすべてを脱出に捧げ、何もかもを投げ出した。
でも、現実はそう甘くなかったようだ。
「……なんで、まだ生きてるんだよ。」
創造者はまだこの苦痛を感じて生きろ、と言っているようで体の調子に何ら変化は無かった。
「真道か。よかった目が覚めたんだな。」
「司令官が、気絶させたくせに何言ってんの……。」
二人の声色と温度がどこか懐かしい。でも自然と参加したいとは思わなかった。
「…………泣け。」
微かな声は唐突に僕の耳に届いた。その声を聞き逃さなかった。
右手で、目を覆うような形をとっているからか、聴覚が敏感なのかもしれない。
覆い隠す目元から、濡れていく感触と悲しげな温かさを感じた。
とめどなく流れる想いの片鱗を、僕は制御することが出来なかった。
「……今は、好きなだけ泣け、……堪えるな。抗うな。感じるな。無心で、本能の赴くままに感情を爆発させろ。」
司令官はしゃがみ込むと、僕の胸に手を乗せて、穏やかに言った。
彼は気遣いで言ってくれているのだろう。僕もそれは分かっていた。分かっていたけど、その優しさを素直に受け入れられない自分がいた。
「……黙れよ‼ 無責任な事言うな‼ 関係ないからって何言っても良いと思うなよ……‼」
僕は彼の発言が無責任すぎると感じてしまった。
何も知らない上に、いっちょ前にカッコつけて、それっぽい事を傷心の僕に声を掛ける。
優しさだと分かっていても、無意識に跳ね返してしまった。
「お、おう……。」
司令官は、僕の勢いに圧倒されたらしい。
肩身を狭めて、声もしおらしくなっていた。
ごめん、二人がこの状況に困惑しているのは、分かっているんだよ。
こんな僕を見てこなかったから、扱いに手間取っているんだと思うんだ。
だからこそ、今は何も言葉を掛けないで欲しい。
傷ついた心に沁みるような優しい言葉を貰っても、攻撃するしか、今の僕には出来そうになかったんだもの。
そうやって心の中で理由付けをするけれど、やはり言葉に出した罪悪感がぬぐえない。
しかも必要以上の声量で発した怒鳴り声は、二人の心に傷を付けてしまうのに、充分な効力があったと思う。
「…………ごめん、風に当たってくる。」
僕は消えるような声で言った。僕は極力距離を取りたかった。
会話を重ねるほどに、僕は言葉の刃を彼らに振りかざしてしまうのが、目に見えていた。
「……うん。」
紗南の気力の無い相槌に胸を痛ませながら、僕は足早にあの場所に行った。
「……あき。」
この場所に来ると、二人で過ごす毎日を思い出してしまう。
昇降口前の階段、そこはもう僕と彼女の『思い出の場所』という定義に変わっていた。
日陰でも汗ばむくらいの気温と日光量があるこの世界。
それでも、涼しい風は吹いているし、夜には過ごしやすい気温まで低下する時間帯も訪れる。
今日で十八日目。ノルマ的に言うと、今日を入れてあと三日。
心もすでに粉砕されて、立っているのがやっとだった。
ここで僕の現状について考えてみる。
僕に抗う力が残っているのか?
いや、もうタンクは空だ。
じゃあ、やけくそで自分の体を顧みず、無理をする覚悟はあるか?
無理なんてしなくても、そんな体力余裕だ。
まあ、体力なんて無くても、こんな自分が役に立つなら何でもするけどね……。
僕が生きるより、あの二人が現実世界に戻って、ちゃんと過去と向き合って、それで一人前の大人になって欲しいと思っている。
そのためにこれから僕は働こう。そうしたら僕が生きていた意味が少し見つかるのかもしれない。僕はそう思った。
僕は記憶だけが、ほとんど完全な状態だった。
もう何となく全貌も見え始めている。
これを遺憾なく発揮して、二人のために尽くそうと誓った。
さあ二人のため、僕の全力を出そう。
僕自身が彼らに出来る最高の恩返しを始めようではないか。
僕はそんな決心を固めて、僕は二人に気付かれぬよう、二人の視界に入りづらい出口を考えて、そこから出て行った。
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