ワンダラーズ 無銘放浪伝

旗戦士

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Epilogue ラーズ・エル編: 受け継がれる魂

第百十八伝: 未来への遺産

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<花の都ヴィシュティア・建設現場>

 その頃。
魔導核によって動く工事機械の騒音を背に、一人の大男が段々と建てられていくレンガ造りの建物を見据えている。
黄緑色の肌を持ち合わせた彼の種族はオークというもので、共存しているエルフや人間よりも一回り身体が大きく、丈夫であった。
ラーセナル・バルツァー。
この世界をその巨躯を駆使して守り抜いた、救国の八英雄の一人。
多くの異なった種族が共存し合い、共に一つの建物を創り上げていく光景にラーズは笑みを浮かべる。
彼の両手には幾つもの食物が入った籠が二つほどぶら下がっており、大声をあげた。

「おーい! お前らぁ、そろそろ飯にしようやーっ!! 」
「おぉっ、村長が飯持って来てくれたぞ! 」

ラーズの下へ一斉に群がる労働者たち。
日々の仕事で彼らの身体も鋼鉄のように鍛え上げられ、男臭い空気が周囲に蔓延する。
だが彼らはいくら泥だらけになろうとも、満面の笑みを浮かべながらラーズから昼飯を受け取っていた。
その中に、他の労働者よりも少しだけ細い緋色の髪を携えた少年が彼と対面する。

「フェイト! なんだお前も来てたのか! 」
「勿論です! 他のチビ達にも飯食わせてやらないといけないですから! 」

嘗てフレイピオス国内で起こった大樹の大戦で両親を亡くし、天涯孤独となってしまった少年、フェイト・エクスヴェルン。
彼はあの後ゼルギウスの意向で設立された戦争孤児を支援する団体に保護され、国が管理する孤児院に身を置いていた。
フェイトも思春期になり、大人びた顔立ちをくしゃくしゃにしながら笑みを浮かべる。
そんな彼の肩をラーズは優しくも力強く叩いた。

「そっか、大変だろうけど頑張れよ。でも、この仕事をずっと続けてくのか? 」
「……その事で、実は相談があるんです」

昼飯を他の労働者に全て配り終えたところで、ラーズは再びフェイトの下へと戻る。
笑顔を浮かべていた顔から一転、彼の表情は途端に真剣なものになった。
思わずラーズも彼に気圧され、僅かばかりだが息を呑む。

「今俺達が造ってる建物、フレイピオスの軍の士官学校になるんですよね? 」
「お前、どこでそれを……」
「先輩たちが話してるのを聞いたんですよ。……それに軍人になると、国から支援してもらえるって」
「ったく、そんなとこまで洩れてんのか……。こりゃあエルの奴にいっぺん言わねえと駄目だな……」
「へぇ。何を言うって? 」

突如として背後から掛けられた女性の声に、ラーズとフェイトはひどく驚いた様子を見せる。
水色の長髪をハーフアップで結び、優雅に揺らす彼女はディニエル=ガラドミア。
八英雄の中でも最強の魔法使いとも称され、幾多の戦いの中で他の仲間たちを支えた。

「い、いきなり後ろから声掛けんなよ……」
「し、心臓飛び出すかと思った……」
「ふふ、ごめんごめん。久しぶりにラーズとフェイトを見かけたからからかいたくなった」

以前よりも表情が柔らかくなり、より感情を表に出すようになった彼女の魅力は以前よりも増している。
そんな当の本人は気付いていないようだが、事実多くの男に言い寄られるようになったという。

「おいエル、お前学校作るのに変な噂立てんじゃねえよ。金がもらえるとかなんとかいってんだろ? 」
「事実。お金が無きゃ学校を維持するのにも生徒を入学させるのも無理。これは浪費じゃなくて投資。未来の為に、私はお金を使うだけ」
「そりゃあ、まあ……そうだけどよ……」

苦虫を噛み潰したように頭を掻きながら俯くラーズを差し置き、エルは隣にいたフェイトに視線を向けた。

「さっきの話、聞いてた。フェイトは、私の作った学校に入りたい? 」
「お、俺は……」

一度だけ躊躇ったものの、フェイトは覚悟を宿した若い双眸をエルとラーズに向ける。

「……強い男になりたい。あの時俺を守ってくれた騎士のように。それで、俺の大切な人を守りたい。もちろん現実的な理由もあるけど、それでも俺は兵士になりたい」
「そう。なら、第一関門は突破。あとは技術を身に付けるだけ」

彼の脳裏には身を挺してフェイトの命を救った騎士、ハインツ・デビュラールの姿が浮かんでいた。
俺も、あんな男になりたい。
守りたい誰かの為に、全力を尽くせる男になりたい。
そんな意思が、彼の双眸から伝わる。
対するエルは笑みを浮かべながら彼の肩を叩いた。
戸惑いながらも若人は進んでいく。
その光景を目の当たりにしたエルは、何故だが嬉しさを感じた。

「この学校が出来たら、待ってる。フェイトが来るのを」
「……はい! 絶対、絶対に入ってみせます! 」
「宜しい。じゃあ、私は仕事があるから」

エルは一度だけ手を振ると振り向かずにラーズとフェイトを残し、後を去って行く。
そんな彼女に感化されたのか、ラーズは彼の背中を叩いた。

「男が人生懸けて誓ったんだ。その夢は、絶対無くすんじゃねえぞ」
「分かってます。……俺はもう、無くしたくない」
「おし、じゃあ飯食ったら仕事に戻れよ! 学校が出来ないんじゃ話になんねえからな! 」

笑い声を上げながらフェイトの身体を押し、他の労働者たちの輪へと戻っていく彼を見守る。
セベアハの村の村長になると豪語していた自身を懐かしむかのように、ラーズは笑みを浮かべた。
その時、彼の首に掛かっていた緑の宝玉から着信を知らせる音が耳に響く。

「はい、ラーズですが。どちら様? 」
『俺だ、ヴィクトールだ。明日挙式だって事忘れてないか、確認しに来たんだよ』
「なんだおっさんか。独身最後の酒だったら付き合わねえぞ? 」
『馬鹿言え、レーヴから招待する奴には全員通信掛けろって言われてんだ。それより、明日は来れるんだな? 』
「当たり前だ。他のみんなは? 」
『嬢ちゃんとか坊主は来るって言ってるが……じいさんと椛ちゃんは分んねえなぁ。掛けても繋がらない』

ヴィクトールの言葉が、やけにラーズの胸の奥を締め付ける。
二人の行動が、何を意味するのかを彼は知っていた。
もう、彼らには会えないかもしれない。
そんな予感が、彼の胸の内に生まれた。

『……どした? 』
「いや、何でもねえ。明日だな、ゼルマと一緒に行くよ。おっさんとレーヴィンの晴れ着姿、楽しみにしてるぜ」
『一言余計何だっての。じゃあな、待ってるぜ』

その言葉と共に通信は切られ、ラーズの手の中に納まっていた宝玉が光を失う。
ヴィクトールが言葉の内に並べていた人物の中に、雷蔵はいない。
それが、たまらなくラーズには寂しく覚えた。
彼の存在はいつか、忘れられてしまうのだろうか。

「……いいや。俺は、俺だけは覚えてる。隣で戦ってた戦友を、忘れる訳が無ぇ」

自分に言い聞かせるかのように呟くと、ラーズは静かに歩き出す。
その日は、雲一つない晴れやかな日だった。
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