ワンダラーズ 無銘放浪伝

旗戦士

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第五章:守護者たちの軌跡

第九十九伝:魂の呼応

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<交易都市ラ・ヴェルエンテ・訓練場>

 互いの刃を通じて、視線を交わす雷蔵とフィル。
無論二人の得物には訓練の為の防護魔法は掛かっておらず、等身大の殺気をその身に纏っている。
使いこまれた諸刃の剣は雷蔵の首を刈り取らんと唸りを挙げて横殴りに振るわれ、思わず彼は一歩後ろへ引き下がった。
一瞬の出来事に思考が追い付く事が出来ない。
それ程フィルの剣は速かった。
己の目を疑うほどに。

「はぁっ!! 」

気迫の咆哮と共に振り抜かれる両刃剣を受け止めた後に刀の切っ先を地面に向け、剣戟を受け流す。
胸から肩を目掛けて雷蔵は愛刀・紀州光片守長政を振り上げるも、殺気を読み取ったのかフィルは一目散に後方へ飛び退いた。
殺気を予知する感覚も鋭い。
加えて、使用している得物をまるで自分の手足のように扱っている。

「見事……! 」

思わず雷蔵は一人ごちる。
冷や汗が鼻柱を伝って地面に落ちる寸前、彼は一歩前へ力強く踏み込んだ。
地面か揺れ動くほどの衝撃に周囲の人間も驚愕の表情を浮かべている。
そんな光景を横目に雷蔵は、眼前に迫るフィルへ向けて刀の切っ先を突き出した。

刺突を剣腹で受け止めながらフィルは衝撃を殺す為にそのまま後方へ更に退き、次の攻撃に備えている。
弾かれた拍子に雷蔵は身体を捻転させて横殴りに刀を振るい、再び鍔競り合った。

「この一年で更に腕を上げたようだな、フィル! まるで重みが違う! 」
「そう言ってもらえるのなら、光栄ですよっ! 」

雷蔵の刀を押し返した拍子に一歩前へ身体を押し出し、フィルは両手に握った剣の柄頭を彼の鼻柱へ向けて突き出す。
対する彼はその見慣れた攻撃を肉薄しつつ身体を左方へ逸らすと空いていた左手を腰に伸ばした。

「ッ!? 」

フィルが真正面から感じ取った殺気に気づく頃、既に彼の眼前には脇差を順手に持った雷蔵の姿が映る。
咄嗟に愛剣を胸の前に突き出すも彼の身体は右方に飛ばされ、剣の構えを強制的に解除された。
土の地面に転びながら横殴りの衝撃を殺し、剣を突き立てて無理やり動きを止める。
雷蔵は脇差を宙に投げながら逆手に持ち替えてからその勢いで鞘に叩き戻すと、距離の離れたフィルへ視線を向けた。

「終いか? その程度で、俺の背中を任せる訳にはいかぬな」
「ッ! まだだッ!! 」

フィルからの攻撃を煽るかのように愛刀の切っ先を向け、敢えて隙が出来るように右手だけで太刀の柄を握り直す。
対するフィルは立ち上がった拍子に両刃剣を片手に握り、雷蔵との距離が間近になる寸前で飛び上がった。

「せぇィッ!! 」

背後から聞こえる気迫の咆哮。
能動的に体が動き、雷蔵は刀で空中からの一撃を受け止める。
しかし其処で終わるフィルではない。
地面に頭頂部が向けられた瞬間に彼はバク転の要領で片手で全身の位置を戻し、再度雷蔵の胸部目掛けて剣を突き出した。

「ほう……! 」

コンマ数秒にも満たない速さで体勢を直して見せたフィルに対し、思わず雷蔵は感嘆の声を洩らす。
かつて自身が教えた基礎を完全に会得した上での彼のアクロバティックな動きは、自分に合ったスタイルを見つけ出したことを意味する。
雷蔵は単純に嬉しかった。
故に洩れる、笑顔と興奮。

果たしてこのフィルという青年はどこまで成長するのか。
やがては自分をも超える技術を手にする男になるのだろうか。
笑みを絶やさず、雷蔵は彼の剣を受け止めた。

「笑っているという事は、まだまだ余裕そうですね……! 」
「否。お主の成長につい笑みを浮かべてしまっただけよ。だが――」

刀を鞘に一度仕舞い、深く雷蔵は腰を落とす。
左手を鞘に添え、大きな溜息を口から吐いた。
再度、脱力。
余計な力が両肩を通じて抜け落ち、冬空の冷えた空気が全身を包み込んだ。

「――まだ足りぬ。まだお主には……足りぬものがある」

そう言い放った瞬間、雷蔵は両足に一瞬だけ力を込めて地面を
全身が空を切る音が耳に響くも一瞥し、気を取られていたフィルとの距離を一気に詰めた。
鞘を走る白銀の刃が姿を現すと、フィルの剣と鎬を削る。

「ッうァッ!? 」

両腕に圧し掛かった想像を絶する重圧に驚いたのか、彼の肺から酸素が漏れる音が聞こえた。
居合は一瞬の時を経て全身の力を抜き、刀を抜いた時に再度力を込める。
それによって本来以上の力を一撃に込める事が出来、所謂必殺の一撃に成り得るものだ。
故に、フィルの全身には重りを叩き付けられたような負荷が掛かる。

「お主は、レーヴ殿と剣を交えた事はあるか? 」
「な、何を……! 」
「答えろ」

地面に膝を着いた状態のフィルを見下ろしながら、刀の切っ先を向けた。
悔しさを嚙み締めながら剣を地面に突き立て、雷蔵を睨み付けている。

「あ、ありません……。ですけど、それになんの関係が……! 」
「大いにある。それが今、最もお主に必要とされているものだ」

フィルを無理やり立ち上がらせ、もう一度剣を握らせる雷蔵。
彼は一度だけ椛とエヴァリィに視線を向け、二人を見つめる。

「……あいつ、もう少し続けるみたいだが」
「好きにしてくれ。部下にも良い刺激になる」

椛は呆れたように肩を竦める様子を雷蔵に見せ、彼は一度だけ頷いた。
再度お互いに距離を取り、得物を握り直す。

「他人に教えを請うだけでは何も得られぬ。肌で感じろ。その身で学べ」
「……! 」

雷蔵なりの教え方だと気づいたのだろう、昔を思い出したかのようにフィルは深く息を吐いた。
両手で剣の柄を握るその姿はまさしく騎士そのもの。

「行くぞ」

抜き身のまま切っ先を向けた愛刀を振りかぶり、息を短く吐いて刀を振り下ろす。
上段の剣戟を受け止めたフィルは一瞬だけよろめきながらも唐竹割りを受け流し、身体を捻転させて横一文字に振り抜いた。

「甘い」
「ッぐ……ァッ! 」

その右方からの一閃を既に読んでいたのか、雷蔵は片手で受け止めてから一歩前に踏み込んで体当たりを食らわす。
彼の身体は再度後方へ吹き飛ばされ、身に纏っていた訓練用のシャツが土に汚れた。

「どうした、先ほどの方がまだ気迫があったぞ」
「まッ、まだだッ……! 」

肩で呼吸を整えながらフィルは今一度手にした愛剣を振り上げ、雷蔵と刃を重ねる。
その間、彼は腰に差したままの鞘を空いた手に握り締め、彼の空いた脇腹目掛けて振り抜いた。
だがすんでの所でフィルの剣は弾き返された後に首元に刃を突き付けられ、動きを止める。

「意識外からの攻撃とな。手数を増やすのも良い判断だが……」

刀を下げ、再度雷蔵はフィルと向き合った。

「それは悪手だ。お主よりも遥かに速さを上回る相手には特に、な」
「くそっ……! 僕にはもう、時間が……! 」

焦るような口ぶりとは相反して、彼の身体は地面と接したまま。
刀を鞘に戻し、大粒の汗を流すフィルに新しいタオルを雷蔵は渡した。

「あの、ステルクという騎士の事か? 」
「……! 」
「当たりだな」

虚を突かれたというように彼の目は見開かれ、雷蔵の顔を見上げる。

「……彼は。ステルクは、一番最初に士官学校で出来た友達なんです。時には剣を競い、時には外部任務で背中を預け合う、そんな友人でした。でも彼は、とある事件を切欠に変わってしまった。唯一の肉親だった妹を、任務で死なせてしまったんです」

事情を話すフィルの拳が、段々と強く握り締められていく。

「僕は彼を助けてあげられなかった。彼の妹も。以降ステルクは狂ったように力を求めて、やがて騎士団を抜けてしまっていた。……そんな彼は、人類種の敵として僕たちの前に立ち塞がった……」

かつて全てを失ったフィルだからこそ理解出来る、ステルクの痛み。
失ったものは取り戻す事は出来ない。
だからこそ一歩前へ踏み出さなくてはいけない事を伝える為に、フィルは力を欲していた。

「お願いです、雷蔵さん。僕にはまだ力が必要なんです。教えてください、僕に何が足りないのかを」

雷蔵は今一度、フィルの目を見つめる。
ガラス玉のような深緑のその瞳は、確かに闘志と覚悟に燃えていた。
腕を組みながら彼はフィルに手を差し伸べ、立ち上がらせる。

「……ようやく、前と同じ眼になったな。その目になるのを拙者は待っていた」

笑みを浮かべた所で、雷蔵は遠くから二人の様子を見ていたエヴァリィと椛に再度視線を向けた。

「済まんな各々方、これからは二人だけで鍛錬がしたい。ここをしばらく借りても良いだろうか? 」
「お、おい雷蔵。そんな身勝手な真似、通る筈が――」
「相分かった。貴官ら、先に寄宿舎にて待機せよ。後で新たな訓練メニューを与える」

エヴァリィは数人の部下たちを下がらせると、自身も雷蔵に背を向けてゆっくりと歩き出す。
茫然とした表情を浮かべる椛の耳に口を近づけた。

「男同士の世界に入ると言うのも、無粋な事でしょう。それに、和之生国の忍びである貴方ともお話がしたい」
「……承知した。帝国親衛隊の総隊長殿がどこまで私の事を調べているか、気になるところだな」

手だけを上げて別れを告げる椛とエヴァリィを見送り、雷蔵はフィルに再び視線を戻す。
先ほどの疲れはどこへやら、今の彼はやる気に満ちた目で見つめていた。

「さて、鍛錬再開だ。今日は日が暮れるまで付き合ってやろう」
「はいっ! よろしくお願いしますッ! 」

その後、空が茜色になるまで周囲には何度も鋼のぶつかり合う音が響いたとか。
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